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1588年、その時、スペインとイギリスは激突した。"Armada"。 [before 2005]

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スペインの音楽というと、アランフェス協奏曲とか、ファリャのバレエとか、国民楽派か、近代音楽か、というイメージが強い。前回、聴いた、グラナドスもまた、そうしたひとり... けれど、スペインの音楽は、そうした時代に始まるわけではない。現在のスペインの形ができた15世紀後半以来、ルネサンス期の黄金期、個性的なバロック期、ファリネッリ、ボッケリーニが活躍した18世紀、サルスエラが大いに盛り上がった19世紀と、その歴史を振り返れば、豊かな音楽シーンが浮かび上がる。一方で、普段、あまり注目されないのはなぜだろう?やはり、ヨーロッパの中心から外れるその場所のせいだろうか?ドイツ、イタリア、フランスが、西洋音楽のベースを築いて来たことは間違いない。のだが、かつて周縁でこそ音楽が大きく花開いたことがあった。それが、ルネサンスの後期。スペインの音楽の黄金期であり、イギリスの音楽もまた黄金期を迎えていた。そんなルネサンスの後期を、「スペインのバッハ」とも言われる、没後450年、カベソン(c.a.1510-66)を含む、多彩な音楽で聴く。
1588年、スペインとイギリスが激突したアルマダ海戦に因み、スペインとイギリスの音楽を対峙させつつ、ルネサンスの広がりを鮮やかに捉えた、ヴィオール・コンソート、フレットワークの意欲作、"Armada"(Virgin CLASSICS/VC 7 90722-2)を聴く。

