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カリッシミ、オラトリオ全集。 [2013]

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ギリシア悲劇の復活を目指したオペラの誕生と、聖書や聖人の物語を音楽に落とし込んだオラトリオの誕生は、聖俗で対を成して、音楽におけるバロックの到来を象徴する。のだけれど、オペラの誕生が、クソ野郎の暗躍なども含め、その過程が詳細にわかる一方、オラトリオの誕生は、何ともぼんやりとしている。で、そのぼんやりしたあたりを、必死に目を凝らして覗いてみるのだけれど、覗けば覗くほど、どこからがオラトリオなのかがわからなくなって来る。そもそも黎明期のオラトリオは、「オラトリオ」と銘打たれていなかったり... そういうユルさに出くわすと、厳密にはオラトリオではないとされる、前回、聴いた、カヴァリエーリの『魂と肉体の劇』が、最初のオラトリオでもいいような気がしてしまうのだけれど、オラトリオという言葉の成り立ちをつぶさに見つめると、『魂と肉体の劇』とは違う系譜が浮かび上がって来る。もちろん、『魂と肉体の劇』は、後のオラトリオの誕生に大きな刺激を与えたことは間違いないのだけれど... ということで、オラトリオ黎明期を彩った作曲家に注目してみる。
17世紀、カヴァリエーリ亡き後の時代、ローマのイエズス会、ドイツ人学校の楽長を長年務め、やがてヨーロッパ中にその名声が広まったローマの大家、カリッシミ(1605-74)!フラーヴィオ・コルッソ率いる、イタリアの古楽アンサンブル、アンサンブル・セイチェントノヴィチェントによる、カリッシミのオラトリオ全集(Brilliant Classics/BRL 94491)、9枚組を聴く。

先に書いた通り、オラトリオの誕生は、何ともぼんやりとしている。なぜ、ぼんやり、なのだろうか?オラトリオとは、本来、音楽の形式を指す言葉ではなかったから... 「オラトリオ」というイタリア語は、本来、祈禱室を指す言葉(ラテン語の祈る場所、オラトリウムから派生... )。16世紀、対抗宗教改革(ルターの宗教改革を受けて、ローマ教会も改革に乗り出す... )の時代、より多くの信徒に、聖書の教えを解り易く伝えようとした運動が起こり、祈禱室=オラトリオにおいて、聖書の読み聞かせ(古代のラテン語ではなく、人々がいつも話している言葉で... )と、ラウダ(イタリア語で歌われる民衆的な宗教歌、賛美歌にあたる... )をみんなで歌う集いが開かれる。で、この集い自体もオラトリオと呼ばれるようになる。やがて、『魂と肉体の劇』オペラの影響もあって、17世紀前半、聖書の読み聞かせの部分も歌われ始めると、聖書の核心を対話形式で歌い綴るディアロゴ(対話)や、聖書の物語からの場面を複数の歌手で歌うヒストリア(物語)といった音楽の形式に成長。しばらくすると、このディアロゴとヒストリアを、音楽における"オラトリオ"と呼ぶように... で、ここで聴くカリッシミは、ディアロゴとヒストリアが形になろうかという頃にローマへとやって来て、ディアロゴとヒストリアがオラトリオと呼ばれるようになる頃まで活躍した人物。まさに、オラトリオという音楽の形式が収斂されて行く時代を担った作曲家。そして、その収斂されて行く過程で、多くのオラトリオを作曲した。のだけれど、そこでまた、何ともぼんやりとした事態に遭遇する。
カリッシミはいくつオラトリオを作曲したのか?まだ、オラトリオがオラトリオと呼ばれていなかった頃の作品、まさにオラトリオへと収斂されて行く時代の作品だけに、どこまでがオラトリオなのか判然としないところも... 金澤正剛先生の『古楽のすすめ』を読むと、少な目に数える学者は13曲(おそらく、より規模の大きいヒストリアのみ?)、より多く数える音楽学者は34曲としているとのこと... そして、コルッソ+アンサンブル・セイチェントノヴィチェントによるオラトリオ全集は、34曲を収録。明確にオラトリオと銘打たれたものから、ヒストリア、ディアロゴはもちろん、オラトリオへとつながる劇的なモテットも含めての余裕を持っての34曲は、オラトリオの黎明期をしっかりと網羅する。そういう幅を持って取り上げるから、黎明期ゆえ渋いイメージのあるカリッシミのオラトリオが実に多彩で、ちょっと驚くほど新鮮!1枚目、最初のヒストリア、『ヨナ』(disc.1, track.1-4)から、瑞々しい音楽が流れ出し... いや、モノディーの発明、オペラの誕生を見つめてからカリッシミのオラトリオに触れると、その音楽の深まりに感慨を覚えてしまう。で、旧約聖書に登場する預言者、ヨナの数奇な運命(鯨に呑み込まれたり!)を、多くの登場人物たちを登場させ、活き活きと描き出し、オラトリオとしてまったく遜色の無い。特に、合唱の活躍にオラトリオらしさを見出し... ヨナを乗せた船が嵐に合うシーンの合唱は、なかなかいい味出している!
そうしたオラトリオらしい作品の一方で、規模の小さい作品も実に魅力的。例えば、2人のソプラノで歌われる『嬉しそうに、何処へ行く』(disc.3, track.3)の、愉悦に満ちた得も言えぬ美しさ!嬉しそうに、何処へ行くのですか?処刑(つまり、殉教... )されに行きます!という、ちょっとイっちゃった内容を歌いながらも、圧倒的に美しいのは、その先に天国が待っているから... 最後は天国を2人のソプラノで歌い上げて、まさにヘヴンリー!いやはや、殉教の甘美さたるや、信仰の力の凄まじさというのか、対抗宗教改革の時代の熱さを思い知らされる。で、今を以ってしても抗し難く魅了されてしまう。ところで、カリッシミのオラトリオのほとんどがラテン語によるもの... これは、ラテン語を解するローマのエリートたち、聖職者や貴族たちが集う至聖十字架オラトリオ会にオラトリオを提供していたからなのだけれど、本来のオラトリオ=祈禱会の目的、ラテン語を解さない庶民の再教化のためのイタリア語によるオラトリオも作曲しているカリッシミ... で、聖処女のオラトリオ(disc.9, track.1-6)、預言者、ダニエレのオラトリオ(disc.9, track.7-11)が、最後に取り上げられるのだけれど、ラテン語のオラトリオの後で聴くイタリア語のオラトリオは、イタリア語そのものの響きもあって、よりオペラっぽく感じられるのがおもしろい。フィレンツェのオペラのアルカイックさを思わせて、何ともほんわかしていて、また魅力的。
そんなカリッシミのオラトリオ全集を聴かせてくれた、コルッソ+アンサンブル・セイチェントノヴィチェント... まず、カリッシミのオラトリオ全集、9枚組を録音しようという彼らの意欲に脱帽。そして、9枚、その全てにおいて、カリッシミの音楽を存分に楽しませてくれる明朗なサウンド、甘やかな歌声に感服。『イェフテ』(disc.1, track.5-8)といった代表的な作品ばかりでない、34曲を網羅して見えて来るカリッシミの音楽の広がりが新鮮で、オラトリオ黎明期ならではの素直な美しさが心を捉える。そうして浮かび上がる、音楽を武器とした対抗宗教改革の時代の興味深さ... オラトリオ黎明期であることをことさら強調するのではなく、ひとつひとつの作品のおもしろさ、魅力をしっかりと引き出すコルッソの手腕もあって、資料的な意味を越え、かつての祈禱会=オラトリオの空気感を瑞々しく蘇らせるよう。ま、一部、歌手には、残念なところも無きにしも非ずではあるのだけれど、全集としての魅力は確かなもので、聴き進めるほどにグイグイと惹き込まれる。いや、目から鱗のカリッシミのオラトリオの世界!ヘンデルにはない美しさで以って、聴き入ってしまう。

