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ドメニコ・ガブリエッリ、チェロ作品全集。 [before 2005]

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北イタリア、アルプスとアペニン山脈に挟まれたポー平原が、クラシックにおける器楽曲の故郷... と言っても、ピンと来ない?やっぱり、音楽の都、ウィーンとか、ベートーヴェン、ブラームスらを輩出したドイツのイメージが前面に立ってしまうのがクラシック。音楽史におけるポー平原の重要さは、普段、あまりに目立たないのが、もどかしい!というポー平原、そのちょうど真ん中には、アマーティ、グァルネリ、そして、ストラディヴァリといった伝説的な名工たちが腕を競った街、クレモナがある。これが、とても象徴的... で、そうした楽器製作に裏打ちされ、平原の東の端、ヴェネツィアで、まず器楽演奏が盛んになり、ルネサンスからバロックへとうつろう頃、器楽曲の端緒が開かれる(それまでの器楽演奏は、歌のスコアを楽器で演奏するというもので... つまり、歌と器楽がリバーシブルなのが常だった!)。そうしたヴェネツィアでの試みは、間もなく平原に点在する宮廷や都市に広がり、やがて、北イタリア各地とイタリア中央部を結ぶ交通の要衝、ボローニャで活躍した、ボローニャ楽派によって、17世紀後半、ソナタ、コンチェルト、我々にとってお馴染みの器楽曲の形が整えられて行く。
ということで、ヴィターリ親子に続いてのボローニャ楽派、チェロのヴィルトゥオーゾ、チェロのための音楽を切り拓いたドメニコ・ガブリエッリに注目!鈴木秀美のチェロで、ドメニコ・ガブリエッリのチェロ作品全集(Arte dell'arco/TDK-AD009)を聴く。

