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誇り高きヴィルトゥオーゾ、シュール・ド・シャンボニエール。 [before 2005]

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ピアノは、どこの国でも、ピアノだけれど、チェンバロは、それぞれの国によって呼び方が異なるのがおもしろい。イタリア語ではクラヴィチェンバロ、英語ではハープシコード、フランス語ではクラヴサン... ちなみに、「チェンバロ」は、イタリア語のクラヴィチェンバロに由来する、ドイツ語圏での呼び方。って、イタリアではチェンバロって呼ばないの?!と、軽く衝撃を受けてしまうのだけれど、クラヴィチェンバロとは、鍵盤(クラヴィ)付きのシンバル(チェンバロ)の意味。となると、クラヴィが無くなってしまったら、違う意味になってしまうわけだ。それを許容する非イタリア語話者たち... いや、言葉って、おもしろい。で、言葉から、チェンバロという楽器を見つめると、それぞれの国における、その楽器の個性が浮かび上がるようで、興味深い。例えば、英語のハープシコード。ハープの弦(コード)である。鍵盤付きシンバルより、繊細な印象を受ける。そして、フランス語のクラヴサンはというと、イタリア語のクラヴィチェンバロと同じ、ラテン語の鍵、clavisを語源とし、鍵盤楽器を意味する。このあたりは、ドイツ語での鍵盤楽器の総称、クラヴィーアに通じる。そういう点で、クラヴサンという言葉には、より総合的なニュアンスが含まれるのか?チェンバロ、ハープシコードには無い、どこか堂々とした佇まいを感じるような...
そんな、フランスにおけるクラヴサンの最初の巨匠、やがてクープランへと至るフランス・クラヴサン楽派の始まりを飾った人物に注目してみる。スキップ・センペのクラヴサンで、シャンボニエールのクラヴサン曲集から、4つの組曲と、その弟子にして後継者、ダングルベールによるシャンボニエール氏のトンボー(deutsche harmonia mundi/05472 77210 2)を聴く。

