SSブログ

没後100年、ミンクスから見つめる、ロシア・バレエの黎明... [before 2005]

8557065.jpg
カタルーニャの独立を巡る一連の騒動を切っ掛けに、先月後半から、改めてスペインを見つめて来たのだけれど... クラシックの定番のエキゾティシズムとしての「スペイン」はもちろん、個性を際立たせ独自の形を生み出したスペイン、イタリアからの影響を受けるスペイン、フランスと密接なスペイン、光と闇を纏った20世紀のスペイン、そして、スペインが成立する前の文明の交差点としてのイベリア半島、古代も息衝き、他のヨーロッパの国々に無く多様で層の厚い文化、音楽に、圧倒されるばかり... いや、カタルーニャを含め、スペインは凄い!なればこそ、エキゾティシズムの格好の題材となり、多くのスペイン風の作品が生み出され、かえってステレオタイプに縛られてしまうというもどかしさも... しかし、それもまたスペインか... 鮮烈に個性を放って、ヨーロッパの国々を魅了するからこそのジレンマ。ならば、最後に、徹底的にエキゾティックなスペインを聴いてみようかなと...
ということで、バレエにおけるエキゾティック・スペインの代表作、ドン・キホーテ!ナイデン・トドロフの指揮、ソフィア国立歌劇場管弦楽団の演奏で、今年、没後100年のメモリアルを迎えたミンクスによるバレエ『ドン・キホーテ』(NAXOS/8.557065)を聴く。

