古様式の系譜、アッレグリ、ルネサンスの残照... [before 2005]
16世紀末、フィレンツェで発明されるモノディ... その中心にいたカッチーニが、1602年に発表したモノディによる歌曲集、『新音楽』。新しい音楽の波は、フィレンツェに留まらず広がりを見せ... モンテヴェルディは、1605年に出版したマドリガーレ集、第5巻で、伝統=「第1作法」に対し、革新=「第2作法」を宣言!"新音楽"に、"第2作法"、17世紀初頭のイタリアは、次々に音楽が更新されていた。とはいえ、全てが一夜にして更新されたわけではない。"旧音楽"も、"第1作法"も、まだまだ存在感を示しており、そして、その牙城が、聖都、ローマ!教皇聖下の御膝元は、やっぱり保守的... いや、古めかしいくらいの方が、教会の権威は高まる?ということで、新しい音楽を向こうに回し、教会の壮麗さを演出するスティーレ・アンティコ=古様式に注目してみる。
ピーター・フィリップスが率いる、タリス・スコラーズの歌で、スティーレ・アンティコを代表する、門外不出の名作、アッレグリのミゼレーレと、"新音楽"、"第2作法"が出現する以前、マンディー、パレストリーナを取り上げる1枚(Gimell/CDGIM 339)を聴く。
グレゴリオ・アッレグリ(1582-1652)。
神童、モーツァルトの逸話で知られるアッレグリ... 初期バロックのローマで活躍した、歌手にして作曲家は、同じくローマで活躍した、ランディ(ca.1586-1639)、フレスコバルディ(1583-1643)とは同世代、1582年、ローマで生まれたと思われる。で、9歳の時、ローマ、サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会の聖歌隊に加わり、音楽を学び始め、パレストリーナ時代を知る、ジョヴァンニ・ベルナルディーノ・ナニーノ(ca.1560-1623)らに師事。生粋のローマ楽派として成長。1628年には、ローマ、サント・スピリト・イン・サッシア教会の楽長に就任。翌、1629年には、当時のローマの音楽シーンの最大の支援者、バルベリーニ家の教皇、ウルバヌス8世(在位 : 1623-44)に見出され、ランディとともに、教皇聖歌隊の一員となる(これがよくわからんのだけれど、ひとつのポストをランディと分け合った形のよう... )。そうして、伝説の作品、ミゼレーレが生まれる。
おそらく1630年代に作曲されたと考えられる、アッレグリのミゼレーレ。それは、バルベリーニ劇場が開場し、ローマのオペラが花開く頃、新しい音楽がローマでも大いに盛り上がった頃なのだけれど、まあ見事にスティーレ・アンティコ=古様式が貫いているミゼレーレ!グレゴリオ聖歌をそのまま歌いつつ、そこからコーリ・スペッツァーティ=分割合唱を用い、教会の広い空間をこだまするように音楽を運んで行く。いや、"新音楽"、"第2作法"からしたら、身も蓋もないほど古風なのだけれど、かえって突き抜けて、ペルトのような雰囲気を漂わせて、ニュー・エイジ?剥き出しのグレゴリオ聖歌と、アンビエントなルネサンス的な旋律のコントラストと、コーリ・スペッツァーティが生み出す思い掛けないスペイシーさに、妙に新しさが感じられてしまうから不思議... で、そういう音楽が、門外秘(写譜の禁止!)として、教皇聖歌隊によって、システィーナ礼拝堂で歌い継がれて来たわけだ(それも、四旬節のクライマックス、聖金曜日の朝課にのみ歌われるという... )。いやー、この秘儀感たるや!ミステリアスで、スピリチュアル... ミゼレーレの伝説性を否が応でも高めてしまう。そして、さらなる伝説が生まれる。1770年、絶賛、ヨーロッパ・ツアー中だった14歳のモーツァルト少年が、ローマを訪れ、システィーナ礼拝堂で、このミゼレーレを体験。耳コピで、さらりと楽譜に起こしてしまい、周囲を驚嘆させることに。神童、恐るべし...
さて、フィリップス+タリス・スコラーズは、ミゼレーレの後に時代を遡って、スティーレ(スタイル)が、アンティコ(アンティーク)になる前のルネサンス期の作品を取り上げる。ルネサンス・ポリフォニーが爛熟を極めたイギリス、マンディー(ca.1529-91)の「天の父の声は」(track.2)と、ローマ楽派の父、パレストリーナ(ca.1525-94)の教皇マルチェルスのミサ(track.3-7)。これが、なかなか興味深い。マンディーは典型的なルネサンス・ポリフォニーを響かせる一方で、パレストリーナは対抗宗教改革により声部を制限されて至ったパレストリーナ様式を繰り出す。プロテスタントからの攻撃を受け、これからのカトリックを話し合ったトリエント公会議(1545)。そこでは、教会音楽の在り方も議題に上り、繁栄を極めていたルネサンス・ポリフォニーが見直されることに... その手本として歌われたという教皇マルチェルスのミサ(track.3-7)。聖書の言葉を明晰に伝えるため、声部が整理されたことで、かえって音楽に方向性が生まれ、ふわーっとヘヴンリーなルネサンス・ポリフォニーとは違う、凛とした表情が印象的。それがマンディーの後だと特に引き立ち、新たな時代の到来を予感させる。
という、アッレグリ、マンディー、パレストリーナを歌う、フィリップス+タリス・スコラーズ。当然ながら、美しいです。極めて清廉なハーモニーを織り成しています。で、このタリス・スコラーズならではのクウォリティーが、それぞれの作品に対してニュートラルな感覚を生み、絶妙な差異を捉えて、おもしろい。そもそも、何でこの3人なんだろう?という思いがあったのだけれど、この3人を並べることで、ルネサンス・ポリフォニーの展開を、瑞々しく浮かび上がらせるフィリップス+タリス・スコラーズ... パレストリーナからするとマンディーはスティーレ・アンティコであり、スティーレ・アンティコと呼ばれたアッレグリは、マンディー、パレストリーナからすると、目が覚めるほどヴィヴィットで、刺激的。美しく清廉であればあるほど、そうした差異が強調され、ひとつのイメージで捉えがちなルネサンスが、万華鏡のように像を広げて、ちょっとマジカル。いや、ただ美しいということが、こうも作品を輝かせるのか... そこにまた、ルネサンスの特性を見出す。
THE TALLIS SCHOLARS ALLEGRI: MISERERE
■ アッレグリ : ミゼレーレ
■ マンディー : 天の父の声は
■ パレストリーナ : 教皇マルチェルスのミサ
ピーター・フィリップス/タリス・スコラーズ
Gimell/CDGIM 339
■ アッレグリ : ミゼレーレ
■ マンディー : 天の父の声は
■ パレストリーナ : 教皇マルチェルスのミサ
ピーター・フィリップス/タリス・スコラーズ
Gimell/CDGIM 339
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