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修道院の歌。12世紀の単旋律の聖歌... [before 2005]

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古代から中世への長い移行期間を経た先に、8世紀後半、カロリング朝により再統一された西欧。政治的再統一は、西欧の教会にも大きな影響を与え、各地で独自に育まれていた典礼は、ローマ教会の伝統の下に統一されることに... これにより、典礼を織り成す聖歌にも統一規格が整備され... それが、西洋音楽の種、グレゴリオ聖歌。で、興味深いのは、聖歌に関しては、古代以来のローマの伝統に倣うばかりでなく、各地で歌われていた聖歌が総合されたこと... そう、西洋音楽の種は、ゲノム編集で生まれた!なればこそ、ニュートラルに仕上がったグレゴリオ聖歌であって、教皇のお膝元、ローマで歌い継がれて来た古ローマ聖歌の古代地中海文化圏の性格が息衝く、ある種、ワイルドな性格と比べれば、それは、歴然。そして、そのニュートラルさが、西洋音楽の種としての可能性を押し広げたようにも思う。そして、その種を受け取り、発芽させ、育てたのが、修道院。そんな修道院で、じっくりと時間を掛け、ゆっくりと成長した聖歌、12世紀の単旋律の聖歌に注目...
ポール・ヒリアー率いるシアター・オブ・ヴォイセズの歌で、中世、フランスを代表する哲学者にして修道士、アベラールが書いた聖歌と、ラス・ウエルガス写本からの聖歌による"Monastic Song"(harmonia mundi FRANCE/HMU 907209)を聴く。

