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18世紀、ロンドンに合奏協奏曲ブーム到来! [before 2005]

我々が知るコンチェルト、独奏楽器による協奏曲の歴史は、意外と新しい。一方で、「コンチェルト」という言葉は、ルネサンス期にまで遡れるからおもしろい。16世紀、ヴェネツィア楽派のコーリ・スペッツァーティ=分割合唱に端を発し、器楽と声楽が対峙する音楽を「コンチェルト」と呼んでいたのが、17世紀、器楽と器楽、2群のアンサンブルによる音楽も「コンチェルト」と呼ばれるように... 2群のアンサンブルは、大集団(リピエーノ)と小集団(コンチェルティーノ)という風に、コントラストが付けられるようになると、17世紀の後半、ローマで活躍したストラデッラ(1644-82)が、コンチェルティーノとリピエーノによるコンチェルト・グロッソ=合奏協奏曲の雛型を生み出す。そのアイディアを受け継いだのが、同じくローマで活躍したコレッリ(1653-1713)。やがて合奏協奏曲という形を確立し、その集大成として1714年に出版されたコレッリの合奏協奏曲集は、ヨーロッパ中で反響を呼ぶ。もちろん、ヨーロッパ随一の音楽マーケット、ロンドンでも... ロンドンっ子たちは、コレッリを切っ掛けに熱を上げ、18世紀前半、怪しげなものから、正統なものまで、様々な合奏協奏曲に沸いた!
という、合奏協奏曲ブームに注目... アンドルー・マンゼが指揮するエンシェント室内管弦楽団で、1740年出版、ヘンデルの合奏協奏曲集、Op.6(harmonia mundi FRANCE/HMU 907228)と、サイモン・スタンデイジが率いるコレギウム・ムジクム90で、1742年出版、スタンリーの弦楽のための協奏曲、Op.2(CHANDOS/CHAN 0638)の2タイトルを聴く。


1740年出版、ヘンデル、意気込んでの書き下ろし、合奏協奏曲集、Op.6!