ドメニコ・ガブリエッリ(1651-90)。
ガブリエリというと、ヴェネツィア楽派の大家たちと混同しそうになるのだけれど、綴りがわずかに違います。ヴェネツィア楽派は"Gabrieli"で、ボローニャ楽派は"Gabrielli"、"L"がひとつ多い。ということで、ガブリエ"ッ"リ... ボローニャ楽派の始祖、カッツァーティ(1616-78)が、ボローニャへとやって来る6年前、1651年、ボローニャで生まれる。で、作曲を学んだのは、ヴェネツィア楽派のレグレンツィ(1626-90)から... チェロを学んだのは、同い年のフランチェスキーニ(1651-80)から... ちなみに、フランチェスキーニは、ボローニャ生まれで、サン・ペトローニオ大聖堂のチェリストを務めた人物なのだけれど、ローマでカリッシミ(1605-74)に師事している。となると、ガブリエッリの音楽のベースは、先進的なヴェネツィアと、伝統が息衝くローマの混交によってできあがったと言えるのかも... そもそもボローニャ楽派のスタイルは、北イタリアとローマを結ぶ交通の要衝、ボローニャの立地そのままに、北イタリアの革新ローマの伝統を絶妙に融合して、バロックの次なる時代の扉を開いたわけで... つまり、ガブリエッリという存在は、極めてボローニャ的とも言えるのかもしれない。そんなガブリエッリは、1676年、アカデミア・フィラルモニカの一員に選ばれ(1683年には会長に選出されている!)、1680年にはフランチェスキーニの後任としてサン・ペトローニオ大聖堂のチェリストに... チェロのヴィルトゥオーゾとして名声を博す。のだけれど、ガブリエッリを聴くにあたり、重要なキーポイントとなるのが、"チェロ"であること!ヴィオラ・ダ・ガンバではなく、チェロ... 似て非なる2つの楽器、うっかりチェロの御先祖様が古楽器、ヴィオラ・ダ・ガンバと勘違いしがちなのだけれど、ヴィオラ・ダ・ガンバはガンバ属に属し、チェロはヴァイオリン属に属する別系統の楽器。で、ルネサンス後半にヴィオラ・ダ・ガンバが一世を風靡した後、17世紀、バロック期を迎え、イタリアにおいてヴァイオリンが器楽の中心で活躍し始める(イタリアの外では、まだまだカンバ属は健在!)と、その低音楽器、通奏低音を担う楽器として定着したチェロ... だったが、縁の下の力持ちばかりでなく、主役にもなり得ることを示したのがガブリエッリ。そう、ヴィオラ・ダ・ガンバからチェロへというパラダイムシフトの端緒となった人物。
というガブリエッリのチェロ作品全集を聴くのだけれど、まずは、ト長調のチェロと通奏低音のためのソナタ(track.1-4)。1楽章、グラーヴェの、チェロの魅力が存分に引き出された音楽!まるで朝を迎えるかのような瑞々しさを湛え、鮮やかさに染まれば、もうのっけから惹き込まれる。そこには、ガブリエッリのチェロという楽器への愛が溢れ出すかのようで... 今さらながらにチェロという楽器に魅了されずにいられない。そんな1楽章の後、2楽章、アレグロ(track.2)では、旋律を歌う高い声部、それをしっかりと補強する低い声部、2挺のチェロが、しっかりと音楽を構築。そこに通奏低音のチェンバロがそっと寄り添い、ボローニャ楽派が先鞭を付けたトリオ・ソナタを形作る。で、その安定感たるや!2挺のチェロの妙なる調和が、揺ぎ無さを生み、それがまた心地良い!初期バロックの即興的だった器楽曲にはない心地良さ... そんな心地良さに触れると、器楽曲の確かな進化に感慨を覚える。また、チェロという楽器の魅力もより引き立って... リードするチェロは、弦楽器ならではの歌うような表情を存分に聴かせ、それを支えるもう一方のチェロは、低音楽器ならではの深みを存分に聴かせる。そんな2挺のチェロを聴いていると、チェロのヴィルトゥオーゾならではの音楽を意識させられる。
で、それをより強く感じられるのが、7つの無伴奏チェロのためのリチェルカーレ(track.5-11)。無伴奏チェロ... というと、とにかくバッハのイメージがあるわけだけれど、その組曲から30年ほどを遡った1688年に作曲されたと考えられるガブリエッリのリチェルカーレは、まさに無伴奏チェロの草分け。合奏こそが主流だったそれまでの器楽曲の定石を覆し、独奏というストイックな在り方を切り出したわけだ。それも、ヴァイオリン属の低音担当の楽器で... そういう音楽史における大きな流れから捉えれば、これは賭けであり、何よりチェロという楽器を信じ切ってこそのものであり、ガブリエッリのチェロのヴィルトゥオーゾとしての矜持がそこにある!だから、ただならない... 技巧を駆使し、巧みに形を構築しつつ、チェロというひとつの楽器が歌い出す。30年後のバッハの組曲からしたら、極めて実直で、素朴にすら感じるところもあるのだけれど、なればこそのガチ感、半端無い。いや、ガブリエッリのリチェルカーレを聴いてしまうと、バッハの組曲の多彩さが、パヤパヤしてすら聴こえる。裏を返せば、この2つの作品の間にある30年は、チェロという楽器にとって実り多い年月だったのだろう。なればこそ、開拓者たるガブリエッリの音楽に感銘を受ける。始まりの初々しさ、瑞々しさ、そして、真面目さ...
それらを、活き活きと引き出す、日本を代表するバロック・チェロのマエストロ、鈴木秀美。いや、もう、理屈抜きに魅了されます。モダンのチェロとは異なる、バロック・チェロの軽やかさを活かしつつ、風通し良く、音符、ひとつひとつと向き合い、颯爽とガブリエッリの音楽をまとめる。そうして生まれる、突き抜けたナチュラルな佇まい... チェロだから深い、とか、チェロだから渋い、とか、そういうイメージに囚われることなく、在りのままを響かせて生まれる不思議な朗らかさ!で、ふと思う。今となってはピンと来ない感覚なのだけれど、当時、チェロは、イタリアの楽器として認識されていて... チェロって、イタリアっぽい?いや、鈴木秀美のガブリエッリに触れると、イタリアが感じられる気がするからおもしろい。ポー平原の、のどかな田園風景の広がりが感じられて、開放感があり、それでいて、とても穏やかな気持ちになれる。下手に飾ることはせず、構えることもなく、素直に歌う... ガブリエッリではないけれど、チェロという楽器を信じ切って生まれる、安心感。もちろん魅力的だし、独奏では、スリリングですらあるのだけれど、常にどこか安心感があるのが、鈴木秀美のガブリエッリ。はぁ~ 落ち着く。魅了されつつも、その先にもうひとつ、至福が籠められている。

ドメニコ・ガブリエッリ : チェロ作品全集
鈴木秀美(チェロ)/エマニュエル・バルサ(チェロ)/大塚直哉(チェンバロ)

ドメニコ・ガブリエッリ : チェロと通奏低音のためのソナタ ト長調 **
ドメニコ・ガブリエッリ : 7つの無伴奏チェロのためのリチェルカーレ
ドメニコ・ガブリエッリ : 2つのチェロのためのカノン *
ドメニコ・ガブリエッリ : チェロと通奏低音のためのソナタ イ長調 **
ドメニコ・ガブリエッリ : チェロと通奏低音のためのソナタ ト長調 〔異稿〕 **

鈴木秀美(チェロ)
エマニュエル・バルサ(チェロ) *
大塚直哉(チェンバロ) *

Arte dell'arco/TDK-AD009




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토토사이트

Your post deserves positive feedback. How do you write great articles? I assume your post works for me.

by 토토사이트 (2024-01-31 13:35) 

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