Carissimi: Complete Oratorios
Ensemble Seicentonovecento Flavio Colusso


カリッシミ : ヒストリア 『ヨナ』
カリッシミ : ヒストリア 『イェフタ』
カリッシミ : ヒストリア 『ヨブ』

カリッシミ : 『大洪水』
カリッシミ : 『カイン』
カリッシミ : 『最後の審判』

カリッシミ : 『聴きなさい、聖人たち』
カリッシミ : 『イエス・キリストに幸あれ』
カリッシミ : 『嬉しそうに、何処へ行く』
カリッシミ : 『この人は誰か』
カリッシミ : 『主は巻き起こした』
カリッシミ : 『脱ぎ捨てぬ者』
カリッシミ : 『ダビデが天国に入られたとき』
カリッシミ : ヒストリア 『エンマウスの巡礼』

カリッシミ : ヒストリア 『金持ち』
カリッシミ : 『何という空しさ、何という空しさ』 第1曲
カリッシミ : 『正直者と一家の主人』

カリッシミ : ヒストリア 『バルタザール』
カリッシミ : 『殉教者たち』
カリッシミ : 『何という空しさ、何という空しさ』 第2曲

カリッシミ : 『ソロモンの裁き』
カリッシミ : ヒストリア 『アブラハムとイサク』
カリッシミ : 『告げよ、我々に』
カリッシミ : ヒストリア 『ダヴィデとヨナタン』

カリッシミ : 『呪われし者の哀歌』
カリッシミ : 『ルシフェル』
カリッシミ : 『闇夜に』
カリッシミ : 『魂と天使』
カリッシミ : 『至福者の幸せ』

カリッシミ : 『花嫁の雅歌』
カリッシミ : 『開け、花嫁』
カリッシミ : 『主よ、誰が住まうのか』
カリッシミ : ヒストリア 『エゼキア』

カリッシミ : 聖処女のオラトリオ
カリッシミ : 預言者、ダニエレのオラトリオ

フラーヴィオ・コルッソ/アンサンブル・セイチェントノヴィチェント

Brilliant Classics/BRL 94491




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