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生誕200年、オッフェンバック、見果てぬ夢、ホフマンの物語... [before 2005]

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えーっ、生誕200年のオッフェンバックに注目しております。で、この人の歩みを追っておりますと、時代の空気がガラりと変わる瞬間に出くわします。というのが、フランスがあっさりと敗北する普仏戦争(1870-71)、それによって引き起こされる不毛なパリ・コミューンの内乱(1871)。戦争前のダメ皇帝を頂点とした見てくればかりの金ピカな時代は薄っぺらだったけれど、人々は状況を笑い飛ばし、粋で、何かピリっとしたものを持っていた!オッフェンバックのオペラ・ブッフは、まさにそうした時代の象徴だったと思う。が、戦争と内乱を目の当たりにした人々は、妙に真面目になり、やたら保守的になり、勢い国粋的にもなり、何だかつまらなくなってしまう。そうした中で、どう新たなオペラを紡ぎ出せばいいのか苦悩するオッフェンバック... オペラ・コミックを書いてみたり、ゲテ座の経営に乗り出したり、アメリカ・ツアーに出掛けたりと、悪戦苦闘の1870年代。1860年代の輝きを取り戻すには至らない中、最後に行き着いたのが、オッフェンバックの代表作にして遺作、『ホフマン物語』。
ということで、人生の酸いも甘いも知っての集大成... ケント・ナガノが率いたリヨン国立歌劇場、ナタリー・デセイ(ソプラノ)、スミ・ジョー(ソプラノ)、ジョゼ・ヴァン・ダム(バリトン)ら、実力派が居並んでの、タイトルロールにロベルト・アラーニャ(テノール)という豪華盤、オッフェンバックのオペラ・ファンタスティーク『ホフマン物語』(ERATO/0630-14330-2)を聴く。