ジャック・シャンピオン・ド・シャンボニエール(ca.1601/02-72)。
シャンボニエールの家、シャンピオン家は、ブルボン朝が成立する以前からフランス王の宮廷に鍵盤楽器奏者として仕えて来た家系で、当然ながら、シャンボニエールもそのポストを継承する者として教育を受け、やがてクラヴサンのヴィルトゥオーゾとしてパリで注目を集める存在に成長。ルイ13世(在位 : 1610-43)の宮廷でも演奏するようになり、1642年、父、ジャックがこの世を去ると、シャンブル付きクラヴサン奏者のポストを継承。名実ともにフランスを代表するクラヴサン奏者となり、クラヴサン音楽の発展に大きく貢献する。そんなシャンボニエールは、新たな才能を見出し育てた教育者としても大きな功績を残している。まず、クープラン家の繁栄の扉を開いたルイ(ca.1626-61)を発掘し、期せずして自らの後継者となったダングルベール(1629-91)を育て、フランスにおけるクラヴサン音楽のさらなる発展を促した。一方で、シャンボニエールは、母方の祖父から"ド・シャンボニエール"の名と領地を相続し、イギリスのサーにあたるシュールの称号で呼ばれ、貴族として振る舞い、贅沢な暮しを好んだのだとか... 宮廷に仕える音楽家の名家の出で、フランス切ってのクラヴサンのヴィルトゥオーゾ、領主貴族、シュール・ド・シャンボニエールは、気位の高い人物だったのだろう。その性格が、シャンボニエールの立場を次第に難しいものにして行く。まず、若き太陽王のお気に入り、若きリュリ(1632-87)が宮廷で存在感を示すようになると、シャンボニエールら旧世代は煙たがられる存在に... 対してシャンボニエールは強気に対峙し、シャンボニエールの宮廷からの排除が企てられることも... さらにプライヴェートでもいろいろゴタゴタがあって、経済的に苦しくなる中、1661年、リュリがシャンブルの総監督に、宮廷での権力闘争は勝負が付く。翌、1662年、シャンピオン家が受け継いで来たシャンブル付きクラヴサン奏者のポストを、弟子のダングルベール(1629-91)に売却、宮廷を去る。そして、困窮... その窮状を凌ぐため、王の認可を得て、過去の作品を整理しまとめたクラヴサン曲集を出版(1670)。これは、フランスで最初に出版されたクラヴサン曲集となった。
という、クラヴサン曲集から4つの組曲を聴くのだけれど... 最初のハ長調の組曲(track.1-14)、1曲目、前奏曲の、滴るような煌びやかさに触れると、のっけから魅入られてしまったようで、ただならない。例えば、半世紀ほど後に活躍するクープラン(1668-1733)の洗練されたクラヴサンのための音楽を思い起こすと、それはプリミティヴなくらい... いや、まさに誇り高きアーティストの音楽と言えるのかもしれない。クープランの官僚的な姿勢からは、絶対に生み出し得ない音楽のように感じる。続く、アルマンド(track.2)は、やさしいメロディーを歌いつつ、ジャランジャランとフランスらしい装飾に彩られて、雅やか。で、この雅やかさ、どこかで聴いた印象だなと思いを巡らせれば、リュート!そうそう、クラヴサンは、リュートに取って代わった楽器だったなと... で、このリュートっぽさが、シャンボニエールの魅力なのかも... 鍵盤楽器ではあるけれど、どこか気の赴くままに爪弾く自由さのようなものが音楽の端々から溢れていて、不思議。鍵盤を押すという極めてメカニカルなアクションを感じさせない、より身体的な感覚が、シャンボニエールのクラヴサンのための音楽にはあるのかもしれない。で、おもしろいのが、実際にリュートがコンティヌオとして加わるところ(track.6, 14, 22, 26, 30)!クラヴサンに似ているのだけれど、クラヴサンにはない深み、ちょっとメランコリックな表情を含んだリュートの音色が、そっと添えられて生まれる思い掛けない広がり...クラヴサンの煌びやかさに、まろやかさが足されて、素敵。
そんなシャンボニエールを、センペのクラヴサンで聴くのだけれど、センペならではのカラフルさ、息衝くタッチが見事に活きていて、惹き込まれる。絶妙な間を含み、たっぷりと奏でて、とかく機械的になりがちなクラヴサンのイメージをさらりと裏切り、何とも言えないジューシーさを引き出す。そこには、クリアなばかりでない、濁りや淀みのような感覚も孕んで、より人間的な音楽を志向するのか、センペのタッチからは体温が感じられ、どこか艶めかしくすらある。単に美しいだけでない、ゾクっとさせられる魅惑がたまらない。そんなセンペに対して、実に落ち着いた音色を奏でるフィーアンのリュートも印象的で、わずか5曲、実にささやかなコンティヌオながら、絶妙なケミストリーを生んでいて、見事。間違いなく、このアルバムをより魅力的なものにしている。で、さらにこのアルバムを魅力的にしているのが、最後に取り上げられるダングルベール(1629-91)のシャンボニエール氏のためのトンボー(track.31)。宮廷を去る師から、そのポストを買い取り、シャンブル付きクラヴサン奏者となったダングルベールによるトンボー=追悼曲は、美しく澄んでいて、その表情には、どこか師に対する改悛のような感情を見てしまい... もちろん、ダングルベールは悪くないのだけれど、ルイ・クープランが師のポストへの就任を要請された時、固辞したことを思い起こすと、ふとそんな気がして...

Jacques Champion de Chambonnières ・ Pièces De Clavecin
Skip Sempé

シャンボニエール : 組曲 ハ長調
シャンボニエール : 組曲 ト長調
シャンボニエール : 組曲 イ長調
シャンボニエール : 組曲 ニ長調
ダングルベール : シャンボニエール氏のトンボー

スキップ・センペ(クラヴサン)
ブライアン・フィーアン(リュート)

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