SSブログ

18世紀、イギリス産交響曲のエレガント... [2005]

オペラの誕生は、実に解り易い(惜しむらくは、その最初の作品が残っていないこと... )。が、交響曲の誕生については、視界不良に見舞われてしまう。17世紀末、合奏協奏曲を発展させたシンフォニアが登場し、また、オペラの序曲として、急―緩―急のイタリア式序曲が確立され、古典派の交響曲の雛型が生み出されるものの、18世紀に入り、そうした萌芽が、如何に交響曲として花開いたかは、なかなか見えて来ない。もちろん、ジョヴァンニ・バティスタ・サンマルティーニ(ca.1700-75)といった先駆者もいるのだけれど、今、改めて、交響曲の黎明期を俯瞰してみれば、音楽の都、パリ、ハプスブルク家のお膝元、ウィーン、そして、音楽好きファルツ選帝侯自慢のマンハイム楽派など、やがて古典主義の拠点となって行く場所にて、交響曲が様々に試みられていたことを知る。そうした中、もうひとつ、気になる場所がある。18世紀、ヨーロッパ随一の音楽マーケット、ロンドン!この街にもまた、いつしか交響曲は響き出し... そんなイギリス産交響曲に注目してみる。
ということで、ケヴィン・マロン率いるアラディア・アンサンブルの演奏で、ボイスの交響曲(NAXOS/8.557278)と、マティアス・バーメルト率いるロンドン・モーツァルト・プレイヤーズの演奏で、ハーシェルの交響曲(CAHNDOS/CHAN 10048)を聴く。


保守的、英国流、ボイスの交響曲のエレガント。

8557278.jpg
ウィリアム・ボイス(1711-79)。
イギリスの作曲家というと、17世紀後半に活躍したパーセル、19世紀末から活躍したエルガーの間が抜け落ちてしまっているような印象を受ける。クラシックの最も魅力的な時代、盛期バロックから古典主義、ロマン主義という時代だ... その間、イギリスの音楽シーンは低迷していたのか?いやいやいや、けしてそんなことはなく、例えば、18世紀であるならば、かのハンデル(ヘンデルの英語読み... )氏が君臨し、後にバック(バッハの英語読み、で、"ロンドンのバッハ"こと、バッハ家の末っ子、ヨハン・クリスティアン... )氏が主導している。そうした大陸から渡って来た大物たちに刺激を受け、普段、あまり顧みられないものの、イギリス生まれの作曲家たちもまた活躍している。そうしたひとりが、ここで聴く、ボイス。ロンドン、シティの指物師の家に生まれ、幼くしてセント・ポール大聖堂の聖歌隊に加わり歌い、声変わりすると、大聖堂のオルガニスト、グリーン(1696-1755)の下で修行した後、1734年、オックスフォード伯の礼拝堂のオルガニストに就任し、音楽家としてのキャリアをスタート。その活躍は、オルガンに留まらず、オペラやオラトリオも作曲、競争激しいロンドンの音楽シーンで、名声を獲得し、1755年、師、グリーンの後を受け、"Master of the King's Musick"、国王の音楽顧問、宮廷楽団の楽長(ボイスの後任は、スタンリーで、後にはエルガーも務めている... )に就任。楽団の頂点へと上り詰める。
