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聖都、ローマにオペラの花が咲く、『聖アレッシオ』。 [before 2005]

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2017年、モンテヴェルディ、生誕450年のメモリアル!ということで、その代表作を聴いて来たのだけれど、初期バロックの音楽に向き合うと、新しい時代へと船出する初々しさと、ちょっと心許無いような表情が、何とも言えず、ツボ。聴き込むと、愛おしくなってしまう... いや、放っとけなくなってしまう... こういう感覚、他の時代では味わえないよなァ。グレゴリオ聖歌に始まる西洋音楽史が、我々の知る音楽の形に向けてリスタートする初期バロックの時代、この「リスタート」が生み出す雰囲気、表情というのは、壮大な音楽史の中でも、特別な輝きを放っているように感じる。もちろんそれは、それまでの伝統に対して恐ろしく挑戦的で、当時はもの凄く尖がっていたのだろうけれど、音楽史全体からフォーカスすると、どの時代よりもピュアに思えて来る。普段、仰々しいクラシックからすると、このピュアなあたりは、とても希有に思えて来る。そして、魅了されずにはいられない。そんな初期バロックを、さらに聴いてみたくなり、モンテヴェルディから視野を広げとみようかなと...
前回、聴いた、『タンクレディとクロリンダの戦い』を含む、モンテヴェルディの最後のマドリガーレ集、第8巻(1637)が出版される5年前、1632年、ローマで初演されたオペラ... ウィリアム・クリスティ率いる、レザール・フロリサンの演奏と合唱、パトリシア・プティボン(ソプラノ)のタイトルロールで、ランディのオペラ『聖アレッシオ』(ERATO/0630-14340-2)を聴く。

