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生誕150年、プフィッツナーによるマニフェスト、『パレストリーナ』。 [2012]

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ロマン主義も、かつては、前衛だった... 1850年代、ヴァイマルの楽長を務めていたリストは、ロマン主義をより深化させようと奮闘するも、保守勢力の抵抗に遭い、道半ばでヴァイマルを離れてしまう。1860年、パリ、ワーグナーは、楽劇『トリスタンとイゾルデ』を上演するためのプロモーションを行い、第1幕への前奏曲を演奏するも、かのベルリオーズでさえ、その斬新さに理解を示すことは無かった... 今でこそ、クラシックの中心で、ドンと構えているロマン主義だけれど、その音楽が生まれた当時は、切っ先鋭く、音楽シーンと対峙していた事実。ロマン主義が生々しかった頃の視点を持つと、ロマン主義の名曲も、また違った新鮮さで以って聴くことができるように感じる。が、そんなロマン主義も、20世紀が迫って来れば、当然、「前衛」というポジションを譲る時がやって来る。そして、どうなったか?切っ先の鋭さを失いながらも、円熟し、場合によっては発酵し、新たな時代と葛藤しつつも、独特な深化を遂げ、20世紀に入ってからも命脈を保った。そんな時代を生きた作曲家、最後のロマン主義者とも言われる存在に注目してみたいと思う。今年、生誕150年を迎える、プフィッツナー...
ということで、前衛と対峙することになったロマン主義の立場を赤裸々に描く、プフィッツナーの代表作。キリル・ペトレンコの指揮、フランクフルト歌劇場、ペーター・ブロンダー(テノール)のタイトルロールで、オペラ『パレストリーナ』(OEHMS/OC 930)を聴く。

ハンス・プフィッツナー(1869-1949)。
パリでベルリオーズが世を去り、ミュンヒェンでワーグナーが『ラインの黄金』を初演した年、1869年、ヴァイオリン奏者の父の下に生まれたプフィッツナー... 父は、モスクワの劇場でヴァイオリニストをしており、プフィッツナーはモスクワで誕生するが、一家は、間もなく、父の故郷、フランクフルトへと移り、プフィッツナーは、この由緒正しいドイツの都市(かつて神聖ローマ皇帝の戴冠式が行われ、帝国議会が開かれていた都市... )で育った。1886年、17歳でフランクフルト・ホッホ音楽院に入学。クノル(後に、ブロッホ、トッホらも教える... )に作曲を、クヴァスト(後に、グレインジャー、ブラウンフェルス、クレンペラーらも教える... )にピアノを学び、在学時から作品を発表するなど作曲活動をスタート。1894年には、マインツの劇場で指揮者見習いとなり、翌、1895年、24歳の時、最初のオペラ、『哀れなハインリヒ』を初演するチャンスを得る。1897年、ベルリンのシュテルン音楽院の教授に就任し、ベルリンを拠点とすると、2作目のオペラ、『愛の園のバラ』を作曲(1900)。1901年にエルバーフェルト(現在のブッパータール)で初演し、楽譜が出版されると、1905年、36歳の時、ウィーンの宮廷歌劇場(現在のウィーン国立歌劇場)で取り上げられることとなり、作曲家として最初の大きな成功を得る。そして、1908年、39歳の時、仏独の係争地、アルザス地方の中心都市、シュトラスブルク(現在は、フランス領、ストラスブール。プフィッツナーが生まれて間もなく、普仏戦争により、ドイツ領となっていた... )に移り、市のオーケストラ(現在のストラスブール・フィル)と音楽院の指揮者のポストを得ると、1910年には、オペラハウス(現在のラン国立歌劇場)の音楽監督にも就任。この頃、取り組み始めたオペラが、代表作、音楽伝説『パレストリーナ』。
タイトルの通り、ルネサンス末、ローマで活躍した作曲家、パレストリーナ(ca.1525-94)を取り上げるその物語は、ルターによる宗教改革(1517)の煽りを受けて、原理主義に揺さぶられる教会音楽の難しい状況を、偉大な先人たち、天使たちに導かれながら、伝統にこそ未来を見出した作曲家の姿を丁寧に描き出す。いや、『パレストリーナ』の台本は、プフィッツナーが自ら書き上げているのだけれど、そういう点で、このオペラは、20世紀を迎えての、作曲家、プフィッツナーの、マニフェストだったのだろう。しかし、伝統こそ未来という、何とも苦し紛れな表明でして... モダニズムがじわりじわりと音楽シーンを侵食して行く姿に、最後のロマン主義者は、ただならぬ思いを抱えていたのだろう。1幕、冒頭、パレストリーナの弟子、シッラは、ルネサンス・ポリフォニーの巨匠に師事しながら、フィレンツェで起こり始めているバロックへの革新にすっかり魅了され、ヴィオラ・ダ・ガンバを伴奏に、モノディーの歌曲を歌っている。まさに、20世紀の新世代の作曲家たちの姿がそこに投影されているわけで... つまり、自らをパレストリーナに重ねるわけだ。そこには、自虐も含むのだろうが、厚かましさもある。このあたり、同世代、リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)が、自らを"英雄"とし、33歳にして"生涯"を綴ってしまった交響詩「英雄の生涯」(1898)を思い起こす。それが、最後のロマン主義的姿勢なのだろう。それにしても、プフィッツナーが書き出したストーリー、モダニズムに対する大したルサンチマンでして、ちょっと中てられてしまうのだけれど、この作品が完成されたのが、第一次大戦勃発の翌年、1915年であり、初演は、ドイツ敗戦の前年、1917年... まさに過去が崩れゆく中で生み出されていたことを思うと、ルサンチマンも切なく見えてしまう。
さて、音楽そのものに焦点を絞ると、また違った印象が浮かび上がる。てか、単なる最後のロマン主義者ではないプフィッツナー!まず、第1幕への前奏曲から、惹き込まれる... 下手にロマンティックに煮詰まることなく、ブリテンを思わせるような瑞々しさに彩られ、おおっ?!となる。そこから、ズボン役が歌うパレストリーナの弟子、シッラと、パレストリーナの息子、イギーノによる、若々しく明朗なやり取りが続き、何とも言えず芳しい!ところからの、パレストリーナとボローメオ枢機卿が登場(disc.1, track.5)... 空気がグンと重くなる巧みな変調!モダニズムの無邪気さと、ロマン主義の先行きの重苦しさを見事に捉える変調に、膝を打つ。何より、全ての場面で、歌うことによって確かなドラマが紡ぎ出され、プフィッツナーの丁寧な仕事ぶりに脱帽。そのあたり、際立つのが、2幕、人々の思惑がぶつかり合うトリエント公会議(disc.2, track.7-15/disc.3, track.1-6)。やんごとない面々が集い、慇懃無礼に始まったはずが、ミサの在り方を巡って会議は紛糾。一時、休会となると、やんごとない面々の従者たちの鍔迫り合いは騒動に... という、多くの登場人物が複雑に織り成す幕を、表情豊かに、テンポ良く展開して行く妙。リヒャルト・シュトラウスばかりが、20世紀のドイツ・オペラでないことを強く印象付ける。それでいて、リヒャルト・シュトラウスより響きが的確というか、きちんとバランスが取れていて、オーケストラが歌声を絶妙に押し上げる。このあたりに、作曲家、プフィッツナーの確かな技量がしっかり表れている。
というオペラを、しっかりとまとめ上げて行くキリル・ペトレンコ... 今年、ベルリン・フィルの芸術監督に就任することで注目を集めるマエストロだけれど、大抜擢過ぎて、未だ、どんな人なのか、掴み切れていないところがあったり... キリルが棒を振った録音、意外に少ないのかも... それだけに、この『パレストリーナ』のライヴ盤は、キリルを知る貴重なタイトル。で、聴けば聴くほどに、納得。フランクフルト歌劇場のオーケストラを、見通し良く響かせながら、最後のロマン主義者ならではの重みやらルサンチマンを、じわっと盛って来る。やたら登場人物が多く、たっぷり3枚組という長大さで、オペラらしい魅惑的なストーリーに彩られるわけでもないのに、どこか飄々と魅力あるものに仕上げてしまうキリル。それでいて、このオペラの存在理由を、事も無げに聴き手に提示し、呑み込ませてしまう説得力の凄さ!プフィッツナーの、『パレストリーナ』という、普段、そう触れることの無い、言ってしまえば、マニアックなオペラだからこそ、味わえる、キリル体験。プフィッツナーの『パレストリーナ』がおもしろい!これは名作かもしれない!と、素直に言えることに、この指揮者の底知れない可能性に感じ入った。そんなキリルを支えるフランクフルト歌劇場、歌手たちもまたすばらしい仕事をしており、緩むところ無く、鮮やかにドラマを運んで、惹き込まれる。いや、何て理想的な全曲盤だろう。

