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没後100年、グラナドス、極められる洗練の先に... [before 2005]

エンリケ・グラナドス・イ・カンピーニャ(1867-1916)。
キューバ出身の軍人の父と、北スペインの港町、サンタンデール出身の母との間に、1867年、カタルーニャ地方のリェイダで生まれたグラナドス。音楽好きの両親の影響で、早くから音楽に親しんだグラナドス少年は、幼くして才能の片鱗を見せ、バルセロナに出てピアノを学び始める。16歳の時にバルセロナのリセウ高等音楽院のコンクールで首席となり、作曲も学び始め、1887年にはパリのコンセルヴァトワールを目指すが、腸チフスに掛かり、入学を断念。しかし、コンセルヴァトワールの教授、シャルル・ウィルフリッド・ド・ベリオ(スペインが生んだ伝説のプリマ、マリア・マリブランの息子!)に師事。2年間、パリで研鑽を積むことになる。その後、バルセロナに戻り、ピアニストとして活動。1892年から3つ組みで順次発表されたピアノのための曲集、12のスペイン舞曲が評判を呼ぶと、1898年には、サルスエラ『マリア・デル・カルメン』をマドリッドで初演し、大成功。作曲家としても名声を博す。1911年には、代表作、ピアノ組曲『ゴイェスカス』を発表。この作品は、国境を越えて人気を呼び、パリでオペラ化の話しが持ち上がる。グラナドスは、早速、仕事に取り掛かり、間もなく完成させるも、第1次大戦が勃発。パリ、オペラ座での上演が難しくなると、ニューヨーク、メトロポリタン・オペラから声が掛かり、1916年、初演に漕ぎ付ける。初演に立ち合った後、グラナドスはイギリス経由で帰国するのだったが、途中、乗っていた客船がドイツの潜水艦に攻撃され、命を落とす。それから100年...
ということで、生誕100年、デュティユーヒナステラに続いての、没後100年、グラナドス。ジャン・マルク・ルイサダのピアノで、グラナドスの悲運を引き寄せたピアノ組曲『ゴイェスカス』(Deutsche Grammophon/435 7872)と、グラナドスの作曲家としての知名度を上げた12のスペイン舞曲を、マヌエル・バルエコのギター(EMI/CDC 754456)で聴く。


グラナドス、悲運を引き寄せた美しさの極まり、ピアノ組曲『ゴイェスカス』。

4357872
『ゴイェスカス』、スペインを代表する画家のひとり、ゴヤ(1746-1828)の絵画にインスパイアされた、「ゴヤ風の」というタイトルを持つ、2部構成、6曲からなるピアノ組曲。『展覧会の絵』のように、絵画を、一枚、一枚、表現するのではなく、あくまで"ゴヤ風"の音楽を散文的に綴って行く。だからこそ、ゴヤの雰囲気はより薫り高く表現されるところもあるのかもしれない。スペインという場所ならではの明朗な画面、もちろんスペイン情緒も、それから、『裸のマハ』で描かれるような秘め事の艶やかさ、あるいは、表情豊かな版画で見せる人懐っこさ... 宮廷画家として、華やかな場に身を置きながらも、どこか蓮っ葉で、そのあたりが人間味を濃くするゴヤの作風を、洗練を極めるピアノの響きに乗せて来るグラナドス。いや、もう、それはそれは上質極まるサロン音楽... "ゴヤ風"を、圧倒的なラグジュアリー感で輝かせる希有な音楽!美を極めながら勿体ぶらない、美術史に燦然と輝く画家にインスパイアされながら、気難しくならない、となると、つまり、サロンの軽薄さ?いや、そこにこそ重きを置いているようなグラナドスの姿勢が実に興味深い。サロン的な音楽を志向することで、アカデミックな重さから音楽を解き放ち、より純度の高い音楽を創り上げるグラナドス。そのバランス感覚たるや!クロスオーバーやフュージョンを予感させる。『春の祭典』の衝撃の2年前、1911年に発表された作品は、同時代のセンセーショナルなモダニズムとは違うベクトルを持ち、静かに、品良く、上質に新しい時代の到来を告げていたのかもしれない。
という『ゴイェスカス』を、ルイサダのピアノで聴くのだけれど、まず、ルイサダのこなれたお洒落感が、グラナドスの音楽が持つサロンの雰囲気を見事に捉えていて、魅了されずにいられない!全てが美しく、輝いていて、薫り立って、酔わせてくれる。何だか、ため息が出てしまうほど... 一方で、その美しさをきっちり引き出すルイサダのクリアなタッチ... 澄み切っていて、だからこそキラキラと輝き、グラナドスが至った美しさの極みを余すことなく響かせていて、見事。そこには、スコアに対する鋭い視点も感じられ、美しさの裏に緊張感も... また、それほどの鋭さがあってこそ、スコアに籠められた芳しさを探り出し、解き放ち、品の良い詩情で組曲全体を包んでしまう。それでいて、第1部の夢見るような甘やかさ(track.1-4)から、第2部の影を帯びるセンチメンタル(track.5, 6)へ、ナポレオン戦争で暗転するゴヤの人生をやさしく見つめるよう視点も感じられ、印象的。この組曲が持つ、やがてオペラへと発展するドラマとしての流れも卒なく押さえて来る器用さは、さすが...
そうして、オペラとなった『ゴイェスカス』。1916年、ニューヨーク、メトロポリタン・オペラでの初演は大盛況となり、グラナドスは、ウィルソン大統領に招かれ、ワシントンのホワイト・ハウスへ!そこでのリサイタルは、とても輝かしかっただろう。が、それにより、スペインへの直行便をキャンセルしたことで、運命は狂う。グラナドス、49歳という若さで、戦争の犠牲となる。