『ホフマン物語』は、オッフェンバックの代表作だけれど、この作品でオッフェンバックのイメージを捉えてしまうと、本来のオッフェンバックらしさからは随分と遠ざかってしまう。というのも、オッフェンバックがパリっ子たちを沸かせたオペラ・ブッフとは真逆のグランド・オペラ的な指向を持って書かれたのが『ホフマン物語』だから... バレエ・シーンこそないものの、グランド・オペラに倣う5幕立てで、オペラ・ブッフのような社会風刺は一切無し、詩人の波乱の人生を綴りながら、最後は、ミューズに導かれ、芸術が賛美されるという壮大な物語。ドイツ・ロマン主義を代表する詩人のひとり、E.T.A.ホフマン(1776-1822)の小説に基づき(バルビエとカレにより戯曲が書かれ、1851年にパリで上演されたものを、1876年、バルビエがオペラ用に台本化していた... )、グノーの『ファウスト』(1859)に通じるホフマンの遍歴、ワーグナーの『タンホイザー』(1845)を思わせるミューズによる救済があって、グランド・オペラに匹敵するスケールを見せる。いや、最後の最後でグランド・オペラ的なものを模索したオッフェンバックの心境に、感慨を覚えずにいられない。若い頃は、風刺の対象ですらあった大時代的なグランド・オペラだったはずなのに、やっぱり、19世紀のオペラ作家にとって、グランド・オペラは夢だったか...
とはいえ、グランド・オペラのスタイルを律儀に踏襲しているわけではないオッフェンバック。『ホフマン物語』の原題、"Les Contes d'Hoffmann"を直訳するならば、ホフマンの小噺集であって、ホフマンの遍歴を構成する各幕は、それぞれで完結するストーリーを持っているのが特徴的。それは、一幕モノのオペラを思わせて、オッフェンバックがブレイクを果たしたオペレッタを思い出させる。また、2幕(disc.1, track.20-43)を彩る機械仕掛けの人形、オランピアのコミカルな表情... ネジをくれてやらないと止まってしまう、有名なオランピアのエール「生垣には、小鳥」(disc.1, track.35)には、オッフェンバックがオペラ・ブッフで培ったセンスが間違いなく活きている。つまり、オペラ作家、オッフェンバックの歩んで来た道、全て盛り込まれてのグランドなオペラが『ホフマン物語』なのだろう。ホフマンとオッフェンバックの姿は、どこか重なるのかもしれない。1840年代、チェロのヴィルトゥオーゾとして活躍し、1850年代、オペレッタでブレイク、1860年代、オペラ・ブッフで寵児となり、1870年代、時代の変化に苦悩しながら辿り着いた集大成としての『ホフマン物語』。しかし、未完に終わる。
オッフェンバックの手元に『ホフマン物語』の台本が渡るのは1876年。そうして作曲が始まるものの、オッフェンバックは生活のための仕事に追われ、筆は思うように進まず... また、ゲテ座で上演する予定が、オペラ・コミック座に変更となり、オペラ・コミック座の歌手に合わせて書き換えたりと、回り道しながら、1879年、オッフェンバック邸での試演に漕ぎ着ける。そこで、大変な好評を得ると、翌、1880年までには、ほぼ完成し、リハーサルが始まったものの、オッフェンバックの健康状態が悪化、わずかに未完の部分を残し、この世を去る。その後、ギロー(コンセルヴァトワールの教授で、ビゼーの『アルルの女』の第2組曲、『カルメン』の2つの組曲を編んだことで知られる... )が作曲を受け継ぐものの、歌手の降板があり、大きな変更(4幕がカットされてしまう!)が加えられ、1881年、初演。さらに、オペラ・コミック座が火事(1887)になって、オリジナルが消失してしまうと、再演の度に、その時に合わせ改編は続き、様々な版が生まれ... そうした中、オッフェンバック自身によるスケッチなどを検証し、より作曲者が目指した形に迫ろうとしたのが、ここで聴くマイケル・ケイによる校訂版...
ケント・ナガノならではの精緻さがあって、ピリオド・アプローチを思わせるような、素の表情が露わとなるケイ版『ホフマン物語』。オッフェンバックのオリジナルを復元しようという試みは、詰まる所、練り切れていない初演前の段階へと帰ること... そのあたりを素直に響かせてしまうと?良い意味でまとまり切れておらず、かえって各幕が個性を放ち、そのそれぞれで惹き込まれる。グノー風の1幕(disc.1, track.1-19)、オッフェバックらしさを最も感じさせる2幕(disc.1, track.20-43)、意外にもヴェルディ調の3幕(disc.2)、伝統に則ったオペラ・コミックである4幕(disc.3, track.1-25)、そして、最後、再びグノー風に戻っての5幕(disc.3, track.26-34)... 何だか、オッフェンバックが生きた時代を巡るような感覚が『ホフマン物語』にはあるのか?今、改めてこのオペラに触れてみると、単に魅力的なだけでない、独特のパノラマ感を見出せる気がする。ホフマンの舟歌(disc.3, track.2)をはじめ、オッフェンバックらしくキャッチーで、フランスらしくメローなナンバーに溢れている『ホフマン物語』だけれど、どこか、19世紀そのものを集大成するような懐の大きさを感じてしまう。
いや、ケント・ナガノならではの、ニュートラルな視点が、そうしたものを明確にするのだろう。酸いも甘いも知ったオッフェンバックが見て来た19世紀を、ありのままに鳴らして、フランス・オペラ特有の芳しさで包むのではない、等身大の音楽でつないで、時代のパノラマとして展開するグランドな在り方... 全5幕を聴き終えての、込み上げて来る感動がたまらない。一方で、ホフマンを歌うアラーニャ(テノール)を筆頭に、全ての歌手たちが輝き... 悪人四変化のヴァン・ダム(バス・バリトン)など、キャラを立たせながらも、個性を強く押し出すわけでなく、あくまでナチュラルに、それでいて、しっかりと歌を聴かせる妙!なればこそドラマが引き立ち、全てのシーンに動きが感じられるから凄い... そして、『ホフマン物語』の花たち!2幕、オランピアを歌うデセイ(ソプラノ)、4幕、ジュリエッタを歌うジョー(ソプラノ)の冴え渡るコロラトゥーラは圧巻!こういう華麗さでも、しっかり楽しませてくれる。しかし、何て素敵なオペラだろう!いや、何て切ない物語だろう... 切なくて、人生の真実を捉えている気がする、ホフマンの物語。『ファウスト』よりも、『タンホイザー』よりも、

OFFENBACH
LES CONTES D'HOFFMANN
KENT NAGANO

オッフェンバック : オペラ・ファンタスティーク 『ホフマン物語』 〔マイケル・ケイ校訂版〕

ホフマン : ロベルト・アラーニャ(テノール)
リンドルフ/コッペリウス/ミラクル博士/ダペルトゥット : ヨセ・ヴァン・ダム(バス・バリトン)
オランピア : ナタリー・デセイ(ソプラノ)
アントニア : レオンティーナ・ヴァドゥーヴァ(ソプラノ)
ジュリエッタ : スミ・ジョー(ソプラノ)
ステッラ : ファニータ・ラスカーロ(ソプラノ)
ニクラウス/ミューズ : カトリーヌ・デュボスク(ソプラノ)
アンドレス/コシュニーユ/フランツ/ピティキナッチョ : ミシェル・セネシャル(テノール)
クレスペル : ガブリエル・バキエ(バス)
シュレーミル : リュドヴィク・テジエ(バリトン)
ジル・ラゴン(テノール)
ルーテル : ジャン・マリ・フレモー(バリトン)
ナタナエル : ブノワ・ボテ(テノール)
ヴォルフラム : ジャン・ドゥルスクルーズ(テノール)
ヘルマン : ジェラール・テリュエル(バリトン)
ヴィルヘルム : クリストフ・ラカサーニュ(バリトン)
アントニアの母の声 : ドリス・ランプレヒト(メッゾ・ソプラノ)
ダペルトゥットの手下 : マルク・フルニエ(バス)
リヨン国立歌劇場合唱団

ケント・ナガノ/リヨン国立歌劇場管弦楽団

ERATO/0630-14330-2




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