Hans Pfitzner Palestrina

プフィッツナー : 音楽伝説 『パレストリーナ』

パレストリーナ : ピーター・ブロンダー(テノール)
イギーノ : ブリッタ・シュタルマイスター(ソプラノ)
シッラ : クラウディア・マーンケ(メッゾ・ソプラノ)
カルロ・ボローメオ枢機卿 : ウォルフガング・コッホ(バリトン)
ジョヴァンニ・モローネ教皇特使枢機卿 : ヨハネス・マルタン・クレンツレ(バリトン)
ベルナルド・ノヴァジェーリオ教皇特使枢機卿 : フランク・ファン・アーケン(テノール)
クリストフ・マドルシュ枢機卿/ローマ教皇、ピウス4世/過去の大作曲家 : アルフレッド・ライター(バス)
ロレーヌ枢機卿/過去の大作曲家 : マグヌス・バルトヴィンソン(バス)
アッシリア総大司教、アブディーズ/過去の大作曲家 : ペーター・マーシュ(テノール)
プラハ大司教、アントン・ブルス・フォン・ミュグリツ/過去の大作曲家 : フランツ・マイヤー(テノール)
スペイン王特使、ルーナ伯/過去の大作曲家 : ミヒャエル・ナジ(バス)
ブドーヤ司教/過去の大作曲家 : リチャード・コックス(テノール)
イモラ司教、テオフィルス/過去の大作曲家 : ハンス・ユルゲン・ラザール(テノール)
カディス司教、アヴォスメディアーノ/過去の大作曲家 : ディートリヒ・フォッレ(バリトン)
トリエント公会議式部官、エルコーレ・セヴェリウス司教/過去の大作曲家 : キム・スンコン(バリトン)
パレストリーナの亡き妻の幻影 : カタリーナ・マギエラ(アルト)
フランクフルト歌劇場合唱団

キリル・ペトレンコ/フランクフルト歌劇場管弦楽団

OEHMS/OC 930




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