SSブログ

スペインの庭の夜の芳しさ!民族主義と印象主義のマリアージュ。 [before 2005]

0630147752.jpg
ピレネー山脈の向こう側はアフリカである。と言ったのは、ナポレオン... そこには、侮蔑の意味が籠められていたわけだけれど、そういう西欧中心主義的な価値観を離れて、より大きな文明の流れから捉えれば、ピレネー山脈の向こう側、イベリア半島には、アフリカくらい大きなスケール感を持った、ダイナミックな異文化交流を見出せる。古代、東地中海からフェニキア人が交易にやって来て、アルプス北麓に端を発するケルト文化が広がって、ギリシア人たちは植民都市を建設し、北アフリカからはフェニキア系のカルタゴが進出し、カルタゴがローマに敗れると、イベリア半島はローマの一部となって、その高度な文化を享受する。が、ゲルマン民族がなだれ込んで、事態は一変... 中世、西ゴート王国がイベリア半島に根を下ろし、キリスト教文化が栄えると、イスラム勢力がジブラルタルを渡って来て、イベリア半島のほとんどを制圧。今度は、イスラム文化の一大拠点に!一方、キリスト教徒による国土回復運動、レコンキスタもじわりじわりと進んで、サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路が開設されれば、ヨーロッパ中から巡礼者を集め、その巡礼たちが文化を運び、さらに、すぐ傍にある先進的なイスラム文化をも取り込んで、イベリア半島は、西欧よりも一歩進んだ文化的環境を創り出す。そうしてルネサンスを迎えれば、大航海時代の到来!喜望峰を回り、大西洋を渡り、イベリア半島の文化は、世界中へと広がって行くわけだ。という風に見て来ると、ヨーロッパの西の果てでありながら、実は、文明の十字路としてのイベリア半島の姿が浮かび上がる。なればこその際立った個性があり、ステレオタイプからは捉えることのできない多様さがあり、何より、ピレネー山脈のあちら側、西欧では生まれ得ない、芯から息衝く鮮烈さを発し、虜とする。
そうした個性と多様性を感じさせてくれる、スペインの国民楽派の音楽... ジャン・フランソワ・エッセールのピアノ、ヘスス・ロペス・コボスの指揮、ローザンヌ室内管弦楽団の演奏で、ファリャの『スペインの庭の夜』、アルベニスのスペイン狂詩曲と幻想的協奏曲、トゥリーナの交響的狂詩曲という、スペインを素材とした協奏的作品、4曲(ERATO/0630-14775-2)を聴く。