GRANADOS: GOYESCAS
JEAN-MARC LUISADA


グラナドス : ピアノ組曲 『ゴイェスカス』

ジャン・マルク・ルイサダ(ピアノ)

Deutsche Grammophon/435 7872




グラナドス、その新しい感性を際立たせるギター、12のスペイン舞曲。

CDC754456
さて、グラナドスを聴く前に、ファリャの7つのスペイン民謡(track.1-7)が歌われるのだけれど、それは、ちょうどグラナドスがパリで『ゴイェスカス』を披露した年、1914年の作品で、ファリャがパリでの遊学生活を終え、帰国してすぐに発表された作品。スペイン各地の民謡を素材に、スペイン情緒に彩られた歌を丁寧に綴り、国民楽派として手堅い仕事ぶりを見せる。一方で、ファリャらしい瑞々しいサウンドも聴こえ、民謡の土臭さのようなものを巧みに色彩に昇華させ、グラナドスに通じるバランス感覚を見出す。それは、多様な文化がせめぎ合い織り成したスペインという国の性格だろうか?また、この歌曲集を歌うモノイヨス(ソプラノ)のイノセンスな歌声が、それを強調するようで、印象的。そして、バルエコのギター!本来、ピアノ伴奏のところを、ギターで奏でることで生まれるスペインらしさと、クラシック・ギターならではのやわらかなトーンの絶妙なバランス感覚... バランスを取ることで「スペイン」という解り易いイメージから解放されるようでもあり、より瑞々しい表情がこぼれ出す。
そして、そのバランス感覚がより活きて来るのが、グラナドスの12のスペイン舞曲(track.8-19)。ピアノのための曲集を、バルエコはギターにアレンジ。さらに、第2、6、8、9、11曲(track.9, 13, 15, 16, 18)で、もう1本ギターを増やし、ピアノのために書かれた音符をしっかりとカヴァー、豊かなハーモニーを実現している。そうして、ギターで紡ぎ出されるスペイン舞曲の数々は、絶妙にオリジナルのピアノのイメージが拭い去られ、よりニュートラルにグラナドスの音楽を感じられるかのよう。それは、ギターの素朴さだろうか?弦を爪弾いて生まれる真摯な音色の飾らなさが、グラナドスのアカデミズムから抜け出すような音楽性に共鳴し、クラシックとは一味違う、新しさを解き放つ。スペイン各地に伝わる舞曲、トラッドなメロディーが、センス良く、ポップに響き出し、不思議と現代的。『ゴイェスカス』でも感じた、アカデミズムに囚われない、何気ない音楽の姿。同時代のストラヴィンスキーのようなセンセーショナルなモダニズムとは違う形で存在する、グラナドスの新しい感性は、21世紀に在っても、瑞々しさを失っていない。というより、これってクラシック?そんな印象すらあるのかも...
というグラナドスの瑞々しさを際立たせる、バルエコのギター!鮮やかに明晰でありながら、極めてやわらかな音色を響かせ、一音一音に丁寧に味わいを籠めて行く。いや、もうため息が出てしまう。クリアなのに、得も言えず匂やかで、雰囲気があって... けれど、雰囲気に溺れるようなことは一切無く、的確に音楽を捉え、グラナドスの真髄に迫って行くような、妥協の無いパフォーマンス。さすが... そのバルエコに、見事に寄り添う、ミュラー・ペリングのギター(track.9, 13, 15, 16, 18)も凄い... 2本のギターに思えないような息の合いよう。そこから生まれるイメージは、ギターすら越えて、不思議な存在感を見せる。その不思議さから繰り出されるグラナドスは、思いの外、新鮮で、魅了されずにいられない。

GRANADOS/12 DANZAS ESPAÑOLAS BARRUECO

ファリャ : 7つのスペイン民謡 *
グラナドス : 12のスペイン舞曲 *

アン・モノイヨス(ソプラノ)  *
エマヌエル・バルエコ(ギター)
トーマス・ミュラー・ペリング(ギター) *

EMI/CDC 754456




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