というボイスの1760年に出版された『8つの交響曲集』(元々は、オペラやオードの序曲として作曲されたもので、その5番が1739年まで遡るものの、他は1740年代から50年代に掛けて作曲されている... )を聴くのだけれど、いやー、びっくりします。その音楽、『水上の音楽』(1717)から、ほとんど前進していない。てか、バロックそのもの!18世紀の交響曲というと、古典主義のイメージが強いからか、そのあまりにバロックな表情に、とても交響曲には思え無くて... 裏を返せば、イギリスの保守性を思い知らされるわけです。が、安定の保守性の優雅さたるや!ガチ、バロック、『水上の音楽』の頃にはあった、挑むような感覚は、良い具合にマイルドになっていて、まさに洗練を感じさせる!交響曲には思えないにしても、ひとつの音楽として、実に、実に充実したサウンドを響かせて、ある意味、古典派交響曲のパラレルを見せ付けられるよう。新しいスタイルを模索することなく、"古き良き"を磨き上げて、美麗なる音楽を展開するボイス... そうした中で、特に印象的なのが、最も古い1739年に作曲された5番(track.13-15)、ラッパが華やかに吹かれ、太鼓が威勢良く叩かれる!そこに古典主義はまったく見受けられないものの、きちんと織り込まれた対位法が、思い掛けなくシンフォニックで... そこに、若かりしハイドンを思わせる表情も浮かび上がるようでもあり、一筋縄には行かないおもしろさがある。
そんなボイスの交響曲と、真摯に向き合うマロン+アラディア・アンサンブル。彼らならではの癖の無い演奏は、ドンピシャでイギリスの保守性にはまる。珍しい作曲家を前にしても躍起になるようなことは一切しないマロンの指揮... 淡々とスコアを捉えつつ、そこに籠められた美麗さを、目敏く、それでいて、そっと掘り起こして、さり気なく魅惑的な音楽を聴かせてくれる(このマロンのセンス、いつも思うのだけれど、ちょっと魔法めいている... )。そんなマロンに応えるアラディア・アンサンブルも、とても丁寧でありながら、ふんわりと全体を光で包むようなサウンドを織り成して... おもしろいのは、その光に包まれる感覚、古典主義を思わせて... ボイスの音楽は安定のバロック路線のはずなのだけれど、アラディア・アンサンブルの明朗さに捕まると、古典派の表情が何となく覗くようで、不思議(ここにも魔法を感じてしまう... )。そうして見出されるボイスの魅力!ポスト・ハンデル世代による、エレガント(ギャラントじゃないのが英国流?)が、素敵。

