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テレマン、最晩年の最新式、劇的カンタータ『イーノ』。 [before 2005]

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テレマン、没後250年のメモリアルということで、テレマンを聴いて来た今月前半、その最後に、晩年の力作、劇的カンタータ『イーノ』を聴いてみようかなと... という前に、テレマンが世を去った、今から250年前、1767年とは、どんな年だったのか?35歳のハイドン(1732-1809)は、エステルハージ侯爵家の楽長に昇格して1年が経ち、11歳になったモーツァルト少年(1756-91)は、最初のオペラを作曲。ベートーヴェンの両親はボンで結婚式を上げ、その3年後にベートーヴェン(1770-1827)は生まれる... という風に見つめると、御長寿、テレマンの存在は、実に興味深い。バッハ(1685-1750)よりも4つ年上の、ドイツ・バロックの大家は、バッハが逝って17年が経った、古典主義の時代の入口を眺めることができたわけだ。いや、今から250年前の86歳って、凄い... と、同時に、バロックから古典主義へとうつろう、18世紀の時代の流れにも驚かされる。
ということで、1765年、テレマン、84歳の作品、未だ新しさを追求した驚くべき音楽!ラインハル・ゲーベル率いる、ムジカ・アンティクワ・ケルンの演奏、バルバラ・シュリック(ソプラノ)の歌で、テレマンの劇的カンタータ『イーノ』(ARCHIV/429 772-2)を聴く。

さて、『イーノ』の前に、同じ、1765年に作曲された、ニ長調の序曲(track.1-7)が取り上げられるのだけれど、まず、この音楽に驚かされる!それは、テレマンが、いろいろ作品を受注したダルムシュタットの宮廷の主、ヘッセン・ダルムシュタット方伯、ルートヴィヒ8世(在位 : 1739-68)に捧げた作品とのこと... で、狩好きの方伯のために狩猟ホルンが加えられ、始まりの序曲では、牧歌的な田園風景の中で勇壮な狩りが繰り広げられる情景を巧みに描き出されていて、テレマンらしい器用な筆遣いに、さすが!となる。が、最も興味深い点は、その牧歌的な佇まい... ちょっと、ベートーヴェンの「田園」(1808)を予感させるところもあって、その大本である古典主義の時代に流行したパストラル・シンフォニーに通じる感覚を見出せる。いや、これが時代の気分だったかなと... 自然へ帰れと訴えたルソー、自然のありのままを切り取ったイギリス式風景庭園の流行、感情を表に出す文化思潮、疾風怒濤の興隆、格式張ってしまったバロックは過去となり、よりナチュラルな形があらゆる場所で求められた新しい時代を瑞々しく感じさせてくれるニ長調の序曲。時代を読むテレマンの鋭敏な感性は、80代を迎えてもまったく衰えていないことを示している。一方で、若い頃の軽快でキャッチーな音楽とはまた一味違うトーンがあって、長い音楽人生を歩んで来ての落ち着き、深みが、そこはかとなしに感じられ... で、テレマンの凄いところは、そういう自身の心境の変化をも、時代の気分に擦り合わせてしまう自在さ!落ち着き、深みを以って、新たな時代のスケールの大きな音楽に昇華し、古典派の交響曲の時代に先鞭を付けるかのよう。3曲目、レジュイサンス(track.3)や、最後のメヌエット(track.7)には、ハイドン、モーツァルトの交響曲の楽章を思わせる感覚がある。
しかし、『イーノ』の先進性は、より明確で、もはやテレマンとは思えないほど... ギリシア神話を題材にした劇的カンタータ『イーノ』(track.8-16)は、ゼウスとセメレの間に生まれた子、デュオニソスを密かに育てたボイオティアの王妃、イーノを題材に、妹の息子、甥にあたるデュオニソスを育てたばかりに、ゼウスの正妻、ヘラに恨まれ、運命を狂わされてしまう場面を歌う。で、"劇的"とわざわざことわるだけあって、のっけからドラマティック!始まりのレチタティーヴォ・アッコンパニャート(track.8)は、完全にバロックを脱し、グルックの改革オペラのそれであり、まさに疾風怒濤のオペラ... テレマンは、1726年に初演した『オルフォイス』で、すでにオペラ改革を予感させる音楽を生み出していたけれど、あれから39年、この『イーノ』は、まさにオペラ改革の時代の音楽。グルックの『オルフェオとエウリディーチェ』(1762)がウィーンで初演されて3年後の1765年の作品となると、テレマンの進取の気性は、本当に凄いなと... 何より、最新のスタイルを自らの音楽として響かせることのできる柔軟性は、ただならない。これを21世紀の音楽シーンに置き換えるなら、84歳のおじいちゃんが、初音ミクのブログラミングに挑んで、あっさりとやってのけちゃいましたけど、何か?みたいな感覚だろうか... 何より、そのドラマティックな音楽の見事さ!グルックの『トーリードのイフィジェニ』(1779)や、モーツァルトの『イドメネオ』(1781)にも負けない緊張感と表情の豊かさ... となると、カンタータではなく、オペラを聴いてみたくなってしまう... 独白と化したレチタティーヴォと、圧巻のアリア、しっとりとしたアリオーソ、84歳の熱量には、ただただ驚かされるばかり...
という『イーノ』を歌うのが、バロックから古典主義を得意とした大御所、シュリック(ソプラノ)。丁寧かつ、美しいその歌声は、とても雅やかで、古き良き古典のイメージ。しかし、21世紀となっては、ちょっとカメオのような端正さで、物足りない?テレマンが、新しい時代に大胆に踏み込んだ音楽は、バッハのアリアとは訳が違う... もっと悲劇を感じさせる芝居感、聴く者を巻き込むようなパワフルさが欲しいところなのだけれど、1989年の録音。このあたりが限界なのかも... 一方で、ゲーベル+ムジカ・アンティクワ・ケルンの演奏は、彼ららしく、鋭過ぎるほど鋭く、鮮やかに疾風怒濤の時代、1760年代の音楽を息衝かせていて、惹き込まれる。レチタティーヴォなどは、シュリックがどんなに端正であっても、ガンガン煽って、十分に"劇的"なあたりを繰り出していて、見事。一方、ニ長調の序曲(track.1-7)では、その牧歌的な表情を豊かに描き出し、余裕も見せて、そこにまた、音楽のスケールを生み出すようで、『イーノ』とは好対照。いや、田園(序曲)から断崖(カンタータ)へ、ひとつのドラマを見せるようでもあり、より惹き込まれ、魅了されずにいられない。

TELEMANN: "INO"-CANTATA ・ OVERTURE
SCHLICK/MUSICA ANTIQUA KÖLN/GOEBEL


テレマン : 序曲 ニ長調
テレマン : 劇的カンタータ 『イーノ』 *

バルバラ・シュリック(ソプラノ) *
ラインハルト・ゲーベル/ムジカ・アンティクア・ケルン

ARCHIV/429 772-2




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