レオン・フョードロヴィチ・ミンクス(1826-1917)。
『ドン・キホーテ』(1869)、『バヤデール』(1877)、『パキータ』(1881)と、クラシック・バレエの名作の数々を作曲した人物でありながら、どういう作曲家なのか、あまりよくわかっていなかったミンクス。中世の作曲家ならともかく、スメタナ(1824-84)、ブルックナー(1824-96)、そして、ヨハン・シュトラウス2世(1825-99)ら、クラシックのレパートリーの核たる時代を担った作曲家たちと同世代であって、不思議... いや、クラシックというジャンルにおいては、バレエの作曲家として、特別、注目されることはなく、バレエの世界においても、踊ることこそが一義であって、音楽は二の次なところもあるのかもしれない... 名作の作曲家でありながら、何となくあったミンクスへの無関心は、いつの間にか、その存在を謎めいたものとしてしまった。よくわからない出身地、定まらない名前(本名は、ルートヴィヒ・アロイジウス・ミンクス... "レオン"はフランス風で、ロシアではフョードロヴィチを足していた... )、第1次大戦中まで生きていながら、その晩年の姿はまったく明かされず... が、状況は変わりつつあるのか、視界は、大分、明瞭になって来ている。ミンクスは、チェコ、モラヴィア地方出身の父、テオドール・ヨハン(この"テオドール"が、ロシア語ではフョードルとなり、フョードルの息子=フョードロヴィチとなった... )と、ハンガリー、ブダと合併する前のペスト出身の母の下、ウィーンで生まれたことがわかった。そして、ミンクス家は、カトリックに改宗したユダヤ系とのこと... そんな背景を見つめると、マーラー(チェコ出身で、ウィーンで仕事をするためにカトリックに改宗... )を思わせるところもあるのか... チェコに、ハンガリーに、ウィーンで、ユダヤ系で、まさに、ハプスブルク帝国の広がりと、東方性と、何より多様性を体現するかのようなミンクスという存在、興味深い。
そんなミンクスの音楽の原風景は、ワインの卸業を営んでいた父が開いたレストラン。時代は、"ワルツの父"、ヨハン・シュトラウス1世(1804-49)が、ランナー(1801-43)と競い合って、ウィーンを沸かせていた頃、父のレストランには小さなオーケストラが出演していて、ミンクス少年は、そうした環境にあって、4歳でヴァイオリンを習い出し、8歳で、リサイタルを開くほどの腕前だったらしい。やがて、作曲も学ぶと、仕事を求めてヨーロッパ各地を巡り、1846年、パリでは、デルデヴェスの音楽によるバレエ『パキータ』に楽曲を提供するチャンスを得ている(この演目には、後に改めて出会うことになる... )。1852年、一度、ウィーンに帰り、宮廷歌劇場のヴァイオリニストを勤めてから、1853年、ロシアへと渡り、ユスポフ公の私設オーケストラの指揮者となる。そうして始まる、ミンクスのロシア時代... 1856年には、モスクワのボリショイ劇場の首席ヴァイオリニストに就任。そこにやって来た、帝都、サンクト・ペテルブルク、マリインスキー劇場のバレエ監督で、ロシア、フランスで活躍していたコレオグラファー、サン・レオン(1821-70)の目に留まると、彼が振り付けるバレエのための音楽を作曲するようになり、ミンクスの音楽は各地の劇場(パリ、オペラ座も!)を彩り、バレエの作曲家として頭角を見せ始める。そして、1869年、サン・レオンがフランスへ拠点を移すと、その後任に、伝説のコレオグラファー、プティパ(1818-1910)が就任し、ロシア・バレエの黄金期が到来!その幕開けを告げる作品が、ここで聴く、『ドン・キホーテ』!
ロマンティックな導入曲に始まり、ドン・キホーテが幻想にはまり込んで行くイントロダクション(disc.1, track.2-5)では、交響詩を思わせるような豊かな情景を描き出し、作曲家、ミンクス、これはちょっと軽く見れないぞ?!となったところで、1幕の幕が上がると、そこは明るく朗らかなスペイン!まさにバレエならではの、軽快な音楽に包まれて、ワクワクさせられる。やっぱり、ダンスのための音楽は、理屈抜きに楽しい!で、ミンクスが紡ぎ出す楽しさには、ウィンナー・ワルツの感覚があるなと... 一方で、キトリとバジル(disc.1, track.8)の、たっぷりと憂いを含んだワルツには、ハプスブルク帝国の東方性を見出し、味わい深く... そして、『ドン・キホーテ』ならではのスペイン調の舞曲も魅惑的!で、これが、思いの外、ヴァラエティに富んでおり、スペインのフォークロワを思わせるモレノ(disc.1, track.9)や、セギディーリャ(disc.1, track.12)があり、2幕、1場、ジプシーたちの宿営地を描く音楽では、より濃いエキゾティシズムが繰り広げられ、このバレエの見せ所、2つ目のジプシーの踊り(disc.2, track.7)では、ロシア音楽の骨太感をも感じさせ、このバレエにおいて、一味違った存在感を見せる。そこから一転、ドン・キホーテの夢の中を描き出すファンタジックな2幕、2場では、よりロシアを感じさせ、チャイコフスキーのバレエを予感。そして、大団円を迎える3幕では、フランスのバレエを思わせるたおやかな輝きが魅力的!スペインというパッケージで、ウィーン、ハプスブルク帝国、ロシア、そして、フランスが響き出す、盛りだくさんな『ドン・キホーテ』、音楽作品として捉えると、ミンクスの時代のパノラマが浮かび上がるよう...
という、『ドン・キホーテ』を、手堅く聴かせてくれる、トドロフの指揮、ソフィア国立歌劇場管の演奏。派手さは無いものの、東欧のローカルなオペラハウスの手堅さが、ちょっと懐かしいトーンを紡ぎ出して、程好く素朴なサウンドが、味わいを生むのか... そうしたサウンドを巧みに繰って、ひとつひとつのナンバーを丁寧に響かせ、ミンクスの音楽の組成を詳らかにするような、トドロフ。スペインのカラフルさ、ウィーンの弾けるダンス、ハプスブルク帝国の東方性に漂う仄暗さ、ロシアの重厚感、そして、フランスのバレエの花やぎ!ルートヴィヒ、"レオン"、"フョードロヴィチ"、様々な名前を持つミンクスの音楽のありのままを、そのまま綴ってしまったようなナチュラルさ... バレエとして見るのではない、音楽として聴くからこそ敏感になる感覚に、さり気なく応えるトドロフ、ソフィア国立歌劇場管の『ドン・キホーテ』は、素敵。しかし、19世紀のバレエ音楽は楽しい!踊るための音楽の理屈抜きの表情の豊かさは、もっともっと聴かれていいように感じるのだけれど... 版の問題やら、安易な編曲やら、手が様々に加えられ過ぎているバレエ音楽だけに、オリジナルにこだわるクラシックでは、忌避されがち?いや、もっとシンプルに、バレエ音楽の楽しさを響かせられたならなァ。

MINKUS: Don Quixote

ミンクス : バレエ 『ドン・キホーテ』

ナイデン・トドロフ/ソフィア国立歌劇場管弦楽団

NAXOS/8.557065




nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。