外界から隔てられた堅牢な石造りの建物、その空間を支配する静謐さ、まさに、俗世を離れての祈りの場... 修道院というと、そんなイメージがある。もちろん、間違っていない。間違ってはいないのだけれど、中世においては、そういうイメージに留まらず、思いの外、活動的でもあった。現代からすると考え難いものの、学問と宗教がイコールだった時代、中世において、修道院は、アーカイブであり、研究機関であり、教育機関であった(さらには、様々な事業を運営する会社のようだったり、社会運動の拠点だったり、領主ですらあって... )。そう、今で言うところの総合大学、相当にマルチだった史実。また、ヨーロッパ各地に点在する修道院を結ぶネットワーク網(ラテン語という共通言語を持つことで、国境を越えた交流を容易にした... )も充実していたこともあり、ある意味、中世のインターネット(たって、もちろんアナログでして、通信速度は、基本、人が歩く速さ... )のサーバーのような役割も持っていた修道院、情報の集積地でもあった。いや、ただ祈るばかりでなかった修道院という場所は、中世のホット・スポットと言っても過言ではないかもしれない。そんな修道院を彩った音楽が、聖歌。それは、聖書を諳んじることに始まり... つまり、祈りそのものであって、我々にとっての歌とは、まったく異なる意義があり、重みがあった。なればこそ、グレゴリオ聖歌が整備された後の聖歌の展開、音楽としての発展は、極めて慎重なものに... 多方面に活動的だった修道院も、こと音楽に関しては、また違ったスタンスを取っていたことは、なかなか興味深い。で、その慎重さ、気合入ってる!19世紀に整備されたグレゴリオ聖歌=単旋律から、多声音楽への挑戦が見え始めるのが12世紀だから、その間、何と300年... いや、裏を返せば、これ以上無いくらいにじっくりと熟成された果てに、進化は訪れたわけだ。で、ここで聴くのは、熟成、極まった、12世紀の単旋律の聖歌...
そんな聖歌を取り上げる"Monastic Song(修道院の歌)"、パリ、ノートルダム大聖堂付属学校(パリ大学の前身的な... )の教師を務め、名声を博すも、セックス・スキャンダル(教え子、エロイーズとデキ婚のような... )をやらかして、修道院に引き籠った、アベラール(1079-1142)による聖歌(track.1-3, 8-10)と、1187年に創建された、スペイン、ブルゴス近郊にある女修道院、ラス・ウエルガス修道院に伝わるラス・ウエルガス写本からの聖歌(track.4-7)が歌われるのだけれど... その第一印象は、薄味。なのだけれど、その味に、一度、慣れてしまうと、300年の熟成が生んだ味の深み(高級出汁とか言いたくなるほどの... )、まさに旨味の豊潤さに、クラクラしてしまう。始まりのアベラールの「よろこびとさかえに満つ」、その低く微かに唸るドローンを背景に2人の男性歌手により交替で歌われる旋律の、何とも言えない色合い... 仄暗くも、どこか艶やかで、抑制的ながら色彩が感じられ、グレゴリオ聖歌では味わえない、メロディーとしての魅惑に、軽く、慄きすら覚えてしまう。もちろん、もっとメロディアスな歌はあるし、我々の周囲には、キャッチーな歌が充ち溢れている。それでも、300年、ジリジリしながら到達した境地のただならなさは、静かにして圧倒的。続く、女声コーラスによる「純潔の乙女」(track.2)は、素朴なメロディーが繰り返され、ミニマルっぽい?そのシンプルさに透明感が生まれ、また違った瑞々しさに惹き込まれる。そこからの男性独唱、「白鳥の悲歌」(track.3)の、耳を奪う伸びやかさ!中世の長閑な風景が眼前に広がるようで... トロバドゥールの歌を思い起こさせるよう。いや、第一印象こそ薄味ではあったものの、聴き入れば、驚くほど多彩な歌を感じることができる。それでいて、そのどれでも、歌うことへの真摯さを思い知らされ、祈りの歌の真っ直ぐさに射抜かれる。射抜かれて、歌うことについて、改めて考えさせられる。
という、"Monastic Song"を聴かせてくれた、ヒリアー+シアター・オブ・ヴォイセズ。単旋律の歌を、淡々と歌う... というのは、実は、なかなかに難しいことかもしれない。"Monastic Song"が取り上げる聖歌の、その後に来る、多声音楽ならば、もっと、聴かせ所のようなものが生まれるが、その段階には至らないという、シンプルゆえの難しさ... が、衒うことなく、ただ歌うことに集中する、シアター・オブ・ヴォイセズの面々。ありのままに、素朴に、それでいて、歌うということを最大限に活かして来る、その歌い。だからこそ、素朴の中に、味わいがしっかりと生まれ、そこから、中世の色合いがしっかりと広がり、後の音楽とはまた違う、有機的な響きが、聴く者を包み、いつもとは一味違う音楽体験をもたらしてくれる。いや、シアター・オブ・ヴォイセズの、その声に触れれば、まるで、12世紀のヨーロッパへと、タイム・トリップできそうな気がしてしまうほど... そこには、独特なリアルが存在している。また、男声と女声が交替しながら歌うという構成もアクセントとなっており、そのやり取りに、アベラールとエロイーズ(スキャンダルの後、両者、それぞれに修道院に入るも、師弟として、文通を続けた... )を重ね合わせることもできるような... 素朴な単旋律の聖歌も、歌い綴ることで、仄かにドラマが浮かび上がるようでもあり... 聴き入れば、聴き入るほど、いろいろ喚起させられる"Monastic Song"。てか、単旋律を侮ってはいけないのだと思う。ある意味、それは、剥き出しの歌であり、歌として、ガチの勝負に出た音楽と言えるのかもしれない。なればこそ、単旋律から、見事に豊かな中世の味わいが溢れ出し、その後の音楽を聴くのとは、一味違う、得も言えない感動に浚われる。そう、もはや、薄味、なんて言えません。

Monastic Song ・ Theatre of Voices

アベラール : O quanta qualia
アベラール : Virgines caste
アベラール : Planctus cigne
作曲者不詳 : Quis dabit capiti meo acquam 〔ラス・ウエルガス写本 から〕
作曲者不詳 : O monialis concio 〔ラス・ウエルガス写本 から〕
作曲者不詳 : Rex obiit et labitur 〔ラス・ウエルガス写本 から〕
作曲者不詳 : Plange, castella misera 〔ラス・ウエルガス写本 から〕
アベラール : De profundis
アベラール : Epithalamica
アベラール : Planctus David super Saul et Jonathan "Dolorum solatium"

ポール・ヒリアー/シアター・オブ・ヴォイセズ

harmonia mundi FRANCE/HMU 907209




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