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シベリウス、5番の交響曲、初稿と決定稿。 [before 2005]

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最初は、涼めるかなァ。くらいの、軽いノリで聴き始めた「北欧」の音楽だったのだけれど、改めて北欧と向き合うと、ちょっと、ドギマギさせられる。いや、IKEAだ、H&Mだ、さらには「ヒュッゲ(デンマーク発の「足るを知る」的なナチュラルでシンプルなライフスタイル... そんな感じ?)」だ、とか、21世紀の「北欧」のイメージは、実にクールであって、そのクールさに引き寄せられて、遠い遠い日本に在っても、いつの間にか身近(名古屋市のレゴランドに続いて、飯能市にムーミン谷がやって来るしね!)な気がしていたのだけれど... 甘かった!本物の北欧は、ただならない。アイスランドのレイフスの豪快な音楽を聴いて、そこに反映される北極圏を目前とした自然の厳しさ、ヴァイキングの記憶を呼び覚ます荒々しさ、北欧神話を思い出させるミステリアスさ、栄光ばかりでない歴史が放つ仄暗さ... 何だろう、北欧は、濃密?ヨーロッパにしてヨーロッパではないような、独特な居住いを見出して、驚かされ、そして、惹き込まれる。西欧の美しさとは一味違う、北欧の密度に呑み込まれる。
ということで、オスモ・ヴァンスカが率いたラハティ交響楽団による、シベリウスの交響曲全集から、5番の交響曲、1915年に作曲された初稿(これが、初録音でした... )と、1919年に完成された決定稿を収録した意欲的な1枚(BIS/BIS-CD-863)を聴く。

シベリウスが5番の交響曲を作曲し始めるのは、1914年、49歳の秋... 4番の交響曲を作曲、初演(1911)して、燃え尽き気味だったところ、1914年、初頭、ベルリンに滞在し、シェーンベルクらの最新の音楽に触れ、春には、大西洋を渡り、アメリカ・ツアーを成功させ、大いに刺激を受けて取り掛かった5番の交響曲... なのだけれど、その少し前、夏に、第1次大戦(1914-18)が勃発しており、当時、ロシア領だったフィンランド(英仏露の三国協商側)は、ドイツ(独墺伊の三国同盟)と敵対することとなり、シベリウスは、楽譜の出版などでドイツと関係が深かったため、大きな痛手に... 当然、国外での演奏活動も思うようにならず、経済的に苦境に陥ってしまう。そのため、国内で楽譜を出版し収入を得るための小品の作曲に追われ、交響曲に集中することが難しくなってしまう(また、5番のみならず、6番の作曲もスタートさせてしまい、余計に混乱した状況を作り出してしまう... )。さらに、5番の交響曲が、翌、1915年12月8日の50歳を祝うバースデー・コンサートに初演されることが決まっており、このタイム・リミットが、作曲家を追い込む。シベリウスは、酒の力を借り、睡眠薬に頼るほど精神的に参ってしまうものの、何とか作曲し切り、一端、筆を置く。それが、ここで聴く、初稿(track.1-4)。
まず、聴き馴染んだ決定稿との明らかな違いは、楽章の数... 3楽章の決定稿に対し、初稿は4楽章構成。とはいえ、単に分けているか一緒にしているかの差で、音楽的にそこまで大きな違いは無い。で、大きな違いは、全体の響きの印象!初稿(track.1-4)に触れると、決定稿が如何にブラッシュ・アップされ、洗練されていたかを思い知らされる。じゃあ、初稿はダメなのか?いやいやいや、ブラッシュ・アップされていない、シェイプされていない響きの在り様が、どこかレイフスを予感させ、かえって先鋭的?音楽としてまとまり切らないこその音響のおもしろさを随所で感じ、それが、決定稿とは一味違う広がり、重みを生み出し、魅力的。というあたりを象徴するのが、終楽章(track.4)の最後。決定稿の、衝撃的な和音の一撃(が、6回、続く!)は無く、音が横溢するような終わり方... で、決定稿が決定稿だけに、ちょっとだらしないような印象も受けるのだけれど、そこにこそ味わいは生まれるのか?決定稿の完成度は、間違いなく高いのだけれど、完成度を高めたことで失ったものもあるように感じてしまう、味のある初稿。その味は、作曲家の苦悩を映す、ある種の生々しさ... 洗練に至れないあたりに、悶えるような感覚が見て取れて、北欧の濃密さも見出す。清々しくないシベリウスに眩惑される。
さて、1915年12月8日の50歳を祝うバースデー・コンサート、初稿による5番の交響曲の初演は、大成功!シベリウスは、出版の準備のため、スコアの校正を始めるのだけれど、ここからが新たな苦悩の始まりだった。校正はいつの間にか改訂となり、作業はどんどん大掛かりに... 1楽章と2楽章はひとつになり、終楽章は巨大化し、それは第2稿として、初稿の初演からちょうど1年を経た、1916年、51歳の誕生日に初演を迎える。が、大幅な改訂に、聴衆は戸惑い... シベリウスは、さらなる改訂に突き進む。が、1917年、ロシア革命により、帝政ロシアが崩壊すると、フィンランドは独立を宣言!輝かしい時代が訪れるかと思いきや、戦時下の独立により経済は混乱、持てる者(ブルジョワと自作農)と持たざる者(労働者と小作農)の対立は先鋭化し、1918年、初頭、ロシア革命政府の支援を受けた赤軍(労働者と小作農)と、ドイツ、スウェーデンの支援を受けた白軍(ブルジョワと自作農)が衝突(フィンランド内戦)。シベリウスは、赤軍に家宅捜索を受けるなど、厳しい局面にも立たされた。が、春、白軍の勝利で、国内は落ち着きを取り戻し、晩秋には第1次大戦も終結... そうした嵐を経て、1919年、とうとう決定稿が完成。初代フィンランド大統領臨席の下、初演。苦難はやっと終わった。
今、改めて決定稿(track.5-7)を聴いてみると、何か憑き物が落ちたように清々しく感じられる。いろいろな困難を乗り越えて、いろいろな感情を吹っ切って、身軽になって、清々しくあるのか... 作曲と改訂の経緯をつぶさに見つめると、感慨深いものがある。で、その道程を示したヴァンスカ、ラハティ響の演奏がすばらしい!2つの版を1枚に収録するというのは、恐さもあっただろうが、初稿、決定稿、それぞれに真正面から向き合い、それぞれの魅力を引き出して、2度、同じものを聴く、なんて印象は一切無く... 初稿のワイルドさを見事に引き出して、魅了して... 如何にブラッシュ・アップされたかを鮮やかに強調して、シベリウスの作曲家としてのセンスを思い知らせてくれる。いや、ワイルドから清々しさまで、彼らの表現の幅、器用さに舌を巻く。なればこそ、輝く1枚!シベリウスの苦悩と同時に、シベリウスの音楽のおもしろさ(初稿)、美しさ(決定稿)を、訳なく展開していて、カッコいい... いや、シベリウスのスペシャリストたちならではの、冴えを、存分に味あわせてくれる。そうして見えて来る、人間、シベリウスの様々な表情が、実に興味深い。

Sibelius: Symphony No.5

シベリウス : 交響曲 第5番 変ホ長調 Op.82 〔1915年、初稿〕
シベリウス : 交響曲 第5番 変ホ長調 Op.82 〔1919年、決定稿〕

オスモ・ヴァンスカ/ラハティ交響楽団

BIS/BIS-CD-863




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