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スペイン、それはロマン主義のワンダーランド... 『エルナーニ』。 [before 2005]

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19世紀、スペインを大きく揺さぶったのが、王位継承問題... 元来、イベリア半島には、スペインを成立させたイザベル女王を筆頭に、多くの女王がいたのだけれど、18世紀、フランスからやって来たボルボン王家は、女性による王位継承を禁じた、フランスのサリカ法をスペインに持ち込んで、女王の誕生を封じていた。が、国王、フェルナンド7世(在位 : 1808, 1813-33)は、45歳にして、やっと授かったイザベル王女の誕生を機に、サリカ法を破棄(1830)。次の王として既定の存在であった、弟、モリナ伯、カルロスを、国外へと追放してしまう。しかし、その3年後に、国王が世を去ってしまい、3歳になる前のイザベル王女が、母を摂政に、イザベル2世(在位 : 1833-68)として女王に即位。そして、その叔父にあたるカルロスもまた、亡命先のポルトガルで、国王に即位。この王位継承を巡る王家の対立が、自由主義vs保守主義、資本家vs地主+教会、中央vs地方といった諸問題を絡め取り、内戦に突入。3次にも渡るカルリスタ戦争(カルリスタ=カルロス支持派、でもって、この戦争、日本の戊辰戦争に似ている?新政府=イザベルvs幕府=カルロスという構図... )が勃発する。そんな、王位を巡って戦争が起きるというスペインの時代錯誤に、近代国家へと着実に歩みを進めていたヨーロッパ各国は、ある種のロマンを見たか?19世紀、ロマン主義の時代に浮かび上がるスペイン・ブームには、単なるエキゾティシズムばかりでない、リアルなロマン主義の現場として捉えていた芸術家たちの眼差しがあったように感じる。
ということで、時事オペラのようだったビゼーの『カルメン』に続いて、スペインのロマンが際立つヴェルディの歴史劇!プラシド・ドミンゴ(テノール)、ミレッラ・フレーニ(ソプラノ)、レナート・ブルゾン(バリトン)、ニコライ・ギャウロフ(バス)ら黄金時代のスターたちと、リッカルド・ムーティが率いたミラノ・スカラ座で、ヴェルディのオペラ『エルナーニ』(EMI/7 47083 8)を聴く。

