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グリーグ、オーラヴ・トリグヴァソン。 [2007]

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シベリウスを聴いたので、クラシックにおける「北欧」の二枚看板のもう一方、グリーグを聴いてみようと思うのだけれど... ふと考えてみると、グリーグの作品って、あまり聴いたことがないのかもしれない。ピアノ協奏曲に、『ペール・ギュント』... 有名な作曲家ほど、有名な作品ばかりに注目が集まりがちで、全体像が見え難いような気がする。クラシックの悪い癖?どうしても聴き馴染みのある名曲に流れがち... いや、それだけの吸引力を持つのが名曲の名曲たる所以ではあるのだけれど、多くの隠れた名曲に触れず仕舞いになってしまうのはとても残念なことだと思う。で、まさに、グリーグがそういう作曲家のように感じる。ピアノ協奏曲、『ペール・ギュント』以外にも、多くの作品を書いているグリーグ... 交響曲に、管弦楽曲室内楽曲ピアノ曲歌曲と、その楽曲一覧を見れば、この人が、まさにオール・ラウンド・プレイヤーであったことを思い知らされる。そして、どの作品からも、グリーグらしさは溢れていて、瑞々しく、ピアノ協奏曲、『ペール・ギュント』に負けず惹き込まれる。
そんなグリーグのオペラ... オーレ・クリスティアン・ルードの指揮、ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏、ベルゲン・フィルハーモニー合唱団らの歌で、グリーグの未完のオペラ『オーラヴ・トリグヴァソン』からの3つの場面(BIS/BIS-SACD-1531)を聴く。

