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新しい時代、リュリの時代のクラヴサン奏者、ダングルベール。 [before 2005]

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中世以後、ローカルな立場に留まっていたフランスの音楽。ローカルだったからこそ、じっくりと独自の進化を遂げることに... ルネサンスの終わりには、イタリアのモノディの発明と共鳴するような単声の歌曲、エール・ド・クールを誕生させ、さらにイタリアからバレット(歌と踊による幕間劇のようなもの... )を輸入して、バレ・ド・クールに発展させるなど、イタリアのような派手な革新は起こらないまでも、しなやかに革新をやってのけた。その革新を支えたのが、宮廷に仕える世襲の音楽家たち... で、世襲だったからこその、しなやかな革新だったのだと思う。親から子へと受け継がれる革新は、伝統へと洗練されながら、時間を掛けて熟成され、才能がぶつかり合ったイタリアには無い、朗らかなバロックを出現させる。それは、ある種の育ちの良さなのかもしれない。が、そこに、アンファン・テリヴル、リュリが乗り込んで来る!太陽王のお気に入りは、若干、21歳でシャンブルの一員となり、世襲の音楽家たちを相手に臆することなく振る舞って、にわかに宮廷は波立つことに...
ということで、波立って、チャンスを得た人物に注目。前回、聴いた、シャンボニエール(宮廷に仕えた音楽一家、シャンピオン家の出身で、リュリに競り負け、宮廷を去った、誇り高きヴィルトゥオーゾ... )の弟子で、その後継者にして、太陽王のクラヴサン奏者、リュリの伴奏者、ダングルベールのクラヴサン曲集(DECCA/458 588-2)を、クリストフ・ルセの演奏で聴く。

ジャン・アンリ・ダングルベール(1635-91)。
フランス西部、バル・ル・デュックの裕福な靴屋に生まれた、ダングルベール。裕福な環境にあって、音楽の世界に進む道も拓けたのだろう... が、どういう経緯で音楽の道へ進んだのかはよくわかっていない。シャンボニエール(ca.1601/02-72)の弟子ということになっているものの、いつ頃、どういう形で師事したのかも、あまりよくわかっていない。ただ、1650年代には、師とされるシャンボニエールや、同門となるルイ・クープラン(ca.1626-61)と交流していたことがわかっている。そして、パリのサントノレ通りのジャコバン派修道院のオルガニストとなり、音楽家としてのキャリアをスタート。1660年、王弟、オルレアン公のオルガニストのポストを得ると、1662年には、宮廷を去る、師、シャンボニエールから、シャンブル付きクラヴサン奏者のポストを買い取り、宮廷に進出。以後、太陽王のクラヴサン奏者として活躍することになる。いや、裕福とはいえ、靴屋の息子が、宮廷におけるクラヴサン奏者の首席の地位に昇るとは、大出世!で、そこには、太陽王のお気に入り、リュリの登場によって起こる、ゲーム・チェンジがあった。ダングルベールの前任、シャンボニエールに代表される、ルネサンス以来の世襲の音楽家たちと、バロックの申し子、リュリという新旧の対立... やがてリュリはシャンブルの総監督に任命(1661)され、世襲の音楽家たちをも手中に納めて、新たな時代、フランス・バロックの黄金期を築く。そして、リュリ同様に世襲の外からやって来たダングルベールもまた、そうした新しい時代を象徴する存在だった。
という、ダングルベールのクラヴサン曲集を聴くのだけれど... 前回、シャンボニエールを聴いてから、ダングルベールに触れると、それは、まさに新時代!シャンボニエールに比べ、響きが刈り込まれ、無駄が無く、よりシンプルに、ライトに音楽を展開するダングルベール。巨匠然としたシャンボニエールの音楽からすると、何だか、現代っ子感覚すら見出せて、おもしろい。下手に勿体ぶることなく、いい具合に肩の力が抜けていて、卒なくお洒落にまとめて来る。それは、シャンピオン家、三代目、シャンボニエールのような世襲の音楽家たちの、代々の蓄積の上に繰り出される音楽とは違うベクトルを持つ音楽なのかもしれない。そして、ダングルベールの音楽の、シャンボニエールとの決定的な違いが、リュリとのスタンス!シャンボニエールが忌避したリュリの音楽を、ダングルベールは、躊躇うことなく取り込んで、魅力的な音楽を響かせる。ここで聴くクラヴサン曲集には、リュリのトラジェディ・リリクからのアレンジが多く含まれていて、クラヴサンの音楽でありながら、オペラを彩っていたメロディーならではの耳馴染みの良さがあり、より歌う感覚にも充ち... かと思うと、モノローグを思わせる表情を見せ、見事にトラジェディ・リリクの雰囲気をクラヴサンに落とし込んでもいる。そうして生まれる、情感の豊かさ...
例えば、ト短調の組曲、ガイヤルド(disc.2, track.10)などは、実際に歌手がトラジェディ・リリクの一節を歌っているかのようで、その感触が興味深く、科白を思わせるしっとりとした表情が印象的... 続く、パッサカーユ(disc.2, track.11)は、その歌の後のバレエ・シーンを思わせて、トラジェディ・リリクを見るよう。そして、ト短調の組曲の最後、アルミードのパッサカーユ(disc.2, track.21)では、リュリの『アルミード』の切なさがクラヴサンから溢れ出し、トラジェディ・リリクの悲劇性、叙情性が、クラヴサンという装置を以って結晶化されるようで、見事。そこには、クラヴサン奏者として、リュリのトラジェディ・リリクの上演にも携わったダングルベールの実地の経験が大いに活かされているのだろう。ト長調の組曲、『ファエトン』からの、ファエトンのシャコンヌ(disc.1, track.16)、ニ長調の組曲、『アシとガラテー』からの、ガラテーのシャコンヌ(disc.2, track.27)に漂う、リュリならではの、何とも言えないセンチメンタル!オペラとはまた違う芳しさがあって、惹き込まれる。
で、それを引き立てるのが、ルセ!ま、今さらではあるのだけれど、やっぱり凄い人です。一音一音がクリアで、かつ弾力がある!その弾力が、ダングルベールのクラヴサン曲集の隅々までを活き活きと響かせて、よりキャッチーで、ポップな仕上がりに... これが、ダングルベールの音楽に、より新鮮なイメージを与えるのか... ここで聴く、クラヴサン曲集は、ダングルベールの死の3年前、1698年に出版されたもの、となると、まさに集大成となるのだろうけれど、そういう泰然とした趣きは薄く、収録されたひとつひとつの作品が、初々しさすら放つようで、印象的。すると、シャンボニエールと大クープランをつなぐはずが、フランス・クラヴサン楽派という体系から飛び出して、より瑞々しく響き、思いの外、現代的に感じられ、惹き込まれる。この感覚、不思議... ルセのタッチなればこそ引き出される、ダングルベールのシャンボニエールとも大クープランとも一味違うおもしろさ。そのおもしろさに触れると、とても「つなぎ」だなんて言えなくなる。

CHRISTOPHE ROUSSET
D'ANGLEBERT: INTEGRALE DES PIECES DE CLAVECIN


ダングルベール : 組曲 ト長調 〔クラヴサン曲集 から〕
ダングルベール : 組曲 ニ短調 〔クラヴサン曲集 から〕
ダングルベール : 組曲 ハ長調
ダングルベール : 組曲 ト短調 〔クラヴサン曲集 から〕
ダングルベール : 組曲 ニ長調 〔クラヴサン曲集 から〕
ダングルベール : 組曲 イ短調

クリストフ・ルセ(クラヴサン)

DECCA/458 588-2




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