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"ヴィターリのシャコンヌ"から、ヴィターリの真実を見つめて... [2013]

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ヴィターリと言えば、シャコンヌである。オルガンを伴奏に、ヴァイオリンがエモーショナルに歌い上げる、あの有名な作品... が、ヴィターリのシャコンヌ、ヴィターリとは関係の無い作品であることが判明している。そもそも、"ヴィターリのシャコンヌ"は、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を初演(1845)したヴァイオリニストで作曲家、バロック期のヴァイオリン作品の校訂も多く手掛けたダヴィッド(1810-73)が、ドレスデンで見つけた写筆譜(18世紀前半、ドレスデンの宮廷楽団で写譜の仕事をしていたリントナーによる音楽であるとのこと... )をアレンジしたもの。その写筆譜に、「トマゾ・ヴィタリーノ(ヴィターリの息子、トマゾ)の楽譜」とあったため、"ヴィターリのシャコンヌ"として、ダヴィッドが世に送り出す。いや、何とも複雑で皮肉な話し... ダヴィッドによるフェイク・ヴィターリが、「ヴィターリ」という名をクラシックの世界に刻んだのだから... 一方で、刻むだけのインパクト、"ヴィターリのシャコンヌ"には確かにある。心、揺さぶられる音楽です。シャコンヌ。久々に聴くと、余計に...
ということで、ステファニー・ド・ファイー率いる、古楽アンサンブル、クレマティスによる、ジョヴァンニ・バティスタとトマゾ・アントニオのヴィターリ親子の器楽作品集、"CIACONNA"(RICERCAR/RIC 326)。"ヴィターリのシャコンヌ"を扉に純正ヴィターリを聴く。

