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18世紀、ピアノが表舞台へと出ようとしていた頃... [2014]

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18世紀前半、ロンドンの音楽シーンの顔と言えば、ヘンデル(1685-1759)!そして、後半の顔が、ヨハン・クリスティアン・バッハ(1735-82)。ズバリ、"ロンドンのバッハ"!バッハ家の末っ子にして、18世紀当時、父、大バッハ(1685-1750)を遥かに凌ぎ、国際的に知られていたのが、この人... ライプツィヒで生れ育ち、父から音楽を学び始めるも、14歳の時、父を亡くし、フリードリヒ大王の鍵盤楽器奏者を務めていた、次兄、カール・フィリップ・エマヌエル(1714-88)に引き取られ、ベルリンで音楽を学ぶ。が、ベルリンで、父や兄の音楽とは一線を画すイタリア・オペラに出会ってしまったヨハン・クリスティアンは、より広い世界を求め、1755年、家出。ベルリンで歌っていたイタリア人女性歌手にくっついて、イタリア、ミラノへ... そこで、首尾よくパトロンを見つけると、その支援で、当時のアカデミックな音楽の権威、ボローニャのマルティーニ神父(1706-84)に師事。しっかりと理論を体得して、1760年、ミラノの大聖堂の第2オルガニストに就任。が、野心的な若き作曲家は、オペラにも乗り出し、1761年、ナポリ楽派の牙城、サン・カルロ劇場で『ウティカのカトーネ』を上演、大成功!その評判はイタリア中に広がり... そんな新しい才能を放って置かないのがロンドンの音楽シーンでして、ロンドンからのオファーを受けたヨハン・クリスティアンは、1762年、ドーヴァー海峡を渡る。
ということで、ヨハン・クリスティアンが、ロンドン、4年目、1766年に出版した鍵盤楽器のための6つのソナタ、Op.5を、古典派のスペシャリスト、バルト・ファン・オールトが、1795年製、ヴァルターのピアノ(レプリカ)で弾いたアルバム(BRILLIANT CLASSICS/BC 94634)を聴く。そう、それは、ピアノが表舞台へと出ようとしていた頃...

気鋭のイタリア・オペラの作曲家としてロンドンにやって来たヨハン・クリスティアンは、最新鋭の鍵盤楽器、ピアノのデモンストレーターとしても活躍することになる。いや、これは、ピアノの歴史において、ひとつの画期をなしておりまして... そもそもの始まりは、ヨハン・クリスティアンがロンドンにやって来る一年前、1760年、七年戦争(1756年から1763年に掛けて、オーストリアvsプロイセンを中心に世界規模で繰り広げられた戦争... )を避けて、ドレスデンからロンドンに渡って来た鍵盤楽器製作者、ツンペ(ドイツにおけるピアノ製作の先駆者、ジルバーマンの弟子... )。ヨハン・クリスティアンがロンドンにやって来る年、1761年にロンドンで自らの工房を開くと、翌、1762年にスクエア・ピアノを開発。このスクエア・ピアノは、その名の通り四角形で、元来のピアノからすると小振りで、シンプルな構造を持ち、それまでになく廉価に提供でき、普及版の役割を果たす。これにより、一部の音楽好きの王侯貴族が所有する特殊な鍵盤楽器だったピアノは、広く一般に知られることとなり、チェンバロからピアノへ、鍵盤楽器の分水嶺となった。そのすぐ傍らにいたのが、ヨハン・クリスティアン!バッハ家の新世代は、積極的にピアノを弾き、またこの新しい楽器のために様々な作品を書くことに...
その最初期の作品が、ここで聴くOp.5の6つのソナタ。出版は1766年だけれど、作曲はそれよりも前で、1764年、ロンドンを訪れ、ヨハン・クリスティアンを訪ねたモーツァルト少年(8歳!)は、この作品を聴いたのだろう... 楽譜を持ち帰り、2番(track.3-5)、3番(track.6, 7)、4番(track.8, 9)のソナタをコンチェルトに仕立て直している(K.107の3つのピアノ協奏曲... )。で、神童に仕立て直されたことで知られるOp.5の6つのソナタでもあって... ピアノが表舞台へと出ようとしていた頃のソナタ、というだけでなく、大バッハの息子からモーツァルトへと渡されたバトンとして見つめれば、実は象徴的なソナタだったと言えるのかもしれない。そして、そのソナタには、すでにモーツァルト的なるものが響いていて、モーツァルトの音楽がどこからやって来たのかを知ることに... 仰々しくなってしまったバロック(例えば大バッハのように... )を軽やかに脱し、古典主義の明朗さを放っていて... その原動力が、まさにピアノ!チェンバロよりも明瞭なサウンドは、表情を生み出すのに長け、どこか音で埋めて行くようなチェンバロによる音楽とは異なり、風通しの良い音楽を繰り出す。だから、ナチュラル!このナチュラルさこそ、古典主義!楽器の革新から派生した新しい音楽というものをここに見出せる。
というヨハン・クリスティアンのソナタを、ファン・オールトの演奏で聴くのだけれど、これまで、ピリオドのピアノによるモーツァルトの鍵盤楽器作品全集や、ハイドンの鍵盤楽器作品全集で鳴らしてきただけに、その上流にあたるヨハン・クリスティアンの音楽もまたお手のもの... 1795年製、ヴァルターのピアノ(レプリカ)の癖を的確に捉えつつ、軽やかなタッチを繰り出して、バロックを脱した時代のフレキシブルな気分を存分に引き出す。一方で、ピリオドのピアノの味わい深さを活かし、ヨハン・クリスティアンの音楽に、古典主義の次なる時代の予感をフっと過らせたりもして... 緩徐楽章のセンチメンタルには、ショパンに影響を与えた、アイルランド出身のフィールド(1782-1837)のトーンが滲み、最後、6番の終楽章(track.15)の舞曲調なあたりは、シューベルトを思わせて、なかなか興味深い。ハイドン、モーツァルトの上流としての、ある種の初々しさを卒なく響かせながら、より広がりを見せるファン・オールトの演奏。改めて、大バッハの末っ子、"ロンドンのバッハ"のおもしろさを印象付ける。そんなファン・オールトによるヨハン・クリスティアンのソナタに触れれば、"音楽の父"ならぬ、"古典主義の父"なんても言ってみたくなる。いや、ピアノが表舞台へと出ようとしていた頃のソナタは、思い掛けなくスケールが大きくも感じられ、なかなかおもしろい。

J.C. BACH SIX SONATAS OP. 5
BART VAN OORT


ヨハン・クリスティアン・バッハ : 6つのソナタ Op.5

バルト・ファン・オールト(ピアノ : 1795年製、ヴァルターのレプリカ)

BRILLIANT CLASSICS/BC 94634




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