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スペインの19世紀のリアル、『カルメン』の衝撃... [before 2005]

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建国から一気に世界帝国に上り詰め、ヨーロッパの盟主となったスペインだったが、黄金期は長く続かず、じりじりと凋落。18世紀初頭、ヨーロッパ列強の介入を招いてのスペイン継承戦争(1701-13)があって、さらには、19世紀初頭、ナポレオンの侵攻で始まる半島戦争(1808-14)では、まさにイベリア半島が戦場となり、親仏、反仏で国内をも引き裂き、悲劇的な事態へと陥って行く。そうして幕を開けたスペインの19世紀は、保守反動と自由主義の間で揺れ、ボルボン王家内の王位継承争いに端を発する内戦、3次に渡るカルリスタ戦争(1833-40, 1846-49, 1868-76)があり、九月革命(1868)では、王家がフランスに亡命、イタリアから新しい王(1871-73)を迎えたかと思えば、結局、ボルボン王家が復帰することとなり、内政はただひたすらに不安定化。そうした隙を突くように、南米の植民地では独立戦争が続き、世界帝国は完全に過去となる。一方で、そんな混沌の只中にあったスペインこそが、ヨーロッパの芸術にインスピレーションを与えたていたから、興味深い。
ということで、19世紀、ヨーロッパの芸術界で盛り上がったスペインに注目... クラウディオ・アバドの指揮、ロンドン交響楽団の演奏、テレサ・ベルガンサ(ソプラノ)のカルメン、プラシド・ドミンゴ(テノール)のホセ、シェリル・ミルンズ(バリトン)のエスカミーリョで、ヨーロッパにおけるスペインのアイコン、ビゼーのオペラ『カルメン』(Deutsche Grammophon/419636-2)を聴く。

