リヒャルト・シュトラウス、変奏で描き出すドン・キホーテの遍歴。 [2016]
近頃、政治の世界を見渡すと、後先考えない言動、行動に充ち満ちていて、訳がわからなくなる。でもって、何のための政治なのか、まったくわからなくなる。それは、日本ばかりではなくて、太平洋の向こう岸(能無しか、能無しじゃないかって言ったら、能無しだって、みんな知っているよ... そもそも、こんな論争をしている段階で能無しだから... )しかり、北の将軍様(もはや、どうしたいのかすらわからない... )しかり、最近では、建設中の教会で有名な街の州首相の猪突猛進(せめて、スコットランドくらいの準備をしてから、独立とか言い出しなさいよ!)っぷりに、世界が呆れかえっているわけだけれど... いやはや、政治の世界というのは、ドン・キホーテばかりだなと... というより、ドン・キホーテでなくては、政治家は務まらない?ドン・キホーテのように、正気を失っていなくては、政治なんて無理?いやいやいや、風車に突っ込んでいる暇があったら、21世紀のリアルに向き合え!
なんて、愚痴も言いたくなります。うるさい選挙カーなんかが通り過ぎて行くと... そんな騒音を掻き消すためにも、楽しい音楽を聴く!ということで、音楽のドン・キホーテ... トルルス・モルクのチェロ、佐々木亮のヴィオラ、パーヴォ・ヤルヴィ率いるNHK交響楽団の演奏で、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」(RCA RED SEAL/SICC 19020)を聴く。
さて、チェロのための音楽をバッハから現代まで、いろいろ聴いて来た、この秋。改めてチェロという楽器と向き合って感じたのは、その表現の幅の凄さ!一筋縄には行かない複雑さがあり、なればこそ、豊かな表情を次々に繰り出せて... というあたり、19世紀のロマン主義にぴったりのように感じたのだけれど、19世紀の作曲家たちには、地味に映ってしまったチェロという存在... そのあたり、もどかしい思いがするのだけれど、19世紀末になると、雰囲気は変わり出し、1895年、普及の名作、ドヴォルザークのチェロ協奏曲が誕生する。さらに、ロマン主義=チェロを象徴するような作品が登場する。それが、1897年に作曲された、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」(track.1-14)。ドン・キホーテをチェロが、サンチョ・パンサをヴィオラが担い、お馴染みの物語を丁寧に描き出すという、交響詩だけれど、協奏曲の要素があって、無言劇の雰囲気もあるという、おもしろい音楽。で、副題には、"大管弦楽のための騎士的な性格の主題による幻想的変奏曲"という、随分と仰々しいことが謳われているのだけれど、いや、改めて聴いてみると、言い得て妙。まさに!の音楽が繰り出される。
1890年代、交響詩の作曲家として頭角を現したリヒャルト。「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(1895)、「ツァラトゥストラはかく語りき」(1896)と、代表作とも言える作品を次々に発表しての「ドン・キホーテ」(track.1-14)は、それまでの勢い余るような姿勢から一歩引いて、落ち着きを見せる。一方で、その作りは、見つめれば見つめるほど凝っているように感じられ、交響詩として、極めて描写的な音楽を展開しながら、副題が示す通り、変奏曲の形を採り、その変奏に、ドン・キホーテの遍歴を重ねるという、膝を打ちたくなるような巧さ!また、ドン・キホーテというキャラクター自体がロマン主義を象徴し、その向こう見ずな姿を丁寧に追えば、やはり向こう見ずだったロマン主義の時代を回顧するようでもあり、19世紀音楽の集大成のよう。それでいて、ドン・キホーテの物語には、原作からして、すでにノスタルジーが漂うわけだけれど、それを題材にした音楽にもまた、作曲された時代のノスタルジーが漂い、それぞれのノスタルジーが共鳴し、より聴く者の心を刺激してくるのか... ウーン、リヒャルトの音楽の真骨頂というのは、このノスタルジックさなのかなと、改めて感慨を覚える。
という「ドン・キホーテ」を、モルクのチェロと、N響の首席ヴィオラ奏者、佐々木のソロ、パーヴォ+N響の演奏で聴くのだけれど、いやー、おもしろい。パーヴォの明晰にして斬新なアプローチ、N響のハイテク感を以ってすれば、こんな感じのリヒャルトだろうなァ。なんて、漠然と思っていると、その斜め上に演奏を引き上げてしまうのが、鬼才、パーヴォ。何だろう、この丁寧さ... まるで、魔法掛かった人形遣いが、驚くほど精緻な人形劇を仕掛けるような、ドラトゥルギー。一瞬一瞬の表情が、驚くほど解り易く描かれ、ドン・キホーテのピュアは引き立ち、一切の曇りの無いポジティヴな楽しさが、しなやかに描かれる。そうして、惹き込まれる。惹き込まれて、はっと気が付けば、その世界に吸い込まれているような、鮮やかなヴィジュアリティで、聴く者を包んでしまう。それは、パーヴォのベートーヴェンのツィクルスを思い起こす感覚... 呑み込むまで、ちょっと戸惑いを覚えるものの、呑み込めてしまうと、俄然、視界は広がり、真新しいリヒャルト像に、驚かされることに... リヒャルトならではのゴージャスなオーケストラ・サウンドが、室内楽的により親密に響き出し、何か次元の違うリヒャルト像を穿つ。
で、「ドン・キホーテ」の後には、「ティル... 」(track.15)、『ばらの騎士』組曲(track.16)が続くのだけれど、「ドン・キホーテ」からの流れが、見事に活かされて、丁寧にして、活き活きとしたドラマをそれぞれで見せてくれる。特に、『ばらの騎士』組曲(track.16)は、まるで、オリジナルのオペラを見るかのようで、歌は聴こえないのに、ドラマが瑞々しく浮かび上がる!歌手がいて、芝居をして... N響の演奏から、こうも舞台上の表情が見えて来るものなのかと、驚かされてしまう。いや、とうとうオペラに乗り出した、マエストロ、パーヴォのオペラ・シフトが、絶妙に効いているのかもしれない。というより、パーヴォ+N響で『ばらの騎士』が見たい!絶対、素敵な舞台になるはず... そんなことを思わせる組曲って、最高!
R.シュトラウス 交響詩チクルス | 2 | ドン・キホーテ ティル・オイレンシュピーゲル&ばらの騎士 | パーヴォ・ヤルヴィ NHK交響楽団
■ リヒャルト・シュトラウス : 交響詩 「ドン・キホーテ」 Op.35 **
■ リヒャルト・シュトラウス : 交響詩 「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」 Op.28
■ リヒャルト・シュトラウス : 『ばらの騎士』 組曲
パーヴォ・ヤルヴィ/NHK交響楽団
トルルス・モルク(チェロ) *
佐々木 亮(ヴィオラ) *
RCA RED SEAL/SICC 19020
■ リヒャルト・シュトラウス : 交響詩 「ドン・キホーテ」 Op.35 **
■ リヒャルト・シュトラウス : 交響詩 「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」 Op.28
■ リヒャルト・シュトラウス : 『ばらの騎士』 組曲
パーヴォ・ヤルヴィ/NHK交響楽団
トルルス・モルク(チェロ) *
佐々木 亮(ヴィオラ) *
RCA RED SEAL/SICC 19020
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