1597年、フィレンツェで誕生したオペラが、インターナショナルにお披露目される、1600年、トスカーナ大公女とフランス国王の婚礼... これが切っ掛けとなり、イタリア各地の宮廷でオペラ制作が始まる。が、ローマは、他とまたちょっと違っていて、興味深い。そこは教皇聖下の御膝元、ギリシア悲劇の復興である世俗的なオペラは相応しくない?のだけれど、新しい音楽劇の魅力は抗し難く... というより、その魅力を利用してしまえ!というのが、当時の教会の貪欲さ。1600年、フィレンツェ仕込みの作曲家、カヴァリエーリによる、最初のオラトリオとも言われる宗教的音楽劇、『魂と肉体の劇』が、フィレンツェでの婚礼に先駆けて、ローマ、サンタ・マリア・イン・ヴァリチェッラ教会(後に"オラトリオ"を生む、フィリッポ・ネリが創設した一般信徒会、オラトリオ会の本拠地... )で上演されたのを先鞭に、対抗宗教改革の、より解り易くカトリックの教えを広めようというムーヴメントに乗って、宗教的音楽劇、宗教オペラの制作が促される。そうした延長線上に、やがてオラトリオも形成されて行く。
という、聖都、ローマならではの状況がある一方で、ローマに集まる高位聖職者は、みな有力貴族の出身... となると、実家の宮廷では、すでにオペラ制作に乗り出していたり... 当然、オペラに関心が無かったわけではなく、ちらほらと世俗的なオペラが上演されることも... そこに登場するのが、バルベリーニ家!教皇、ウルバヌス8世(在位 : 1623-44)を擁し、権勢を誇った一族は、自らの屋敷にオペラハウスを建設(3000人収容というから、驚かされる!)。大々的にオペラ公演に乗り出す。そして、1632年、そのバルベリーニ劇場の柿落としを飾ったのが、ランディ(1587-1639)のオペラ『聖アレッシオ』。5世紀に実在した聖アレクシスは、ローマの貴族でありながら、全てを投げ捨て、貧しい巡礼者の姿となって清貧に生きようとする。が、悪魔の悪巧みにより様々な困難が立ちはだかり、苦悩するも、最後は天使に魂を救われるという宗教オペラ。まさに、聖都、ローマならではの、教皇の一族のオペラハウスの柿落としに相応しい作品。となると、説教臭い?いやいやいや、これが見事にオペラとなっていて、最初のオペラから35年を経た歩みというものを噛み締める充実ぶりに聴き入ってしまう。
まず、序曲が、オペラの序曲の体を成していて、聴き入ってしまう!モンテヴェルディの『オルフェオ』のトッカータのような剥き出しの音楽(だからこそ、カッコいいのだけれど... )ではなく、序奏があって、その後に愛らしい音楽が続き、洗練を感じさせる展開。オペラの前進を強く印象付けられる。その序曲に続いての華やかな合唱(disc.1, track.2)が、また魅力的。そこには、聖都、ローマならではの、教会音楽における合唱の伝統が活きているのだけれど、序曲から合唱のスムーズな流れは、ずっと後のオペラを予感させるようで、驚かされる。そこに、ローマのアレゴリーが歌い出す(disc.1, track.3)のだけれど、その花々しさたるや!レチタール・カンタンド=語りながら歌うことから飛躍し、よりオペラらしく、「歌う」という感覚に溢れていて惹き込まれる。というのが、プロローグ... いや、もうプロローグからして魅力的なのだけれど、本編では、聖アレッシオとその家族の苦悩が、思いの外、しっかりと描かれていて、ロマン主義の時代に通じるような深みまで窺え、驚かされてしまう。
そうした中で、とても印象的なのが、聖アレッシオのアリエッタ(disc.1, track.8)。レチタール・カンタンドがより音楽的に進化した姿を見せ、レチタティーヴォとアリアの分離はもう間もなく、という全体の音楽の印象からは浮き立ち、コロラトゥーラに彩られ、美しいメロディーを丁寧に紡ぎ出すその音楽は、まさにアリアそのもの。明確に新しい時代を告げる音楽を聴かせてくれる。またそれが、このオペラ、唯一のアリアであって、それを歌う聖アレッシオの存在を際立たせ、思い掛けなく効果的!ただアリアを聴くのではない、まるで魔法のようにオペラ全体に作用して、絶妙。その一方で、聖アレッシオの魂が天に昇った後、天使がそのことを家族に伝える最終幕(disc.2, track.11-24)では、古い時代の音楽、聖都、ローマの保守性が戻って来て、オラトリオのようなトーンに包まれ、厳粛。だからこそ、感動も重みを増し、宗教オペラならではの味わいを生み出す。
という『聖アレッシオ』の特性を、ナチュラルに引き出すクリスティ+レザール・フロリサン。フランス・バロックのスペシャリストが、フランス・バロックの明朗さを巧みにイタリアの初期バロックに作用させて、思い掛けなくやさしく、温もりのある音楽を紡ぎ出し、魅了されずにいられない。で、イタリア出身のリュリを思わせるところがあったり、ローマに留学していたシャルパンティエがすぐ先に見えそうなところもあったりで、フランスのピリオド・アンサンブルならではの興味深さも... そして、粒揃いの歌手たちの麗しい歌声が表情豊かにドラマを繰り出し、見事!特に、タイトルロールを歌うプティボン(ソプラノ)の真っ直ぐな存在感は際だち、瑞々しく、ファンタジックですらあって、この聖人譚の物語をより魅力的なものにしている。また、要所要所で活躍するレザール・フロリサンの合唱も、透明感のあるハーモニーと、表情の多彩さは、聴きどころ。

LANDI Il Sant'Alessio
Les Arts Florissants WILLIAM CHRISTIE

ランディ : オペラ 『聖アレッシオ』

ローマ/信仰 : マリーズールト・ヴィエチョレク(ソプラノ)
エウファミアーノ : ニコラ・リヴァンク(バス)
アドラスト : クリストファー・ジョージー(テノール)
聖アレッシオ : パトリシア・プティボン(ソプラノ)
クルツィオ : マイリ・ローソン(ソプラノ)
マルツィオ : スティーヴ・ドゥガルダン(カウンターテナー)
悪魔 : クリーヴ・ベイリー(バス)
乳母 : カタリン・カーロイ(メッゾ・ソプラノ)
妻 : ソフィー・マラン・ドゥゴール(ソプラノ)
母 : セシル・エロワ(ソプラノ)
天使 : ステファニー・レヴィダ(ソプラノ)
使者 : アルマン・ガヴリイリデス(アルト)
合唱の一人 : ベルトラン・ポントゥー(バス)

ウィリアム・クリスティ/レザール・フロリサン

ERATO/0630-14340-2




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