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カッチーニ、ペーリ、2人のオルフェオ。 [2016]

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没後400年のメモリアルに、クソ野郎呼ばわりしてしまったカッチーニ... いや、カッチーニの魅力は、そのクソっぷりにもあると思う。天才たちが犇めいた16世紀後半のフィレンツェの宮廷、競争が過熱してしまった結果、クソ野郎にならなきゃ生きていけなかっただろう。また、そういう競争がドラマを生む!モノディーを生み出すカメラータを主催したバルディ(1534-1612)が、1587年、突然の大公の代替わりで失墜。カメラータの主要メンバーだったカッチーニは、フェッラーラの宮廷に新たな就職口を探すも、結局、1592年、都落ちのバルディに就き従い、ローマへ... で、バルディに取って代わったのが、新大公がローマから連れて来たカヴァリエーリ(ca.1550-1602)。しかし、曲者揃いのフィレンツェの宮廷、カヴァリエーリは苦悩することに... 一方、カッチーニは、バルディを見限り、自らの力でフィレンツェの宮廷に復帰。宮廷楽長を務める多声マドリガーレの巨匠、マルヴェッツィ(1547-99)ら旧世代と、宮廷における芸術監督官、カヴァリエーリに、コルシ(1561-1602)を中心としたオペラを生み出す新世代たち... 三つ巴の間隙を突いて、一度は離れたフィレンツェの宮廷を昇り詰めて行く。
そうして迎えた運命の年、1600年、『エウリディーチェ』、クソっぷりを発揮し、勝利するカッチーニと、勝利をかすめ取られたペーリの作品を並べる、実に、実に興味深い1枚!マルク・モイヨン(ヴォーカル)と、アンジェリーク・モイヨン(ハープ)の姉弟デュオによる、モノディーの歌曲集、"LI DUE ORFEI"(ARCANA/A 393)。いや、競争の過熱は、音楽をより美しく昇華させる!

