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クララの愛と生涯、そして、作曲... [before 2005]

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3月です。ふと気付くと、そこはかとなしに春めいている。何だかほっとします。さて、明日、3月3日は雛祭り... ということで、女性作曲家に注目!って、あんまりにも安易なのだけれど、いや、改めてクラシックにおける女性作曲家という存在を見つめれば、これくらいベタな時に、意識的に取り上げないといけないような気がして... というのも、当blogがこれまで取り上げた女性作曲家、何人いただろう?と、振り返ってみたら、衝撃を受けた... カッシアヒルデガルト・フォン・ビンゲンジャケ・ド・ラ・ゲールエイミー・ビーチリリ・ブーランジェ... 現代音楽を含めれば、また状況は変わってくるものの、クラシックとしては、圧倒的に男の世界なのだなと、改めて思い知らされる。で、今回、取り上げようと思うのが、今年、生誕200年を迎える、クララ・シューマン。シューマンの妻として、ピアニストとして知られるクララだけれど、作曲家としても、実は、確かな腕を持っていた!
そんな、クララの音楽... シューマンを得意とするベルギーのピアニスト、ヨーゼフ・デ・ベーンホーヴァーの演奏で、クララ・シューマンのピアノ作品全集、3枚組(cpo/999 758-2)を聴く。いや、「シューマンの妻」というイメージ、吹き飛ぶ充実っぷりに、びっくり...

