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"Mozart's Maestri"、モーツァルトの師匠たち... [2014]

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18世紀の音楽を、前半のバロック、バッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディと、後半の古典主義、モーツァルト、ハイドンで片付ければ、もの凄く分かり易い。が、分かり易い、というのは、時として、真実を歪めてしまう(メルカトル図法の地図に似ているのかも... 球体の地球を無理やり方形の地図として表現すると、極地は異常に拡大され、赤道付近は縮んでしまうという、アレ... )。その顕著な例がモーツァルトかもしれない。バロックの後で、突如、モーツァルトという古典主義の神童が誕生した!みたいな、奇跡のようなイメージ、クラシックの中にはいつも漂っている気がする。もちろん、モーツァルトの天使のような音楽に触れれば、そういうイメージを持ってしまうのも、また自然なことかもしれない。が、実際は、大バッハら、バロックの大家たちがいて、その息子世代がポスト・バロックの道を切り拓き、モーツァルトは、その道を歩んだ、というのが史実であって... そして、今、改めて、その史実に注目してみる。天上から舞い降りた天使ではなく、先人たちからバトンを引き継ぎ、次代へと渡した音楽史の使徒としてのモーツァルトに... 普段、あまり注目されない先人たちも含めて...
ということで、ルカ・グリエルミのチェンバロと、彼が率いるコンチェルト・マドリガレスコの演奏で、前回、聴いたヨハン・クリスティアン・バッハのソナタを、モーツァルトが仕立て直した3つのピアノ協奏曲、K.107を軸に、モーツァルトの音楽をその師から見つめる一枚、"Mozart's Maestri"(ACCENT/ACC 24256)を聴く。

1763年、7月、モーツァルト少年(当時、7歳!)は、一家で、長い長いヨーロッパ・ツアーへと出発する。まず、ドイツ各地を巡った後、11月、パリに到着。しばらくの間、この18世紀の音楽の都を拠点(時より、ヴェルサイユにも出張... )としていたが、周囲の勧めもあり、1764年、4月、ヨーロッパ随一の音楽マーケット、ロンドンへ!ここで出会うのが、"ロンドンのバッハ"こと、ヨハン・クリスティアン・バッハ(1735-82)。バロック、最後の大家、大バッハの末っ子は、父の死後、多感主義を代表する作曲家、次兄、カール・フィリップ・エマヌエル(1714-88)の下で学ぶも、より広い世界を知るためイタリアへと向かい、当代随一の音楽学者、ボローニャのマルティーニ神父(1706-84)に師事、その後、古典主義の先駆者、サンマルティーニ(ca.1700-75)が活躍したミラノでキャリアをスタートさせる。それから間もない1761年、ナポリ楽派の牙城、ナポリでオペラを上演、評判を取ると、それを足掛かりに、1762年、ロンドンに乗り込んだ。いや、その歩みをつぶさに見つめれば、見事に18世紀の音楽を総合的にカヴァーできていて、なかなか凄い。というより、大バッハからナポリ楽派まで、これほどまでに幅広い音楽に通じていた作曲家は、他にいないように思う。バッハ家に生まれたからこそ、という部分も大きいのだけれど、ヨハン・クリスティアンという存在は、実は、18世紀の音楽にとって、なかなか稀有にして、重要だったのかもしれない。そんなヨハン・クリスティアンから大きな影響を受けたのがモーツァルト... モーツァルトのその後の音楽、その総合性(マルティーニ神父に師事し、マンハイム楽派に心を寄せ、ナポリ楽派のスタイルを卒なくこなし、バッハ家の面々もリスペクト... )を鑑みれば、何だか"ロンドンのバッハ"と重なって見えてくる。いや、なぞったとすら思えてくる。
さて、ヨハン・クリスティアンのソナタに基づく3つのピアノ協奏曲(track.1-3, 8, 9, 16, 17)です。おそらく、モーツァルトは、ロンドンでヨハン・クリスティアンのソナタを聴いたのだろう(モーツァルト一家は、1年と3ヶ月、ロンドンに滞在している... )。帰郷してから6年を経た1772年に、コンチェルトに仕立て直している(6つのソナタ、Op.5から、2番、3番、4番... )。それは、ヨハン・クリスティアンのソナタをそのままに、2挺のヴァイオリンと通奏低音による伴奏が足され... いや、その編成、コンチェルトというよりピアノ四重奏(ここでの演奏は五重奏... )なのだけれど、響き出す音楽は堂に入ったコンチェルトで、始まりの1番の1楽章の冒頭なんて、モーツァルトの若さがはち切れんばかり!モーツァルトが書き加えた伴奏には、若きモーツァルトならではの快活さに溢れていて、キラッキラしている。で、ただキラッキラしているのではなく、しっかりとピアノをサポートし、隙が無く、実際の編成以上の音楽的広がりをも生んで聴き応えは十分。また、編成が小さいことで、かえってヨハン・クリスティアンのオリジナルを活かしてもおり、もはや共作レベル。改めて聴いてみると、編曲とは少し違う感覚がこの作品にはあるのかもしれない。自らの音楽性をフルに活用しながらも、徹底してオリジナルをリスペクトする。3つのピアノ協奏曲の前に書かれた1番から4番までピアノ協奏曲もまた、先人たちの作品を素材にしたものなのだけれど、こちらは、あくまでも、素材。ヨハン・クリスティアンのソナタに基づく3つのピアノ協奏曲とは一線を画す。なればこそ、興味深く、魅了される。
という3つのピアノ協奏曲、グリエルミのチェンバロ(このコンチェルト、ピアノで弾く方が珍しいのかも... )と、コンチェルト・マドリガレスコの演奏で聴くのだけれど、これがすばらしいのです!グリエルミのチェンバロは、チェンバロならではの煌びやかさを活かしつつ、ピアノのために書かれた音楽を実に味わい深く響かせ、その響きは時としてジューシーですらあって、惹き込まれる。そんなグリエルミのチェンバロを引き立てつつ、雄弁な伴奏を繰り出すコンチェルト・マドリガレスコ(通奏低音には、本来のチェロの他、ヴィオローネが加わって五重奏... )もまた聴き所。モーツァルトが書いた伴奏を活き活きと奏で、このコンチェルトを躍動させる!躍動するから、ピアノ五重奏はますます堂々たるコンチェルトに!ヨハン・クリスティアンのソナタに基づくだけに、若きモーツァルトの習作として捉えられる3つのピアノ協奏曲だけれど、そういうイメージを払拭するグリエルミ+コンチェルト・マドリガレスコの演奏。全ての音を自信を以って響かせて、習作ではなく、共作という新たなイメージを創り出すのか... グリエルミ+コンチェルト・マドリガレスコの演奏は、ヨハン・クリスティアンとモーツァルトの邂逅を、音楽史のひとつのセレブレイションとして捉えるようで、実に印象深く、何より、素敵。グリエルミのセンスを感じずにはいられない。