中東欧に興った国民楽派の波は、19世紀末、ピレネー山脈を越えてスペインにも到達し、また魅惑的な音楽が生み出される。何より、それまでのエキゾティシズムが捉えた「スペイン」ではない、スペインの作曲家たちによる、スペインが展開されるあたりは、今を以ってしても新鮮な印象を受ける。そもそも、スペインという地が新鮮に感じられるように思う。古代から現在に至るまで、けしてひとつのイメージに留まることなく、変容を続け、より幅のある文化の集積地として、一筋縄では行かない雰囲気を醸し出す。カタルーニャのような際立った存在が含まれるのも、極めてスペイン的なことなのかもしれない(一方で、そういう多様性を「スペイン」の名の下にひとつに統合してしまおうという中央政府の近頃の姿勢は、20世紀の安直さを思い起こさせて、無粋かなと... )。そして、そのスペインの多様さを、丁寧に、しなやかに捉えようとするスペインの国民楽派の音楽は、他の地域の国民楽派の音楽より、ポエジーが感じられる気がする。民俗音楽を引き込んでスタイルとするばかりでなく、そこに気分や雰囲気をさり気なく籠めて、より味わい深い音楽を織り成す。ロマン主義の延長線上にある中東欧の国民楽派から一歩遅れたがゆえの、近代音楽と結びついて獲得したより自由な音楽表現も大きいのかもしれない。
ということで、1曲目、アンダルシア人、ファリャの交響的印象『スペインの庭の夜』(track.1-3)... 1907年、最新の音楽を学ぶためパリへと出たファリャが、パリで活躍していたカタルーニャ人のピアニスト、ビニェス(当時のフランスの作曲家たちのミューズ的存在で、ファリャとラヴェルはビニェスを巡り恋敵の関係にあったとか... )と知り合い、彼のために夜想曲を書き始める。が、間もなく、夜想曲は協奏曲へと拡大され、1914年、第1次大戦の勃発により、ファリャがスペインに帰国した翌年に完成、1916年、マドリッドで初演される。ドビュッシーの夜想曲や『映像』のイベリア、ラヴェルのスペイン狂詩曲に連なる上質な印象主義を展開しながら、アルハンブラ宮殿(ナスル朝のスルタンの居城で、世界遺産にもなっている名イスラム建築... )といったアンダルシア地方の美しい庭の情景を瑞々しく描き出す、『スペインの庭の夜』。その音楽、フランスの作曲家たちとは一味違う、より濃密な雰囲気と、匂い立つような色彩を放って、聴く者を眩惑して来る。15世紀末までイスラム系の王朝が支配していただけに、スペインでも特にエキゾティックな表情を見せるアンダルシアのテイスト... 時にオリエンタルで、それがまたミステリアスで、絶妙に"夜"と響き合い、聴く者のイマジネーションを刺激して来る。いや、もう最初の一音から魅惑的!民俗的なセンスが、こうも印象主義に融け込むのかと感心させられる。で、融け込んで際立つ民俗色... ファリャにとっての印象主義は、まるで蒸留機のよう... より純度の高いアンダルシアを抽出する手段なのかもしれない。そして、その香り高さに酔わされる!その香りに包まれれば、まさに夜の庭を歩くかのような心地に...
で、ファリャの後に聴くのが、カタルーニャ人、アルベニスの2の作品。ファリャの前の世代、スペインにおける国民楽派を切り拓いたアルベニスの音楽は、まだまだロマン主義の傾向が強く、特に、幻想的協奏曲(track.5-7)は、19世紀のヴィルトゥオーゾ・コンチェルトのような風格を湛え、よりロマンティック... それでも、時折、顔を覗かせる、スペインらしい朗らかさがさり気なく、スペインの国民楽派としての魅力が光る。一方で、その前に取り上げられるスペイン狂詩曲(track.4)では、スペインのならではの魅力がくっきりと現れ、さらに、オリジナルの瑞々しいピアニズムが、オーケストラ・サウンドへと巧みに拡大され、ピアノ独奏と絶妙な音楽を織り成す。ところで、ピアノとオーケストラにより、この作品が取り上げられる時は、ハルフテル版が一般的?って、ちょっと、そのあたり疎いのだけれど、ここで聴くエネスク版は、パリで活躍したエネスクならではの小粋でポップな気分が独奏ピアノをきちんと引き立てつつ、ピアノの音色を大事にアレンジされているのが印象的。何より、オーケストラが、オリジナルの良さを邪魔しないのが、断然、魅力的!さて、最後に、アンダルシア人、トゥリーナの交響的狂詩曲(track.8)が取り上げられのだけれど、どこかエネスクにも通じるポップさが窺えるその音楽... トゥリーナもまたパリで学んでおり、フランス的な明晰さが端々に感じられ、そうして表現されるスペインは、キラキラと輝く。
そんな、スペインの国民楽派の作品を弾く、スペインものを得意とするフランスのピアニスト、エッセール... その明晰なタッチが、フランスと縁のある3人の作曲家のフランス仕込みを楚々と引き出して、「スペイン」のイメージをより豊かに響かせるのか... スペインを際立たせることなく、音そのものをイメージから解き放ち、かえって芳しいものとする巧みさ!ロペス・コボスの指揮、ローザンヌ室内管の、これまたフランス語圏のサウンドの、品良く華やいで麗しい演奏も効いていて、エスプリを感じさせながら、作品をよりニュートラルに捉え、際立つ、スペインの国民楽派の達者な筆致!改めて魅了されてしまう。しかし、19世紀生まれのスペインの作曲家たちの、しなやかな音楽性の輝かしいこと!カタルーニャ人、アルベニスは、ことさらカタルーニャを強調せず、さらりとスペイン全体を歌い、アンダルシア人、ファリャとトゥリーナは、アンダルシア名物、フラメンコ調を下手に繰り出すようなことはしない... イベリア半島の多様性を、当たり前のように行き来する3人の作曲家たちの姿を見るにつけ、スペインはいつから変節してしまったのかと、ちょっと切なくなる。

FALLA / ALBÉNIZ / TURINA / WORKS FOR PIANO AND ORCHESTRA
HEISSER / ORCHESTRE DE CHAMBER DE LAUSANNE / LOPEZ-COBOS

ファリャ : 交響的印象 『スペインの庭の夜』
アルベニス : スペイン狂詩曲 Op.70 〔オーケストレーション : エネスコ〕
アルベニス : 幻想的協奏曲 Op.78
トゥリーナ : 交響的狂詩曲 Op.66

ジャン・フランソワ・エッセール(ピアノ)
ロペス・ヘスス・コボス/ローザンヌ室内管弦楽団

ERATO/0630-14775-2




nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。