クララ・ヨゼフィーネ・ヴィーク・シューマン(1819-96)。
高名なピアノ教師、フリードリヒ・ヴィーク(1785-1873)を父に、その教え子から妻となったピアニストで声楽家のマリアンネ・トロムリッツ(1797-1872)を母に、ライプツィヒで生まれたクララ... だったが、クララが4歳の時に、両親は別居(1825年に離婚している... )。こどもたちは、母の実家(クララの曽祖父、ヨハン・ゲオルク・トロムリッツはフルートのヴィルトゥオーゾで、祖父、ゲオルク・クリスティアン・ゴットホルト・トロムリッツは、プラウエンのカントルだった... )のある、プラウエンで育てられる。が、クララは、5歳の時に父の下に戻され、ピアニストになるための英才教育が始まる。そこから、メキメキと才能を伸ばし、1828年、9歳にして、ケヴァントハウス管のコンサートで、モーツァルトのコンチェルトを弾き、デビュー(この年、後にクララの夫となるシューマンが、父の下に弟子入りしている... )!1830年、11歳の時には、ゲヴァントハウスでリサイタルを開き、一躍、天才少女として注目を浴びる(この年、シューマンがヴィーク家に下宿を始める... )。さらに、翌シーズンには、父に連れられヨーロッパ・ツアーを敢行。国際的な若きヴィルトゥオーザとして名声を確立すると、以後、ヨーロッパ各地で活躍する。が、間もなく、シューマンとの間に恋が芽生え、1836年、16歳の時、未来の夫、シューマンが、父に結婚の許しを求めたことで、大騒動は始まる。父は2人の結婚に猛反対、様々な形で2人の関係を妨害。クララとシューマンは、父を相手に裁判を起こすまでに... 結婚を望む若いカップルと、それを許さぬ父の図、珍しくない情景のように思うのだけれど、彼らの場合、裁判沙汰になるほど思惑が絡み合って、そう単純では無かった。
そもそも、クララの母は、なぜ、父の下を去ったのか?フリードリヒ・ヴィークは、マリアンネ・トロムリッツをピアニストとして育て上げた(ゲヴァントハウス管のソリストを務めるほど!)ことで、ピアノ教師としての名声を確立している。つまり、妻は、自らの活動を世に知らしめるデモンストレーター。が、夫の道具であることに嫌気が差した母は、こどもたちを連れて家を出たのが事の顛末... そして、クララは、その母の代わりであり、母を遥かに越えるデモンストレーターに成長したわけだ。そんな存在を、フリードリヒ・ヴィークは、容易に手放すわけがない。一方、シューマンにとってのクララは、愛する人であると同時に、手を故障しピアノを思うように弾けなくなった自らに代わって自作を演奏するミディアム(依代)のような存在にも思っていた節がある。つまり、クララという国際級のピアニストを手元に置く者が音楽界での名声を得る!そういう男たちの野望が透けて見えて来る裁判闘争だったのかもしれない。さて、判決は、クララとシューマンの結婚を認め、1840年、2人はめでたく結婚する。翌年には、最初の子、マーリエが誕生。クララは、妻として、母としての幸せを手に入れる。が、音楽家としての活動は、制限されて行った... シューマンは、クララと結婚した年に、歌曲集『女の愛と生涯』を作曲するのだけれど、そこには夫に従順な妻の一生が歌い紡がれていて... 今からすれば、国際的に活躍するピアニストに対し、随分と露骨なプレッシャーに思えて来る。クララの才能を必要としながら、家に縛り付けておきたいという矛盾したシューマンの感情... 2人の結婚はロマンティックに語られる一方で、女性の側からすると、何とも息詰まるものがある。
そんなクララの作品を聴くのだけれど、1枚目、のっけから、驚かされる!結婚の翌年に着手し、1842年に完成されたピアノ・ソナタ(disc.1, track.1-4)、その堂々たる音楽を聴けば、「シューマンの妻」なんていう肩書は吹き飛んでしまう... ベートーヴェンのピアノ・ソナタを思わせるドラマティックさに彩られながら、ロマン主義らしい仄暗くもキャッチーなテーマで始められる1楽章。シューマンのような派手さは無いものの、実に中身の詰まった音楽を展開していて、何だか、シューマンよりよっぽどまとも。一転、2楽章、アダージョ(disc.1, track.2)の夢見るようなあたりは、逆にシューマンっぽい... いや、なんて美しい音楽!そこからの3楽章、スケルツォ(disc.1, track.3)では、モーツァルトへと帰るような古風さを見せて、終楽章、ロンド(disc.1, track.4)では、メロディアスかつ、シューマンへと近付く重厚感も響かせ、ロマン主義の新時代を切り拓くような感覚もある。古典主義をきちんと継承する、メンデルスゾーンが主導したライプツィヒ流の在り方と、よりロマン主義を深化させたシューマンの在り方を丁寧に結ぶ巧みさ... 作曲家、クララのバランス感覚と力量は、大したもの。しかし、クララの本当の凄さは、その早熟さ!何と、最初の作品は、11歳の時、1830年に作曲された、4つのポロネーズ(disc.3, track.2-5)!それがまた、あまりにナチュラルに自信を以ってポロネーズのリズムが繰り出されていて、面喰う。もちろん、あどけなさもあるのだけれど、作曲家としての揺ぎ無い姿勢が表れていて、本当に最初の作品?11歳?と、ただただ驚かされてしまう。なればこそ、フリードリヒ・ヴィークは娘を手放そうとしなかったわけだ。
という、クララのピアノ作品全集を聴いて強く感じられるのは、父に強制されたでもない、夫に追従したでもない、クララ自身のプロフェッショナルの音楽家としての自負。例えば、1836年、17歳の時の作品、『音楽の夜会』(disc.1, track.11-16)。タイトルの通り、当時のサロンを彩りそうなナンバーが6曲並ぶのだけれど、それらはどれも華やかで、ヴィルトゥオージティにも溢れ、聴く者をしっかりと魅了して来る。自らの音楽世界に酔い痴れるシューマンとは一線を画す姿勢が、とても印象的。てか、男前な音楽にすら思えて来る。そんな音楽に触れてしまうと、クララが夫で、シューマンが妻だったら、この夫婦はもっとスムーズに人生を送れたようにも思えて来る。が、そうではなかった。シューマンは、結婚を前に、作曲は夫の仕事、演奏は妻の仕事という役割をクララに求めている。クララも、次第にそれを受け入れ、作曲家、クララの創作は、1856年の夫の死まで、しばらく中断される。今でこそ、「シューマンの妻」、クララだが、結婚からしばらくの間は、シューマンこそ、国際的なピアニスト、「クララの夫」であった事実... なればこそ、作曲家、クララの才能を封じずにはいられなかったのかもしれない。才能があるとは、時として残酷なことだなと思う。そして、夫の死後、クララは、自らの作品よりも、夫の作品の普及に努め、まさに、作曲家、シューマンのミディアムとしてピアノを弾き、「シューマンの妻」として、大きな役割を果たした。クララにとって、結婚は幸せだったのだろうか?何とも複雑な心境にさせられる。
さて、話しをベーンホーヴァーによるクララのピアノ作品全集に戻しまして... シューマンを得意とするとはいえ、その妻の音楽を3枚組、全集として取り上げようというベーンホーヴァーの心意気に感服。何より、シューマンに引けを取らないほどの熱量を以って、しっかりとクララの音楽と向き合うその姿勢!夫によって隠されたクララの作曲家の一面を、卒なく掘り起こし、思いの外、キリっと引き締まった音楽世界が繰り広げる。いや、ベーンホーヴァーの清潔なタッチが、とても印象的。一音一音がクリアで、凛としていて、そういうサウンドで織り成される音楽は、とにかく心地良く、良くも悪くも漂う19世紀の豊潤さで惑わすことなく、作曲家、クララそのものに迫る。そうあることが、心地良く、何か、夫の影を除霊するかのようでもあり、おもしろい。ただ、惜しむらくは、3枚目の録音があまり芳しくないところ... 意欲的な、全集だっただけに、ちょっと残念。それでも、クララのすばらしさを再発見し、ベーンホーヴァーの演奏にも惹き込まれ、魅了されずにいられない3枚組... 長いようで、あっと言う間に聴き切ってしまった。しかし、シューマンとはまた違う魅力を放つクララの音楽... 生誕200年、作曲家、クララ・ヴィーク・シューマンにより注目が集まればと強く思う。