1872年、パリ、オペラ・コミック座で初演された『ジャミレー』は、成功とはならなかったものの、その年の内にオペラ・コミック座から新たな作品を依頼されたビゼー。そこで目を付けたのが、メリメの小説『カルメン』(1845)。1873年には作曲を開始し、翌年には完成させる。で、興味深いのは、『カルメン』を作曲している最中、パリ、オペラ座からコルネイユの戯曲『ル・シッド』(1637)のオペラ化を委嘱されたこと... コルネイユは、バロック期に活躍したフランス悲劇の巨匠だけれど、描かれるル・シッドは、中世、イベリア半島で活躍した、イスラム勢力と戦ったレコンキスタの騎士、"エル・シッド"(ロドリーゴ・ディアス・デ・ビバール)。当然、スペインが舞台。となると、1873年、ビゼーの手元には、現代のスペイン(『カルメン』)と、中世のスペイン(『ル・シッド』)を描いた2つの台本があったわけだ。いや、スペインは本当に人気だったのだなと... そこには、エキゾティシズムを越えた視点を見出せるように思う。スペイン調のスパイシーなリズムばかりでなく、動乱の中に浮かび上がるロマンティックなドラマ!女王とその叔父が王位を争っての内乱があり(それは『ル・シッド』で描かれる権力を握った人たちの複雑な人間関係に通じる?)、地方で政治空白が生まれ、アウトローたちが蠢き出す(まさにカルメンたち!)。ピレネー山脈越しに見る19世紀のスペインは、ロマン主義がリアルに展開する場所だったと言えるのかもしれない。さて、ビゼーの『ル・シッド』なのだけれど、『ドン・ロドリーグ』のタイトルで準備が始まるも、オペラ座(現在、オペラ座として知られるガルニエ宮の前の劇場、オペラ・ル・ペルティエ... )が火事で焼失。『ル・シッド』のオペラ化の話しは流れてしまう。が、ガレによる台本は、後にマスネが『ル・シッド』として作曲し、1885年、オペラ座で初演されている。
さて、『カルメン』に話しを戻しまして... 改めて『カルメン』のストーリーを見つめると、何とも生々しい。1幕(disc.1)、スペイン南部、アンダルシア地方、セヴィーリャにあるタバコ工場で働く蓮っ葉な女工たち、それに群がる街の男たち、そして、遠巻きに見つめるバスク出身の衛兵隊の伍長、ホセ、自由に生きるからこそトラブル・メーカーとなるジプシーの女、カルメン... 華麗なるオペラとは一線を画す、19世紀のスペインのリアルを切り取る風景。様々な背景を持つ人々、それも周縁にいる人々で織り成すドラマは、単なるエキゾティシズムに終わらない、四半世紀先のヴェリズモ・オペラを先取りするような、あるいは、半世紀先の社会主義リアリズムすら感じさせるような、ヒリヒリとした感覚があって、今、改めて見返してみると、ドキドキさせられる思いがする。また、3幕、1場(disc.3, track.1-13)に登場する、山の中に潜む密輸団の存在も、当時のスペインの政情不安を知れば、大いに腑に落ちるものがあって、エキゾティシズム以上に、スリリングな地としてのスペイン像も炙り出されるのか... ファム・ファタルの誘惑ばかりでなく、時事オペラ的な性格も孕んで、切っ先の鋭いドラマを当時の客席に突き付けたのだろう。1875年、3月3日、オペラ・コミック座での初演は、戸惑いに充ちたものとなる。ビゼー、渾身のオペラは、その当時、あまりに過激だったせいで、芳しい結果を得ることは無かった。それからしばらくして、セーヌ川で泳いだのが悪かったか、5月末に持病のリウマチを悪化させてしまったビゼー、心臓発作を起こし、6月3日、急死してしまう。しかし、『カルメン』は、その年の秋にウィーンで上演され、フランスの外で人気に火が付く。さらにはニーチェら、多くの芸術家に刺激を与え、フランス・オペラの代名詞として知られるようになる。
という『カルメン』を、1977年の録音、アバドの指揮、ベルガンサ(メッゾ・ソプラノ)のカルメン、ドミンゴ(テノール)のホセという、スペインの黄金コンビで聴くのだけれど... ウーン、唸ってしまう!何と言っても、みんな若い!若いからこその、生々しさが、見事に『カルメン』の本質を突くようで、今を以ってしても、ゾクゾクさせられる。まず、アバドの、いや、アバドなればこその、緻密で無駄の無いドラマ作りの見事さ!破滅へと突き進む悲劇性を、チープさを大事に、リアルに追うあたりは、まるでドキュメンタリーを見るよう。そんなアバドに応える、ロンドン響の卒の無い演奏!グランド・オペラとは違う、オペラ・コミックならではの、ある種のドライさを巧みに引き出し、オペラにして、オペラを越えるリアリズムを紡ぎ出す妙... オペラ座のオーケストラではなく、交響楽団から見つめるニュートラルなビゼー像が浮かび上がり、新鮮。そして、スターたち!ドミンゴ(テノール)が若い!若くて素朴!田舎の好青年を見事に表現して、ファム・ファタルにころっといってしまうあたり、納得。一方の、ベルガンサ(メッゾ・ソプラノ)は、彼女ならではの丁寧さを以ってカルメンを歌い上げて、ドミンゴのホセの素朴に釣り合いが取れるような、表情に留めているのが印象的。ドラマ全てを呑み込んでしまうような妖艶さではない、ある意味、身近に感じるファム・ファタル感が絶妙なのかも... なればこそ、生まれる、リアル。リアルに感じて、本当の凄さを知る『カルメン』。ビゼーの音楽の魅惑の向こうに、恐い本性が浮かぶよう。

BIZET: CARMEN
CLAUDIO ABBADO


ビゼー : オペラ 『カルメン』

カルメン : テレサ・ベルガンサ(メッゾ・ソプラノ)
ホセ : プラシド・ドミンゴ(テノール)
エスカミーリョ : シェリ・ミルンズ(バリトン)
ミカエラ : イレアナ・コトルバス(ソプラノ)
フラスキータ : イヴォンヌ・ケニー(ソプラノ)
メルセデス : アリシア・ナフェ(メッゾ・ソプラノ)
スニーガ : ロバート・ロイド(バス)
モラレス : スチュアート・ハーリング(バリトン)
ダンカイロ : ゴードン・サンディソン(バリトン)
レメンダード : ジェフリー・ポグソン(テノール)
アンドレアス/案内人 : ジャン・レネ(バリトン)
売り子 : シャーリー・ミンティ(ソプラノ)
ジプシー : レスリー・ファイソン(バリトン)
リーリャス・バスティア : ジョージ・メイン(バリトン)
アンブロジアン・シンガーズ
ジョージ・ワトソンズ・カレッジ・ボーイズ・コーラス

クラウディオ・アバド/ロンドン交響楽団

harmonia mundi/HMU 807553




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