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苦しみとエクスタシーの17世紀、ローマ、オラトリオの誕生。 [2012]

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クラシックという音楽ジャンルは、他の音楽ジャンルに比べると、ひとつのジャンルとは言い難いほど、実に、実にヴァラエティに富んでいる!のだけれど、ちょっと視点を変えてみて、西洋音楽史の全景から見つめると、また違ったイメージが浮かび上がる。西洋音楽の生みの母は教会であり、育ての父も教会であり、教会は家であり、学校であり、グレゴリオ聖歌が整備されてから千年、フランス革命(1789)により教会の地位が大きく揺らぐまで、教会音楽の歴史こそ、音楽史であり、教会は、西洋音楽史のメイン・ステージだった。というあたりを、少し、じっくり向き合ってみようかなと思いまして... というのは、一昨日から四旬節に入っておりまして... 別にキリスト教徒ではないけれど、華美な音楽は控えてみる?てか、教会を彩った音楽を聴くには最適な時節かなと... そして、西洋音楽史のメイン・ステージ、教会が、最も刺激的だった頃、対抗宗教改革の時代に注目!
17世紀、ローマ、ロッシのカンタータから、カリッシミのオラトリオへ... ルイス・アントニオ・ゴンサレス率いる、スペインの古楽アンサンブル、ロス・ムシコス・デ・ス・アルテーサによる興味深い1枚、"Il tormento e l'estasi"(Alpha/Alpha 183)を聴く。