バルディのカメラータで、モノディーの革新を成し遂げたカッチーニ(1551-1618)と、コルシのグループで、オペラを誕生させたペーリ(1561-1633)... ちょうど10歳の年差がある2人は、ともに若い頃、ローマからフィレンツェへとやって来て、フィレンツェで教育を受け、やがて歌手として名声を博し、作曲家としても活躍している。いや、まるで、カッチーニの後をペーリが追っているようで、おもしろい。で、後を追うばかりでなく、1589年、大公の婚礼の祝祭を彩ったインテルメディオ『ラ・ペッレグリーナ』では、ともに歌手として作曲家として携わっており、第4インテルメディオにはカッチーニが、第5インテルメディオにはペーリが舞台に立ち、競演を果たしている。が、同じく歌手にして作曲家、宮廷での祝祭では、必ず顔を突き合わせなくてはならない距離の近さが、そのライヴァル関係を先鋭化させてしまったか?また、大工の息子のカッチーニに対し、貴族階級出身のペーリは、育ちの良さから、その立ち居振る舞いがとても優雅で、宮廷人としても魅力的だったらしい。それは、ライヴァルたちを蹴落とし、のし上がったカッチーニのクソっぷりとは対照的で、何かと対抗意識も高まったんじゃないかと想像してしまう。いや、こういうライヴァル関係があってこそ、16世紀末のフィレンツェの音楽シーンはよりホットだったろうし、競争があってこそ大胆な革新も成されたのだろう。その革新、この2人のライヴァルが生み育んだモノディーによる歌曲を並べたアルバム、"LI DUE ORFEI"、2人のオルフェオ、まずは、カッチーニ先輩から...
「このうえなく甘いため息」、はぁ~、まさにため息が出てしまう。何なんだ、このおぼろげで切なげな歌い出しは!最初のワン・フレーズで、グイっと惹き込まれてしまう。壮麗なるルネサンス・ポリフォニーを脱して間もない、たった独りで歌われる"歌"の心許無いような居住いに、ただならず愛おしさを感じてしまう。それは、生まれたてを意識させる初々しい光に包まれて、イノセンスな美しさを放ち、我々、現代人の耳を洗うかのよう。クソ野郎が、クソっぷりを極めて至った美しさに、ノック・アウト... カッチーニのモノディー、ムジカ・レチタティーヴァ(朗唱音楽)というスタイルの、詩を語るように歌う姿は、後の歌曲のメロディーを歌うのとは違って、より感情にフォーカスし、吸い込まれるように聴き入ってしまう。2曲目、「あの熱きため息」(track.2)など、繊細に感情の起伏を捉えて、ドキドキさせられてしまう。いや、まさに、初期バロックの歌いそのものなのだけれど、この時代を代表するモンテヴェルディの"歌"を思い起こすと、カッチーニの"歌"は実に優美で、感情を音楽に穿つようなモンテヴェルディのモノディーに比べると、より音楽的に感じられ、芳しい。例えば、カッチーニの代表作のひとつ、「アマリッリ麗し」(track.8)を改めて聴いてみると、まさに麗しく... 詩にしっかりと沿いながら、音楽的な麗しさを大切にするカッチーニの姿に、フィレンツェの宮廷の趣味の良さを感じる。このあたりは、モンテヴェルディのいたマントヴァの宮廷よりも、競争が過熱したフィレンツェなればこそ極められた洗練があってのものなのだろうなと...
そして、ペーリ!同じモノディーでも、カッチーニより10歳若いペーリの音楽には、そういう世代感も何となくあるのか?より慎重に、情感を籠めて歌い上げるカッチーニに対して、もう少し刹那的に歌い上げる印象のあるペーリ... 詩に籠められた感情を、より感覚的に捉え、詩に縛られるばかりでない、音楽としての自由さも感じられ、そこが魅力的。ペーリ、最初のナンバー、「おまえは眠っている」(track.6)のしっとりとした表情は、カッチーニ負けずグイっと惹き込まれるのだけれど、良い意味での若さが効いていて、端々、キャッチーでもあるところが後のオペラを予感させる。続く、「女たちの中で」(track.7)は、もっとはっきりとキャッチーで、ルネサンス期のフロットラに近さを感じる。軽やかなリズムに乗って、小気味良く歌えば、カッチーニよりも若々しい印象を受けるのだけれど、音楽史を俯瞰すれば、必ずしも革新ではないというパラドックス。バルディの息子は、歌手としての2人の様子を回想し、カッチーニの方が「創意において魅力的」だったと評しているのだけれど、2人の歌曲を並べて聴いてみると、何となくその姿が見えて来る気がする。一方で、"LI DUE ORFEI"を聴いていると、2人の音楽がシンガー・ソング・ライターならではのものだったかを意識させられる。つまり歌心を知った音楽というのか、ルネサンス・ポリフォニーとは違う歌うことの快さが広がり、ナチュラル!これは、モンテヴェルディでは味わえない感覚かなと... 何より、この歌うことへのナチュラルさがあってこそ、モノディーは生まれ、育まれたかなと...
という、カッチーニとペーリを聴かせた、マルク(ヴォーカル)とアンジェリーク(ハープ)のモイヨン姉弟。"LI DUE ORFEI"、2人のオルフェオの歌曲を、ハープの伴奏で聴くわけです。これって、まさにオルフェウス!アンジェリークが爪弾く、古楽のハープの控え目な響き... アルカイックでありながら、低目のトーンで味わい深く、絶妙にバリトンの声を引き立てて、引き立て役なのに、惹き込まれる。モダンのハープのように、ボロンボロンと豊潤なサウンドがこぼれ出すわけではないのだけれど、何て詩情に溢れた響きなのだろう。カッチーニが交流を持ったフェッラーラの宮廷で活躍した作曲家、ルッツァスキ(1545-1607)、ピッチニーニ(1566-1638)による独奏曲(track.5, 13, 19)も取り上げ、アルバムに素敵なアクセントを加える。が、やっぱり、このアルバムの魅力は、21世紀のオルフェオ、マルクの、飾らない伸びやかな歌声!古楽ならではのナチュラルな歌いが、ベルカントという言葉が生まれるずっと昔、かつてのオルフェオたちの歌声を蘇らせるようで、魅了されずにいられない!訥々と歌う中に、艶っぽさが詰まっていて、素朴でありながら優美... そういう歌声で聴く、カッチーニとペーリの歌曲は、時代を超越した魅力が引き出されて、おもしろい!

LI DUE ORFEI GIULIO CACCINI & JACOPO PERI
Marc Mauillon Angélique Mauillon


カッチーニ : このうえなく甘いため息 *
カッチーニ : あの熱きため息に *
カッチーニ : 心が痛んで苦しい時は *
カッチーニ : わが太陽を見ん *
ルッツァスキ : 第4旋法のトッカータ
ペーリ : おまえは眠っている *
ペーリ : 女たちの中で *
カッチーニ : アマリッリ麗し *
カッチーニ : 日がな一日泣き暮らし *
カッチーニ : 聞きたまえ、エウテルペよ *
カッチーニ : 私の苦しみを哀れんでおくれ *
カッチーニ : 帰ってきて、ああ私の幼子よ *
ピッチニーニ : サラバンド風アリアと変奏 〔リュートとキタローネのためのタブラチュラ曲集 第1巻 から〕
ペーリ : それはある日のこと *
カッチーニ : 何と不実な顔よ *
カッチーニ : 天にもかほどの光なく *
ペーリ : 日がな一日泣き暮らし *
ペーリ : 泉に野に *
ルッツァスキ : カンツォーナ
カッチーニ : 愛に満ちて *

マルク・モイヨン(ヴォーカル) *
アンジェリーク・モイヨン(ハープ)

ARCANA/A 393




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