Mozart's Maestri / Luca Guglielmi ・ Concerto Madrigalesco

モーツァルト : ヨハン・クリスティアン・バッハのソナタに基づく3つのピアノ協奏曲 K.107 から 第1曲
ルティーニ : ソナタ ニ長調 Op.6-2
ルティーニ : ソナタ ト短調 Op.6-5
モーツァルト : ヨハン・クリスティアン・バッハのソナタに基づく3つのピアノ協奏曲 K.107 から 第2曲
ルティーニ : ソナタ 変ホ長調 Op.6-6
ルティーニ : ソナタ ヘ短調 Op.5-5
モーツァルト : ヨハン・クリスティアン・バッハのソナタに基づく3つのピアノ協奏曲 K.107 から 第3曲

ルカ・グリエルミ(チェンバロ/ピアノ : 1749年製、ジルバーマンのピアノのレプリカ)
コンチェルト・マドリガレスコ
マッシモ・スパダーノ(ヴァイオリン)
リアーナ・モスカ(ヴァイオリン)
ブリュノ・コクセ(チェロ)
ハビエル・プエルタス(ヴィオローネ)

ACCENT/ACC 24256

さて、3つのピアノ協奏曲の合間に、もうひとり、モーツァルトに影響を与えたと言われるルティーニ(1723-97)のソナタ(track.4-7, 10-15)が取り上げられるのだけれど、これがまた興味深いものでして... フィレンツェで生れ、ナポリの音楽院で学んだルティーニ(ナポリ楽派となるか?)は、オペラ作家としてプラハやロシアで活躍(後半生は、故郷、フィレンツェに戻る... )しながら、鍵盤楽器奏者としても仕事(まだ皇太子妃だった頃のエカチェリーナ2世の鍵盤楽器教師も務めた... )をし、その鍵盤楽器のための作品は、当時、広く知られ、人気だったとのこと... で、モーツァルト家にもルティーニのソナタの楽譜があって、幼いモーツァルト姉弟も弾いていたのだとか... そして、ここで聴く4曲のソナタは、1750年代から60年代に掛けて作曲されたもので、その音楽、初期のモーツァルトの鍵盤楽器のための作品を思い出させる。つまり、ちょっと、稚拙... いや、これこそが、よちよち歩きの古典主義のリアル?また、グリエルミは、前半にチェンバロの性格を意識させるオールド・ファッションな2曲(track.4-7)を置き、後半にはピアノのために書かれたことを意識させる2曲(track.10-15)を置いて(1749年製、ジルバーマンのピアノのレプリカで弾かれる... )、時代の変遷を丁寧に盛り込んでいて... そうか、これがモーツァルト少年が触れていた音楽風景なのかと感慨深いものがある。
しっかし、凝っております、"Mozart's Maestri"!いやー、聴けば聴くほどに興味深い... モーツァルトを鍵に、ルティーニ、ヨハン・クリスティアン・バッハを並べることで浮かび上がる古典主義が花開こうという時代の音楽風景。そして、先人たちからバトンを受け取ったモーツァルトという真実の姿が息衝いて、何だかとても新鮮。




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