1527年、聖都、ローマは、教皇の外交政策の失敗により、神聖ローマ皇帝の軍隊の侵攻を受け、ローマ劫掠と呼ばれる、恐るべき破壊、略奪、殺戮に見舞われた(ドイツからの軍勢には、新教、プロテスタントが多く含まれていた... )。これにより、ラファエロ(1483-1520)や、ミケランジェロ(1475-1564)が彩ったルネサンスの都は、一瞬にして輝きを失い、長く打ちひしがれることに... いや、この惨状があって、人々は再び信仰へと向かったか?1517年、ルターが始めた宗教改革は、間もなく、改革派=新教、保守派=旧教が激しく対立する事態を引き起こし、ヨーロッパ中を宗教戦争の泥沼へと引き摺り込む。その最中、旧教、カトリック陣営は、トリエント公会議(1545-1563)を開催し、自己改革に乗り出すのだけれど、これが、対抗宗教改革の始まり... で、それまでの権威に胡坐を掻いて来た姿勢を改め、如何にして人々の間に信仰を息衝かせようかと試行錯誤が始まる。その旗手とも言える存在が、1534年に創設される修道会、イエズス会!日本では、聖フランシスコ・ザビエル(1506-52)でお馴染みだけれど、日本にまで来て布教するほどの熱量が、ヨーロッパでも力を発揮し、その清貧を貫いた真摯さで以って、人々をカトリックにつなぎとめる。それから、16世紀後半、聖都、ローマで生まれる、オラトリオ会... 司祭、聖フィリッポ・ネリ(1515-95)は、古代ローマの言語、ラテン語で綴られる聖書を、一般信徒にわかる言葉で伝えようと、イタリア語で聖書の読み聴かせを行う集い催す。そこでは、聖書の朗読とともに、みんなでラウダ(中世の頃から歌われていたイタリア版の讃美歌... )を歌い、ミサとは違った親密さで、ローマっ子たちの心を捉えて行った。このイエズス会の熱さと、オラトリオ会の解り易さが、対抗宗教改革の性格を象徴していたように思う。そして、17世紀、バロックという要素が加わると、熱さと解り易さは躍動を始める!
フィレンツェの富豪、バルベリーニ家出身の教皇、ウルバヌス8世(在位 : 1623-44)の登場によって、ローマの空気は一変する。教皇は芸術家たちを手厚く支援すると同時に、その力を存分に利用。バロックを代表する彫刻家、ベルニーニ(1598-1680)を重用して、ローマ劫掠以後、停滞していたローマの街の再開発に乗り出す。つまりローマは、街ごとバロックが息衝き始める。そんなバロック都市で誕生するのが、オラトリオ。そして、オラトリオの誕生に迫るのが、ここで聴く、"Il tormento e l’estasi"。で、その前半は、最初のオラトリオが誕生する数年前、1640年代に作曲された、ロッシ(1598-1653)のカンタータ『悔いし罪びと』(track.1-6)。いや、ナチュラル・ボーン・モノディー世代の、感情を歌へと発展させる巧みさに、まず唸ってしまう。モノディーを発明した世代の、ダイレクト過ぎる表現が、より音楽的に洗練され、しっとりと、それでいて確実に聴き手の心に迫る音楽が紡ぎ出されて... バルベリーニ家に仕え、バルベリーニ劇場のためにオペラ『魔法に掛けられた宮殿』(1642)も作曲しているロッシ。そうした経験が活きているのであろう、オペラ的な感覚を巧みに落とし込み、悔いし罪びとたちの感情の機微にしっかりと焦点を合わせながら、色彩に富む器楽伴奏によって絶妙な背景も描き出す。オラトリオのような大きなストーリー展開こそ無いものの、悔いし罪びとたちが彷徨う、遣る瀬無い世界観に聴き手を惹き込んで... その遣る瀬無さをまた美しく昇華するというただならなさ、恐るべし、ローマのバロック!
さて、後半は、とうとうオラトリオが誕生します!1648年に初演された、カリッシミのオラトリオ『イェフタ』(track.9-13)。旧約聖書、士師記に綴られる、イスラエルの指導者、エフタの悲痛な運命... アンモン人との戦いを前に、凱旋した暁には、最初に出迎えた人物を生贄として神に捧げると誓うも、出迎えたのはエフタの娘だったという悲劇を描くオラトリオ。意気揚々と家に帰って来るシーンから始まるからか、どこか牧歌的で、ロッシのカンタータからすると、アルカイック?というのも、このオラトリオ、ラテン語で歌われる=ラテン語を解するローマのエリート(聖職者や貴族たちが集う至聖十字架オラトリオ会... )のために書かれている。いや、オラトリオ会の趣旨から外れてるよね?というのが、最初のオラトリオだったから、まどろっこしい... は、さて置き、その音楽、とても上品な仕上がりで、17世紀初頭の宮廷オペラを思わせる。だから、エフタ親娘の悲痛さが、聴き手の心を掻き乱すようなことは無い(対抗宗教改革の作法に則って、解り易くエモーショナルな音楽を展開してこない... )。一方で、ひたすらに美しい!まるで、悲しみが、氷の彫刻で表現されるような、得も言えぬ透明感を以って輝きを放ち、今にも融け消えてしまいそうな儚さをも見せる。いや、本来なら慟哭すべきところを、儚さで捉えてしまう大胆さ... 最後は、運命を受け入れ、この上なく美しいコーラス(これがまた、ルネサンスに回帰するよう... )で悲しみを昇華し、それは甘美ですらあって、もはや耽美なのかも... そう、これもまた、ローマのバロックだった...
このアルバムのタイトル、"Il tormento e l’estasi"、直訳すると、苦しみとエクスタシーとなる。現代からすると、何だかびっくりしてしまうタイトルなのだけれど、これがローマのバロックに通底する重要なテーマ... そんな苦しみとエクスタシーを現代に蘇らせるゴンサレス+ロス・ムシコス・デ・ス・アルテーサ。オラトリオの誕生に迫りつつ、その背景にあった、ローマのバロックの、ある種の耽美を探り出す歌と演奏は、透明感がありながら、ジワジワとエモーショナル。それが、これ見よがしではなく、美しさにこそエモーショナルを籠めるようで、独特... 丁寧な歌いが印象的な歌手陣に、響きの美しさが印象的な器楽陣、一貫して繊細さを失わず、人間の様々な感情を磨き上げるような感覚を生み出し、磨き上げて浄化し、昇天させ、最後は壮麗さすら見せる。けして、派手なサウンドではないし、歌も演奏も規模は大きくないのだけれど、不思議な広がりを見せて、惹き込まれる。また、ルネサンス的ポリフォニーが未だ息衝く、マッツォッキ(1592-1665)の3声によるアリア「罪びとは神に向き直る」(track.7)と、バロックの発明のひとつ"通奏低音"に支えられたマリーニ(1594-1663)の器楽曲、パッサカリア(track.8)が、間奏曲のように挿まれていて、絶妙なアクセントに... バロックなロッシのカンタータ、アルカイックなカリシッミのオラトリオのみならず、新旧が入り混じる17世紀半ばのローマの音楽風景も垣間見せて、実に興味深い。それにしても、ローマのバロック、ただならない。

ROSSI - MAZZOCCHI - CARISSIMI Il Tormento e l'estasi
Los Musicos de su Alteza ・ Luis Antonio Gonzalez


ロッシ : カンタータ 『悔いし罪びと』 〔5声〕
マッツォッキ : アリア 「罪びとは神に向き直る」 〔3声〕
マリーニ : パッサカリア
カリッシミ : オラトリオ 『イェフタ』 〔6声〕

ルイス・アントニオ・ゴンサレス/ロス・ムシコス・デ・ス・アルテーサ

Alpha/Alpha 183




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