世界帝国を築き、絶頂期にあったスペイン、フェリペ2世(在位 : 1556-98)と、宗教改革の混乱を乗り越え、これから世界に打って出ようというイギリス、エリザベス1世(在位 : 1558-1603)が対決した、1588年のアルマダ海戦は、世界にとっての"関ヶ原"だった。ここで勝ったイギリスは、世界帝国への道を歩み出し、その後、第1次大戦まで、圧倒的な力を世界に誇示することになる。という、世界史のターニング・ポイントをタイトルにした"Armada"。タイトルこそ、スペインとイギリスが衝突した海戦の名前だけれど、両国の音楽にはつながりもあって(戦争に至る前は、フェリペ2世とエリザベス1世の姉、メアリー1世が結婚すらしていた!)、ことさらスペインvsイギリスを強調するのではなく、周縁におけるルネサンスの広がりを表情豊かに響かせる。始まりは、エリザベス朝で活躍したバードの、女王の即位を祝うために作曲された「主に喜べ」。ヴィオール・コンソートを伴奏に、カウンターテナーが軽やかに歌い、花々しい。ところに、カベソンの「婦人の望み」によるディファレンシア(track.2)が続くのだけれど、「スペインのバッハ」によるサウンドは、一転、重々しく、やっぱりバッハを思わせて... また、どこかうら寂しく、そうしたあたりにスペインらしさも見出すのか... が、続く、ロペスのファンタジア(track.3)、フエンリヤーナのビリャンシーコ「小麦色の娘よ」(track.4)の朗らかさは、スペインの南の匂いが広がり、魅了される。
ルネサンス・ポリフォニーは、その性格上、ヨーロッパのどこに在っても均質なイメージがあるのだけれど、こうして、イギリス、スペインと並べてみると、それぞれのカラーが表れていて、興味深い。瑞々しく、凛としながら、どこかセンチメンタルで、今に続くU.K.の音楽DNAが感じられるイギリス。朗らかで、キャッチーで、地中海文化圏ならではの大地に根差した力強さを感じ、そのあたりに次なる時代も聴こえて来るスペイン。ヴィオール・コンソート(ヴィオール属による合奏)という、これまた時代を象徴する均質なアンサンブルで奏でれば、そのニュートラルな演奏が、かえってイギリスとスペインのカラーの違いがそこはかとなしに浮かび上がらせ、印象深いものもある。そこに、カウンターテナーの歌(track.1, 4, 7, 11, 15, 17)が加わって、リュート(track.3, 10)、ハープシコードの独奏(track.6, 12)もあって、彩りを添え、イギリスらしさとスペインらしさがナチュラルに交替しながら繰り出される。それは、戦うことなく響き合い、ルネサンス後半の音楽風景をより味わい深いものとする。
そうした中で、気になるのが、カベソン(track.2, 9, 12, 13)... 幼くして視力を失いながらも、オルガニストとして才能を開花させ、若くしてスペイン王室に召抱えられたカベソンは、フェリペ2世の父親、カルロス1世(スペイン国王にして神聖ローマ皇帝で、ハプスブルク家の当主... )に付き従い、ヨーロッパ各地を旅し、ルネサンス・ポリフォニーの本場、フランドルも訪れている。さらに、フェリペ2世がメアリー1世と結婚し、イギリスの王配となると、イギリスに渡り、イギリスの音楽からも影響を受けている。となると、カベソンが紡ぎ出すサウンドは、ルネサンス後期におけるインターナショナル・スタイル?このアルバムから聴こえて来るカベソンの音楽には、ヨーロッパ各地のカラーがブレンドされ、よりしっかりと構築されているような印象を受ける。また、そうしたあたりがバッハを思わせるのかもしれない。「スペインのバッハ」とバッハ... この共通項は、なかなか興味深い。
という"Armada"、名盤として知られるわけだけれど、改めて聴いてみると、唸ってしまう。まず、そのセンスが秀逸!スペインとイギリスからルネサンスを見つめることで、ルネサンスにテイストが加えられ、そこに浮かぶ表情に惹き込まれる。それはまた、スペインだけでは、イギリスだけでは生まれ得ない感覚だったと思う。そして、その表情を瑞々しく鳴らす、フレットワーク!ヴィオール・コンソートならではのやさしいハーモニーが、絶妙にスペインとイギリスのカラーを捉えて、センス良く結び、浮世離れするか、冷たくなりがちなルネサンス・ポリフォニーに温もりを与える。そこに、チャンス(カウンターテナー)の花やいだ歌声が乗って、フェリペ2世、エリザベス1世の宮廷の気分がスピーカーからこぼれ出す。バロックの宮廷音楽の権力を誇示する豪奢さとは一線を画す、王、女王が私的に楽しむ等身大の音楽が、心地良い。

FRETWORK ・ ARMADA

バード : 主に喜べ *
カベソン : 「婦人の望み」によるディフェレンシアス
ロペス : ファンタジア 〔『新しき花束』 より〕
フエンリャーナ : 小麦色の娘よ 〔『オルフェウスの竪琴』 より〕 *
ベヴィン : ブラウニング
バード : 荷馬車の御者の口笛
バード : 悲しみよ、我に来たれ、永遠に *
オルティス : ラ・スパーニャの定旋律によるレセルカーダ 第2番
カベソン : 「シュザンヌはある日」による変奏曲
フエンリャーナ : 「レドブレ」によるファンタジア 〔『オルフェウスの竪琴』 より〕
バード : 天使の衣をまとい *
カベソン : 「甘き思い出」による変奏曲
カベソン : ミラノ風ガリアルダによるディフェレンシアス
オルティス : レセルカーダ 第3番
パーソンズ : 神聖なる御力よ、我に注ぎ給え/我が悲しみに似た悲しみはない *
ホワイト : ファンタジア
ダサ : 誰がお前を *
ピックフォース : イン・ノミネ

マイケル・チャンス(カウンターテナー) *
フレットワーク
クリストファー・ウィルソン(リュート)
ポール・ニコルソン(ハープシコード)
リチャード・ブースビー(バス・ヴィオール)

Virgin CLASSICS/VC 7 90722-2




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