Clara Schumann ・ Complete Piano Works
Jozef De Beenhouwer


クララ・ヴィーク・シューマン : ピアノ・ソナタ ト短調
クララ・ヴィーク・シューマン : ロマンス ロ短調
クララ・ヴィーク・シューマン : 即興曲 ホ長調
クララ・ヴィーク・シューマン : ロマンス イ短調
クララ・ヴィーク・シューマン : スケルツォ 第1番 ニ短調 Op.10
クララ・ヴィーク・シューマン : スケルツォ 第2番 ハ短調 Op.14
クララ・ヴィーク・シューマン : 前奏曲 ヘ短調
クララ・ヴィーク・シューマン : 音楽の夜会 Op.6
クララ・ヴィーク・シューマン : エチュード 変イ長調
クララ・ヴィーク・シューマン : 行進曲 変ホ長調

クララ・ヴィーク・シューマン : 3つの前奏曲とフーガ Op.16
クララ・ヴィーク・シューマン : ロベルト・シューマンの主題による変奏曲 Op.20
クララ・ヴィーク・シューマン : 3つのロマンス Op.11
クララ・ヴィーク・シューマン : ロマンス変奏曲 ハ長調 Op.3
クララ・ヴィーク・シューマン : ワルツ形式のカプリース Op.2
クララ・ヴィーク・シューマン : 即興曲 ト長調 「ウィーンの思い出」 Op.9
クララ・ヴィーク・シューマン : ロマンティックなワルツ Op.4

クララ・ヴィーク・シューマン : ベッリーニの「海賊の歌」にもとづくピアノのためのの演奏会用変奏曲 Op.8
クララ・ヴィーク・シューマン : 4つのポロネーズ Op.1
クララ・ヴィーク・シューマン : 4つの性格的小品 Op.5
クララ・ヴィーク・シューマン : 4つの束の間の小品 Op.15
クララ・ヴィーク・シューマン : 前奏曲とフーガ 嬰ヘ短調
クララ・ヴィーク・シューマン : バッハの主題による3つのフーガ
クララ・ヴィーク・シューマン : 3つのロマンス Op.21

ヨーゼフ・デ・ベーンホーヴァー(ピアノ)

cpo/999 758-2




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