まずは、ヴィターリ親子の父、ジョヴァンニ・バティスタ(1632-92)について... 1632年、モンテヴェルディ(1567-1643)が、ヴェネツィアで『音楽の諧謔』を出版した年、ランディ(1587-1639)が、ローマでオペラ『聖アレッシオ』を初演した年、リュリ(1632-87)が、フィレンツェで生まれた年、北イタリアの大学都市、ボローニャで生まれた、ジョヴァンニ・バティスタ。ボローニャ楽派の始祖、カッツァーティ(1616-78)に学び、1658年、ヴィオローネ奏者兼歌手として、師、カッツァーティが率いるサン・ペトローニオ大聖堂の楽団に加わり、音楽家としてのキャリアをスタート。まさに、ボローニャ楽派、第一世代にあたる。で、1666年、ボローニャ楽派の新たな拠点、アカデミア・フィラルモニカ(コレッリ、モーツァルト、ロッシーニ... 名立たる作曲家たちがその名を連ねることになるアカデミー!)が創設されると、その一員に選ばれるまでに... 1674年には、ボローニャの西隣、モデナ公国の宮廷の副楽長に就任。その死まで、モデナを拠点に活動している。一方、息子、トマゾ・アントニオ(1663-1745)は、父がアカデミア・フィラルモニカの会員となる3年前、1663年、ボローニャで生まれる。で、父からヴァイオリンを学び(って、父が"ヴィオローネ"だったことに注目すれば、バロック期における楽器の変遷を窺い知ることができるよね... )、幼くして才能を開花、父がモデナの副楽長となった翌年、1675年には、12歳にして、宮廷楽団に加わるほど... やがて、コンサート・マスターとなり、ヴァイオリンのヴィルトゥオーゾとして名を馳せ、18世紀、盛期バロックを迎える晩年まで、モデナの宮廷楽団で活躍した。という、親子の歩みは、まさにバロックにおける器楽曲の発展の歴史でもあり、初期バロックと盛期バロックを結ぶ興味深い風景がそこに広がる。
そのあたりを活き活きと響かせる、ド・ファイー+クレマティスの"CIACONNA"... フェイク・ヴィターリ、"ヴィターリのシャコンヌ"の濃密な音楽を扉とすることで、ヴィターリ親子のうつろう時代の音楽の軽やかさ、朗らかさを解き放つ!で、まず耳を捉えるのが、父、ジョヴァンニ・バティスタの、ヴァイオリン独奏のための「カプリッチョ・ディ・トロンバ」(track.2)。トロンバ=トランペットをヴァイオリンが模倣(これ、バロックの醍醐味のひとつだよね... )し、鮮やかな名人芸を聴かせ、そのカップリッチョ=奇想曲の即興的なあたりに、初期バロックの才気を感じさせる。1657年、カッツァーティが、ボローニャ、サン・ペトローニオ大聖堂の楽長に就任して始まるボローニャ楽派は、我々が知るバロックにおける器楽曲の形を示すことで、その後の器楽曲の展開を決めたと言えるのだけれど、その第一世代となるジョヴァンニ・バティスタの音楽には、その芽生えこそ見出せたとしても、未だ形は明確でない。というより、思いの外、初期バロックのまま... 一方で、器楽曲に秀でたボローニャ楽派ならではの、楽器の特性を活かし、伸びやかにメロディーを繰り出すあたりは光る!バロックのその先、ナポリ楽派の流麗さや、古典派のキャッチーさを予感させるところも... ローマ教皇領の北端の街、ボローニャの、古様式が息衝く、聖都、ローマとつながり、ローマ楽派との交流から生まれる古典的感性が、コントラストよりもバランスを意識した音楽を紡ぎ出し、そこに、次なる時代が聴こえて来るのかもしれない。そう、ジョヴァンニ・バティスタのおもしろさは、過去と未来がつながってしまう不思議さ... うつろう時代だからこその、実にフレキシブルな音楽が魅惑的!
対して、息子、トマゾ・アントニオの音楽には、次世代であることを意識させる形が見えて来る。例えば、ちょっと物々しい太鼓に導かれて、ヴァイオリンとチェロが奏でるパッソ・エ・メッツォ(track.7)。まず、太鼓のインパクトに耳が持って行かれるのだけれど、ヴァイオリンとチェロがガッツリ向き合って紡ぎ出される音楽は、なかなか骨太。だから、太鼓と相俟って、ますます物々しく... 父の音楽にあった即興性は薄れ、より確固とした音楽が構築される。続く、第1ソナタ(track.8)には、ボローニャ楽派が確立するトリオ・ソナタ(2つの旋律楽器と通奏低音による... )の形が示され、その安定感たるや!風のようだった父の音楽から前進した姿、形が、そこにある。またそうあることで、音楽はより表情を深め、父の音楽では到達し得ない詩情が滲み出し、惹き込まれる。そうした中、興味深いのが、ニ長調のソナタ(track.10)... ちょうど真ん中に置かれたグラーヴェ(重々しく!)から、"ヴィターリのシャコンヌ"のテーマが聴こえる?!これが「トマゾ・ヴィタリーノの楽譜」のオリジナル?というソナタは、トマゾ・アントニオがドイツ語圏を旅した時に書かれたものらしく、ウィーンに残されていたものとのこと... それが、書き写され、ドレスデンに持ち込まれ、それがまた... しかし、グラーヴェの一瞬の刹那!ここから、あのエモーショナルな音楽に発展したかと思うと感慨深く、巡り合わせの妙を感じずにはいられない。
そんな、歴史探究を含め、ヴィターリ親子の音楽をナチュラルに、それでいて魅力的に聴かせてくれる、ド・ファイー+クレマティス。何と言っても、ド・ファイーのヴァイオリンの瑞々しさに魅了される。透明感を湛えた彼女の音色は、ヴィターリ親子が生きたうつろう時代をありのままに捉え、一瞬一瞬を大切に、どこか慈しむようでもあり... クリアにして、どこか儚げで、そこに詩情を紡ぎ出す。だから、"ヴィターリのシャコンヌ"の後でも、十分に惹き込まれる。一方、"ヴィターリのシャコンヌ"では、ピリオドというフィールドから、真摯に向き合い、純正ヴィターリとは違う魅力を存分に聴かせてくれる。で、おもしろいのは、バロック風19世紀の音楽を、ピリオドで奏でるというケミストリー!この音楽を彩っていたロマンティックさが剥がされると、まるで、ドイツ・バロックを代表するヴァインオリンのヴィルトゥオーゾ、ビーバー(1644-1704)を思わせるパッションが放たれて、これはこれで、ある種の真実になり得てしまう?フェイク・フェイク・ヴィターリは、一周回って、また違うバロックの名曲に変化してしまうから、ド・ファイーはなかなかの巧者。そんな彼女を支えるクレマティスの演奏も、丁寧にして、実直。ふわっとしがちなうつろう時代の音楽に、安定感をもたらす。

VITALI CIACONNA
STÉPHANIE DE FAILLY CLEMATIS


ヴィターリのシャコンヌ
ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィターリ : 独奏ヴァイオリンのための 「カプリッチョ・ディ・トロンバ」
ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィターリ : フルラーナ
ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィターリ : バラバーノ
ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィターリ : イル・ヴィオリーノ・ソナ・イン・テンポ・オルディナリオ
ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィターリ : ルッジェーロ
トマゾ・アントニオ・ヴィターリ : パッソ・エ・メッツォ イ短調
トマゾ・アントニオ・ヴィターリ : 第1 ソナタ イ短調
トマゾ・アントニオ・ヴィターリ : 第12 ソナタ 「チャコーナ」
トマゾ・アントニオ・ヴィターリ : ソナタ ニ長調
ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィターリ : ヴァイオリンのためのベルガマスカ
ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィターリ : ヴァイオリンのためのベルガマスカ
ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィターリ : パッソ・エ・メッツォ
ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィターリ : トッカータ
ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィターリ : 第2 ソナタ イ短調

ステファニー・ド・ファイー/クレマティス

RICERCAR/RIC 326




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