HMU907228.jpg
コレッリの合奏協奏曲集は、作曲家が世を去って1年後、1714年に出版されている。となると、コレッリの次の合奏協奏曲はもう望めない... ということで登場したのが、コレッリの弟子、ジェミニアーニによるコレッリのヴァイオリン・ソナタに基づく合奏協奏曲集。1726年にロンドンで出版されたコレッリのリメイクは、ロンドンにおけるコレッリ・ロスの欲求を満たして大ヒット!これを受けて、ジェミニアーニは、自らも合奏協奏曲を作曲。1732年、1733年に、6曲ずつ出版すると、評判に... そうして、ロンドンに、合奏協奏曲ブームが到来。その波に乗る楽譜出版業界、なんとジェミニアーニの海賊版で一儲け... 著作権なんて無かった時代ではあったものの、ジェミニアーニは、やり手楽譜出版業、ウォルシュを訴えている。で、ウォルシュは、人気作曲家、ヘンデルにも食指を伸ばし、勝手にその合奏協奏曲を見繕って、1734年、合奏協奏曲集、Op.3として出版してしまう。当然、ヘンデルは怒る!何しろ、無許可だし、挙句、スコアには手を入れらているは、他人の作品も混じっているはで、とても「ヘンデル」の名で世に出せるシロモノではなかった(よって、後日、ヘンデル監修の下、きちんとしたOp.3が改めて出版されている... )。けれど、ヘンデルは、そのやり手っぷりを逆手にとって、ウォルシュと専属契約を結び、自作の出版を一手に任す。そうして、リベンジとばかりに、書き下ろしの合奏協奏曲集、Op.6を発表!
というあたりを意識して、Op.6の合奏協奏曲、全12曲を聴くと、Op.3?冗談じゃないよ、ロンドンの音楽シーンに君臨するヘンデルが本気出したら、はっきり言って、コレッリなんて屁。くらいの意気込み、本物を聴かせてやる感が半端無い。最初に演奏される5番(disc.1, track.1-6)、その1楽章冒頭、まるで時を告げるかのようにヴァイオリンが鮮やかに響き出し、のっけから目が覚める!という後には、英国流、格調高いテーマが続き、その雄弁さに引き込まれる。そして、2楽章(disc.1, track.2)では、リピエーノとコンチェルティーノが絶妙に綾なし、コレッリのロジックをしっかりと受け継ぎつつ、ヘンデルらしい華やかさ、ウィットに彩られ、コレッリよりも音楽的に感じられるのが印象的(ヘンデルを聴けば、コレッリのローマ流、意外とアカデミックかつアルカイックだったなと... )。いや、合奏協奏曲は、ロンドンで、さらに磨かれている。磨かれて、エンターテイメントとしてのおもしろさを獲得している。で、これは、5番に限らず、Op.6の全てに言えて... ヨーロッパ中から多くの才能を引き寄せた18世紀随一の音楽マーケットだからこその、より聴衆を意識する姿勢と、ドイツイタリアと渡り歩いて来たヘンデルだからこそのインターナショナル性が相俟って、ひとつ頭の抜けた洗練を聴かせ脱帽。
そんな、Op.6の合奏協奏曲集、マンゼが率いたエンシェント室内管で聴くのだけれど、まず、耳を捉えるのは、マンゼの冴え渡るヴァイオリン!スキっと気持ち良く響かせて、ヘンデルの意気込みを活き活きと掘り起こす。それでいて、合奏協奏曲の独特な構造をクリアに展開し、そのおもしろさをクールに響かせる。という、マンゼに応えるエンシェント室内管も、切れ味鋭く、それでいて鮮やかに演奏を繰り広げ... また、英国ならではの格調もそこはかとなしに漂わせ、ヴィヴィットにしてノーヴル。だから、全12曲、どこを切り取っても美麗。なればこそ、この合奏協奏曲集に賭けたヘンデルの本気度、その本気度から紡ぎ出される掛け値無しの充実を存分に引き出していて、今さらながらに、Op.6のすばらしさに唸ってしまった。という、Op.6は、1739年の秋、一ヶ月で書き上げたというから驚かされる(で、その楽譜は、ウォルシュの息子により、1740年に出版... )。いや、ヘンデルの本気度を、そのあたりからも窺い知るわけで... ちょうど、その頃、イタリア・オペラが上手く行かなくなり、ヘンデルにとっては難しい時期だったはずだが、本気のヘンデルは、やっぱり、凄い。難しい時期だったなんて微塵も思わせない音楽は、ある意味、洗練の極み!圧巻ですらある。