WILLIAM BOYCE: Eight Symphonies, Op. 2

ボイス : 交響曲 第1番 変ロ長調 〔8つの交響曲 Op.2 から〕
ボイス : 交響曲 第2番 イ長調 〔8つの交響曲 Op.2 から〕
ボイス : 交響曲 第3番 ハ長調 〔8つの交響曲 Op.2 から〕
ボイス : 交響曲 第4番 ヘ長調 〔8つの交響曲 Op.2 から〕
ボイス : 交響曲 第5番 ニ長調 〔8つの交響曲 Op.2 から〕
ボイス : 交響曲 第6番 ヘ長調 〔8つの交響曲 Op.2 から〕
ボイス : 交響曲 第7番 変ロ長調 〔8つの交響曲 Op.2 から〕
ボイス : 交響曲 第8番 ニ短調 〔8つの交響曲 Op.2 から〕

ケヴィン・マロン/アラディア・アンサンブル

NAXOS/8.557278




多感で、ギャラント、ハーシェルの交響曲の魅惑。

CHAN10048
ウィリアム・ハーシェル(1738-1822)。
天王星を発見した天文学者として歴史に名を残したハーシェル... なのだけれど、天文学の世界で活躍する前は、イギリスの音楽シーンで活動した人物でもあって... 北ドイツ、ハノーファーで生まれたハーシェル(ドイツ名は、ヘルシェル... )は、ハノーファー選帝侯国守備隊の軍楽隊でオーボエを吹いていた父から音楽を学び始め、守備隊の学校を経て、1753年、14歳の時に軍楽隊に入隊、ヴァイオンとオーボエを担当。で、その軍楽隊が、1755年、イギリスへ出張(1714年、ハノーファー選帝侯がイギリス王位を継承して以来、イギリスとハノーファーは同君主連合にあったため... )すると、ハーシェルは英語を学び、思いの外、英国に馴染んだか?翌、1756年、七年戦争(新興、プロイセンの拡張主義と、体制維持のハプスブルク帝国が衝突!ヨーロッパを二分して戦われた戦争。で、イギリス=ハノーファーは、プロイセンの側に付く... )が勃発すると、軍楽隊は帰国。ハーシェルは、直接、戦闘に加わることは無かったものの、1757年、ハステンベックの戦いで、ハノーファー選帝侯国守備隊が、フランス軍(ハプスブルク帝国の伝統的なライヴァルであったが、前年、劇的に同盟を結んでいた... )に敗れ、ハノーファーの街が占領されるという事態に... 19歳、ハーシェルは、イギリスへと脱出。ロンドンで写譜の仕事をした後、1760年、ダラムの軍楽隊の指揮者に就任。翌、1761年には、エイヴィソン(スカルラッティのソナタのアレンジで知られる... )に誘われ、ニュー・キャッスルのオーケストラのコンサート・マスター兼ソリストを務め、これを足掛かりに各地で精力的に活動。さらに作曲にも意欲的で、多くの作品を残すことに...
そんなハーシェルの交響曲、6曲を聴くのだけれど、それは、音楽家としての仕事が軌道に乗り始める1760年、61年、62年の作品。で、ボイスの交響曲からしたら、見事に脱バロックを遂げていて... 多感主義的なドラマティシズムが滲みつつ、ギャラントで、プレ古典主義的でありながら、ボイスが響かせていた英国流の保守性も漂わせて、そのあたり、やはり、エレガント。例えば、1760年に出版された2番(track.7-9)... 同時期に作曲されたハイドンの交響曲(「朝」、「昼」、「晩」が作曲されるのは1761年... )からすると、交響曲としての未熟さは否めないものの、その音楽には、モーツァルトを予感させる麗しさがあって、なかなか興味深い。それから、1761年に出版された、8番(track.4-6)... その音楽は、このアルバム、唯一の短調なのだけれど、そこには、古典派の"短調の交響曲"の魔法がすでに表れていて、ただならず、惹き込まれる。悲しみが疾走するようなドラマティックさは、疾風怒濤を予感させるものの、一瞬たりともエレガントを失わないのがハーシェルの短調。このアルバムの白眉。いや、この作品、古典派の"短調の交響曲"の名曲の列に加えるべき名作かも... もちろん、8番ばかりでなく、どれも素敵で、1762年に出版された17番(track.13-15)には、ハイドン的なウィットがありつつ、ハイドンに追い付くような充実感も... いや、なかなか多彩ですハーシェル。何より、魅惑的。
というハーシェルの交響曲を、バーメルト+ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズの演奏で聴くのだけれど... モダンに留まりながら18世紀を専門にするという彼らの独特なスタンスが、かえって効いている、このアルバム。ハーシェルのエレガントさを、モダンなればこその美麗さで捉えれば、もはや、うっとり。で、おもしろいのは、そのうっとりに、ハーシェルの独特さが露わとなり、ある種のケミストリーを感じる。交響曲のロジカルさよりも、音楽としての美しさにより鋭敏であるハーシェルの筆致をより活かし、バロックとも古典主義とも一味違う、ゾクっとさせられる魅惑的な瞬間を創り出す。何だろう、美しさに素直だからこそ得られる感覚?モダンによる18世紀も侮れない。とか言いながら、ピリオドでも聴きたい!

HERSCHEL: SYMPHONIES - London Mozart Players/Bamert

ハーシェル : 交響曲 第14番 ニ長調
ハーシェル : 交響曲 第8番 ハ短調
ハーシェル : 交響曲 第2番 ニ長調
ハーシェル : 交響曲 第12番 ニ長調
ハーシェル : 交響曲 第17番 ハ長調
ハーシェル : 交響曲 第13番 ニ長調

マティアス・バーメルト/ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズ

CHANDOS/CHAN 10048




nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。