ヴェルディのオペラをざっと見渡すと、何気にスペインを舞台とした作品の存在が際立つように思う。まず、アラゴンを舞台に、ギリシア悲劇を思わせる、知らず知らずの内に肉親同士で争いカタストロフを招く『イル・トロヴァトーレ』(1853)があって、スペインの侯爵令嬢の身分違いの恋が、思いも掛けず運命を狂いに狂わせて、救いの無い『運命の力』(1862)があって、カルリスタ戦争を思わせる、スペイン王家内の愛憎が沸点に達し不可解な結末をもたらす『ドン・カルロス』(1867)があって、さらに細かく見て行くと、スペインの植民地となったペルーを描く『アルツィラ』(1845)に、アラゴン王国のシチリア進出の切っ掛けとなる『シチリアの夕べの祈り』(1855)があったりと、スペインからヴェルディを見つめれば、また違ったおもしろい風景が浮かび上がって来る気がする。で、それら、みな見事にドラマティックで、熱い!ビゼーの『カルメン』のように、解り易いスペイン調のリズム、メロディーは聴こえて来ないものの(『ラ・トラヴィアータ』では、フローラの夜会で、スペインの出し物が披露されるのだけれど... )、スペインという地が放つロマンティックな熱さが、ヴェルディの音楽性と共鳴して、ただならないパワーを生み出すのか... そして、そのパワーが最も派手に炸裂するのが、ここで聴く『エルナーニ』かなと...
ちょうど、第1次カルリスタ戦争(1833-1740)と、第2次カルリスタ戦争(1846-49)の間にあたる頃、1842年、ミラノ、スカラ座で初演された『ナヴッコ』が大成功したヴェルティ。一躍、人気作曲家にとなり、翌1843年には、ヴェネツィア、フェニーチェ劇場からも委嘱を受けることに... そうして作曲されたのが、フランスにロマン主義を打ち立てたユーゴーの戯曲『エルナニ』(1830)を原作としたオペラ、『エルナーニ』。カルロス1世(在位 : 1516-56)の即位により、外からやって来た新しい王朝、アブスブルゴ朝が成立する頃、『イル・トロヴァトーレ』と同じ、アラゴンを舞台に、今は山賊として活動する没落貴族、エルナーニと、その恋人、エルヴィーラの困難な恋を軸に、カルロス1世(劇中では、イタリア風にカルロ... )も登場して、中央集権化と地方の没落と反乱を重ね、熱いドラマを繰り広げる(って、そのまま当時のスペインと重なる!)。というオペラは、1844年に初演され、大成功!いや、わかる!ヴェルディ、30歳、5作目のオペラということで、まだまだ若さが滾っていて、とにかく、最初っから、キャッチーで、テンションの高い音楽が次々に繰り出されて、緩むところが無い!いやもう全曲全力投球の音楽に、びっくりさせられるばかり... で、全曲全力投球なものだから、作品を代表するアリアに魅了される、というような暇は無く、全てに魅了されずにいられないという、凄まじさ!だもんだから、全編があっと言う間!
一方で、物語は、悪役と味方が幕ごとに入れ替わり、入り組んでいて、また因習に囚われた登場人物たちの独特な在り様(ハッピーエンドの最中、最後、エルナーニは、なんで自害すんのよ?!)に、取っ付き難さがあるのだけれど、当時としては、ここが肝だったように思う。18世紀、啓蒙主義の時代があり、フランス革命(1789)を経験し、19世紀、いよいよ近代化の波がヨーロッパ中へと広がって、人々の意識も変革されて行く中で、因習に囚われた登場人物は、かつての仄暗い記憶を思い起こさせるトリガーだったか?一見、荒唐無稽に思える物語(ヴェルディにおいては、まさにスペインを舞台とした作品の数々!)も、観衆の心をザワつかせる仕掛けだったと言えるのかも... いや、ロマン主義とは、ズバリ、心がザワつくもの... というより、心を掻き乱されるものか... 18世紀、古典主義の洗練と端正さへのカウンター・カルチャーとしての19世紀、ロマン主義の存在を改めて見つめれば、不器用で、田舎臭く、泥臭く、もがき苦しんで、時に荒唐無稽であることも正解。スペインのような王位を巡る戦争に至らずとも、新しい時代へと脱皮を果たすにあたり、様々な闘争が巻き起こっていた19世紀、ヨーロッパ。ヴェルディにとってはイタリア統一運動、リソルジメントがあって、オーストリアの影響下に置かれたイタリア半島の閉塞感の中で、心を掻き乱すスペインの熱さは、刺激的な創作のスパイスだったのかもしれない。
で、そのスパイシーさを徹底して味あわせてくれる、若きムーティ!1982年のライヴ録音ということで、かつてのムーティの猪突猛進と、否が応にも熱くなるライヴ感が、たまらない!まさに、心、掻き乱される『エルナーニ』!ヴェルディの国のDNAと魂が見事に連動して、オーケストラ、歌手、コーラス、ひとつ火の玉となって、飛んで行くような、凄まじいパフォーマンスに、言葉が無い。いや、ひとつ火の玉にするムーティのタクトがただならない。猪突猛進を制御し切って、最後の瞬間までパワーを漲らせる熱量って、どんだけなんだよ... そんなムーティの下、見事な歌声を披露するスターたち!ドミンゴ(テノール)は、翳を帯びたヒーローを瑞々しく歌い切り、フレーニ(ソプラノ)は、凛とした佇まいを見せ芯の通ったヒロイン像が印象的で、ギャウロフ(バス)の迫力ある悪役っぷり、王様、ドン・カルロを歌うブルゾン(バリトン)の、どこか飄々とした艶っぽさもおもしろく、しっかりドラマを引き立てる。それにしても、理屈抜きに惹き込まれるムーティの『エルナーニ』。まるで衝動の塊となって突き進むかのようなその音楽は、ロマン主義そのものに感じられて、圧倒される。

VERDI
ERNANI
MUTI

ヴェルディ : オペラ 『エルナーニ』

エルナーニ : プラシド・ドミンゴ(テノール)
ドン・カルロ : レナート・ブルゾン(バリトン)
シルヴァ : ニコライ・ギャウロフ(バス)
エルヴィーラ : ミレッラ・フレーニ(ソプラノ)
ジョヴァンナ : ヨランダ・ミキエーリ(ソプラノ)
ドン・リッカルド : ジャン・フランコ・マンガノッティ(テノール)
ヤーゴ : アルフレード・ジャコモッティ(バス)

リッカルド・ムーティ/ミラノ・スカラ座

EMI/7 47083 8




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ガーゴイル

カルリスタは本当はキリスト教の機関である。
by ガーゴイル (2021-01-24 20:10) 

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