HANDEL: CONCERTI GROSSI OP.6 ・ THE AAM ・ MANZE

ヘンデル : 合奏協奏曲集 Op.6

アンドルー・マンゼ/エンシェント室内管弦楽団

harmonia mundi FRANCE/HMU 907228




1742年出版、スタンリー、イージー、ライトが新しい?弦楽のための協奏曲集。

CHAN0638
17世紀、ピューリタン革命(1649)の混乱を脱し、名誉革命(1689)により、国の体制を安定させると、植民地経営を本格化させ、経済大国へと発展を遂げるイギリス。18世紀、首都、ロンドンは、その富を背景に、一気にヨーロッパ随一の音楽マーケットに急成長。ヘンデルはじめ、多くの音楽家がドーバー海峡を渡り、ロンドンの音楽シーンを大いに盛り上げた。一方で、イギリス生まれの作曲家たちも負けずに活躍しており... そうしたひとりが、スタンリー(1712-86)。ロンドンの中心部、シティにある郵便局の役員を父に生まれたスタンリーは、2歳の時の事故で失明するという悲劇に見舞われる。が、7歳の時に学び始めた音楽が、彼の人生を大きく変えることに... 間もなく、セント・ポール大聖堂のオルガニスト、グリーンに師事すると、その才能は開花し、1723年、11歳にして、シティ、ブレッド・ストリートにあるオール・ハロウズ教会のオルガニストに就任。10代にして、オルガニストのキャリア築きつつ、ヴァイオリニストとしても活躍。オーケストラのコンサートに携わり、指揮者としてもロンドンの音楽シーンで重要な役割を担って行く。そうした過程で作曲されたのが、ここで聴く、スタンリーの合奏協奏曲、コンチェルティーノとリピエーノによる弦楽のための協奏曲、全6曲。それは、ヘンデルのOp.6の合奏協奏曲が出版された2年後、1742年の出版。そう、この作品もまた、合奏協奏曲ブームの中の一作...
というスタンリーの合奏協奏曲、ヘンデルと比べれば、より解り易くコンチェルティーノとリピエーノを配置していて、ある意味、シンプル(裏を返せば、ヘンデル、大変に凝っておりました!)。コレッリのロジックを踏襲しながらも、合奏協奏曲のロジカルな在り方をもう少し解して、より音楽としての流れ、キャッチーさに意識を向けるのが、スタンリー流か... 例えば、始まり、1番(disc.1, track.1-5)の1楽章、まさに"始まり"を印象付ける壮麗なリピエーノに導かれて、コンチェルティーノが情感豊かにメロディーを紡ぎ出し、コンチェルティーノとリピエーノが、それぞれの役割を素直に担う。で、おもしろいのが、その素直さに端正な佇まいが生まれ、どこか古典主義を予感させる風情もあるのか... スタンリーの素直さは、イージーであり、ライトであって、一見、コレッリやヘンデルの域に達していないように感じられるのだけれど、実は、バロックの次へと一歩を踏み出していたと言えるのかもしれない。ロジックよりも、響き出すサウンド、奏でられる情感こそに重きが置かれる音楽。だから、コレッリよりも瑞々しく、ヘンデルよりも長閑やか... で、このあたりにイギリス音楽のDNAを見出せるような気がする。つまり、イギリス的であることが、古典主義への鍵?ふとそんなことを思わせるスタンリー、侮れん!
そのスタンリーの合奏協奏曲、正式名、弦楽のための協奏曲、Op.2、全6曲を、スタンデイジ+コレギウム・ムジクム90で聴くのだけれど、彼らならではの楽天的な演奏が、コレッリやヘンデルとは違う、スタンリーのイージーさ、ライトさを絶妙に引き立てていて、いつものバロック、18世紀とは、ちょっと違う空気感を味合わせてくれる。それは、とても朗らかで、カラフルでもあって、時にポップで、チープでもあって、おもしろい。一方、スタンデイジのヴァイオリンを筆頭に、コンチェルティーノによる演奏は情感に富み... 特に、2番(track.6-10)での、コーのチェロは、チェロならではの深みとともに、思い掛けない色彩感が感じられ、一筋縄には行かない魅力を放つ。こうしたあたりが、イージーで、ライトなスタンリーの音楽に、もう一味を加えて、全体をより魅惑的に仕上げる。そこから見えて来る、1740年代のロンドンの音楽シーンの気分... ちょっと肩の力を抜いて、音楽をよりシンプルに楽しもうとする雰囲気... パリの瀟洒ローマの古雅ナポリの華麗とは違う、良い加減のユルさとでも言おうか、スタンデイジ+コレギウム・ムジクム90は、このユルさをポジティヴに展開して、18世紀、イギリスの、リッチだからこその、ほんわか気分を素敵に響かせる。

STANLEY: Concertos for Strings, Op. 2 ・ Collegium Musicum 90/Standage

スタンリー : 弦楽のための協奏曲集 Op.2

サイモン・スタンデイジ/コレギウム・ムジクム90

CHANDOS/CHAN 0638




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