エドヴァルド・グリーグ(1843-1907)。
ノルウェーを代表する作曲家、グリーグなのだけれど、グリーグが生きた時代、ノルウェーはスウェーデン領だった(独立を果たすのは、グリーグの死の2年前、1905年... )。でもって、スウェーデン領になる前は、デンマーク領... 1397年、デンマークが主導するカルマル同盟の成立以来、ノルウェーは、常に、地方であり、宮廷が置かれた首都からは程遠い北の辺境の地。文化的にも大きく後れを取っていた... そうした中、ベルゲン(中世以来の貿易港で、その都市としての規模は、現在の首都、オスロを凌いだ... )の裕福な貿易商の家に生まれたグリーグ... 母はピアニストで、北の辺境の地に在っても、音楽的に恵まれた環境で育つ。そんなグリーグの才能をいち早く見抜いたのが、ベルゲン出身のヴァイオリンのヴィルトゥオーゾ、オーレ・ブル(1810-80)。1858年、15歳のグリーグは、ブルの前で自作を披露する機会を得て、メンデルスゾーンが創設(1843)したライプツィヒ音楽院への留学を勧められる。家族の希望もあり、クリスチャニア(現在のノルウェーの首都、オスロ、1925年に現在の名前に改名される... )の大学で、神学を学ぶ予定でいたものの、方向転換!その年の秋、独りドイツへと渡り、ライプツィヒ音楽院に入学、3年半、作曲とピアノを学ぶ。が、メンデルスゾーンの時代とは違って保守的だった音楽院の空気に不満で、卒業後、1863年、北欧の文化の中心、コペンハーゲンへと渡り、かつてメンデルスゾーンの右腕としてライプツィヒで活躍したデンマークの作曲家、ゲーゼに師事。また、デンマークの若い世代の作曲家とも交流し、「北欧」の音楽を模索、黄金時代のデンマークで、3年間、刺激的な日々を送った。その後、1866年、ノルウェーに帰国。自治政府の首都が置かれていたクリスチャニアを拠点とし、そこでノルウェーの作品を紹介するコンサートを企画。大成功させると、フィルハーモニー協会の指揮者のポストを得て、23歳にしてノルウェーの文化人の仲間入りを果たす。そうして知り合ったのが、当時、すでにノルウェーを代表する文化人で、後にノーベル文学賞(1903)を受賞する詩人で劇作家のビョルンスティエルネ・ビョルンソン(1832-1910)。グリーグは、まずビョルンソンの詩をいくつか歌曲にした後、1872年、戯曲『十字軍の王、シーグル』のために劇音楽を作曲し、ビョルンソンと本格的にコラヴォレーションを果たす。これを足掛かりに、2人はオペラに乗り出す。
それが、未完のオペラ『オーラヴ・トリグヴァソン』... ヴァイキングのキリスト教化にあたって大きな役割を担ったノルウェー王、オーラヴ1世(在位 : 995-1000)の数奇な運命を辿る、オーラヴ・トリグヴァソン(トリグヴァの息子、オーラヴの意味で、オーラヴ1世のもうひとつの呼び名... )のサガ(英雄譚)を題材としたオペラは、『十字軍の王、シーグル』の初演後、すぐに台本が書き始められ、翌、1873年に、まず3つの場面がグリーグに託される。そうして作曲されたのが、ここで聴くオペラ『オーラヴ・トリグヴァソン』からの3つの場面(track.1-3)。この3つの場面は、まだプロローグにあたるのか、タイトルロール、オーラヴ・トリグヴァソンは登場せず... 北欧の古い神々を祀る神殿で、祭司や巫女を囲み儀式が行われている第1場、人々は、キリスト教化を推し進める王、オーラヴ・トリグヴァソンとどう対峙するか、巫女を通して神々の声を聞こうとする。ただならぬ存在感を放つ神懸かりの巫女の迫力ある歌で始まる第2場(track.2)は、神々の心強い言葉を聞いて人々は勇気付けられ、高らかに歌う!ワーグナーの『さまよえるオランダ人』(1843)を思わせる活気あるコーラスがあり、異教の儀式のミステリアスさは、ヴェルディの『アイーダ』(1871)を思わせる雰囲気があって、オペラとして実に魅力的!そして、第3場(track.3)、儀式は熱を帯び、大いに盛り上がるのだけれど、そこでは、グリーグらしさ、国民楽派調の音楽が炸裂!翌、1874年に作曲されるイプセンの戯曲『ペール・ギュント』のための劇音楽の聴き所、「山の魔王の宮殿にて」を思わせて、そのワイルドさにワクワクさせられる。いや、『オーラヴ・トリグヴァソン』は、グリーグの代表作、『ペール・ギュント』を準備した作品と言えるのかもしれない。しかし、それが徒となる。3つの場面の後、台本は書き上がらず、グリーグは前述の通り、イプセン(1828-1906)のために劇音楽を作曲。これにビョルンソン(イプセンをライヴァル視していた... )は臍を曲げ、2人のコラヴォレーションは停止。オペラ『オーラヴ・トリグヴァソン』は、幻に終わる。で、溜息が出てしまう。このオペラが完成されていたなら、北欧を代表するオペラになったはず...
グリーグは、『ペール・ギュント』に代表されるすばらしい劇音楽を残した一方で、結局、完成されたオペラはひとつも残さなかった。が、オペラ『オーラヴ・トリグヴァソン』からの3つの場面を聴けば、オペラでもその個性を開花させ、北欧のオペラを打ち立てることができたように強く感じる。オペラ『オーラヴ・トリグヴァソン』からの3つの場面の後で取り上げられる、オーケストラ伴奏による歌曲を聴けば、またさらにそう感じることに... ビョルンソンの詩に作曲した「南の修道院にて」(track.4)は、ソプラノとアルトと女声コーラスによる作品で、歌曲というよりはカンタータ。父を殺され南の僧院に逃げて来た娘が、父の敵に複雑な思いを寄せ、尼僧になるかどうか思い悩むという実にオペラティックなエピソードをしっとりと描いて、よりグリーグのオペラに対するセンスを感じさせる。続く、6つの歌(track.5-10)では、『ペール・ギュント』の名ナンバー、「ソルヴェイグの歌」(track.5)などが歌われ、オーケストラ伴奏による歌曲のアンソロジーを構成。そこには、グリーグの、オーケストラを背景とした歌に対する姿勢が見て取れて、なかなか興味深い。北欧の雄大さを感じさせるサウンド、その中に響くメロディーは伸びやかで、19世紀、ロマン主義の奔流をしっかり捉えながらも、グリーグらしさがしっかりと聴き取れて... もしオペラ『オーラヴ・トリグヴァソン』を、グリーグが完成させていたら聴けただろうアリアの姿がそこに表れるかのよう。そういう音楽に触れれば、余計にオペラ『オーラヴ・トリグヴァソン』の頓挫が、残念でならない。
そんな、幻に終わったグリーグのオペラの幻影を見せてくれる、ルード、ベルゲン・フィル。まず、彼らが繰り出す北欧らしいクリアなサウンドに魅了される。そのクリアさから捉えられるグリーグの未完のオペラは、その可能性を活き活きと示し、惹き込まれずにいられない。で、ただクリアであるだけでなく、ノルウェーならではの色彩感というのか、ムンクを思わせるヴィヴィットさ、マッドさも端々から感じられ、そうした彼らの音楽性が、グリーグの国民楽派としての性格を際立たせる。オペラ『オーラヴ・トリグヴァソン』からの3つの場面(track.1-3)では、そのミステリアスさ、躍動する感覚を見事に響かせて、アルバム後半、オーケストラ伴奏による歌曲では、瑞々しいサウンドで以って、スペイシー。歌曲というスケールを忘れさせる音楽を展開する。そして、このアルバムの主役たち... オペラ『オーラヴ・トリグヴァソン』からの3つの場面(track.1-3)では、まずベルゲン・フィルハーモニー合唱団が表情豊かに躍動し、グリーグの音楽を刺激的に盛り上げつつ、巫女を歌うコスモ(メッゾ・ソプラノ)の存在感ある歌声が、インパクトを生む!そして、白眉なのが、6つの歌(track.5-10)を歌うソルベルグ(ソプラノ)の、透明感を湛えつつ、懐の深い歌声!何だか、北欧そのものをそこに見出せるようで、聴き入ってしまう。いや、もう全てで聴き入ってしまって、今さらながらに、グリーグが新鮮... 何より、このアルバムが、幻に終わったグリーグのオペラの幻影を見せてくれるようで、ファンタジック。

Grieg - Olav Trygvason / Orchestral Songs

グリーグ : オペラ 『オーラヴ・トリグヴァソン』 からの 3つの場面 Op.50

女 : ソルヴェイグ・クリンゲルボルン(ソプラノ)
巫女 : インゲビョルグ・コスモ(メッゾ・ソプラノ)
祭司 : トロン・ハルスタイン・モーエ(バリトン)
ベルゲン・フィルハーモニー合唱団

グリーグ : 南の僧院にて Op.20 

ソルヴェイグ・クリンゲルボルン(ソプラノ)
インゲビョルグ・コスモ(メッゾ・ソプラノ)
コーラス : ヴォーチ・ノビリ(女声)

グリーグ : 6つの歌 EG 177
グリーグ : ルンダルネにて Op.33-9 〔オーケストレーション : ハルヴォルセン編〕

マリータ・ソルベルグ(ソプラノ)
オーレ・クリスティアン・ルード/ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団

BIS/BIS-SACD-1531




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