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パーセル、魔法を音楽で描き出す、セミ・オペラの魔法。 [before 2005]

さて、今年は、シェイクスピア(1564-1616)の没後400年のメモリアルであります。改めて、この、イギリス、ルネサンス期に活躍した劇作家の存在感を考えると、驚かされる。シェイクスピア自身が残したものは台本だけだけれど、そこから映画が生まれ、絵画も描かれ、オペラになり、バレエになり、ミュージカルになり、歌舞伎になり、能にまでなり、台本からの広がりようが半端無い... ジャンルの垣根を越えて、これほど多くの芸術家に影響を与えた作家が、他にいただろうか?そして、特に影響を受けたのが、クラシック!オペラ、バレエ、それから、劇伴はもちろん、交響曲に、交響詩、序曲、歌曲など、シェイクスピアを題材にし、あるいは、その詩を用い、多くの音楽作品が生まれた。そうした作品中、最も早い段階で、シェイクスピア作品を音楽化したひとり、イギリスのバロック期に活躍した作曲家、パーセル(1659-95)。その、セミ・オペラを聴いてみようと思う。
ロジャー・ノリントンが率いていた、ロンドン・クラシカル・プレイヤーズ(現在は、エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団に統合... )による、『妖精の女王』(Virgin CLASSICS/5 61955 2)と、ジョン・エリオット・ガーディナーが率いるイングリッシュ・バロック・ソロイスツの前身、モンテヴェルディ管弦楽団の演奏で、『テンペスト』(ERATO/2292-4555-2)の2タイトルを聴く。


パーセルが音楽で魔法を掛けた『妖精の女王』。妖精界を垣間見る...

5619552
まず、「セミ・オペラ」という言葉が、何かしっくり来ない... じゃあ、パーセルは何を作曲したのか?いや、これが実に興味深い!1616年、シェイクスピアがこの世を去ってからのイギリスは、激動の時代だった。王と議会の対決による内乱(1641-49)、そして、ピューリタン革命(1649)によるキリスト教原理主義の支配で、イギリスのルネサンス音楽は壊滅的となる(音楽禁止!)。が、王政復古(1660)により、遅れ馳せながらイギリスにもバロック音楽がもたらされる。そうした中、芝居の一部を歌う、セミ・オペラが人気を呼ぶ。でもって、この"一部"というのが、ミソ... それは、ある特定の役柄の台詞が全て歌われるという、不思議な形態を採る。つまり、ひとつの舞台に、芝居をする俳優と、オペラを歌う歌手がいるという、混在状態が生まれることに... それって、単なる、ごた混ぜ?いやいやいや、こだ混ぜどころか、鮮やかに整理されていて... 例えば、ここで聴く、『真夏の夜の夢』に基づく『妖精の女王』ならば、人間界と妖精界を音楽の有無で線引きするという、合理!ちなみに、歌うのは妖精界の面々... 音楽は超自然を描くものとして機能することに... つまり、音楽がファンタジーを紡ぎ出す!
実際、パーセルは、『妖精の女王』で、実に魅惑的な音楽を書いている。1692年の作品ということで、大陸ではバロックの爛熟期を迎えようとしていた頃だが、パーセルの音楽は、そうした最新の動向にも敏感に反応しつつ、幅広い音楽を聴かせる。イタリア式序曲に則った、4幕の始まりのシンフォニー(disc.2, track.1)の充実っぷりは、見事!そして、表情豊かなソングの数々... イタリア・オペラのような派手さはないものの、初期バロックのオペラのような率直な表現も見せながら、瑞々しいメロディーで魅了して来る。また、ダンス・シーンでは、リュリのバレエを思わせる軽やかなリズムを繰り出して、印象的。一方で、コーラスでは、後のヘンデルのオラトリオを予感させ、ロンドンにおけるヘンデルの音楽のルーツを見るようで、とても興味深い。イタリアに、フランスに、初期に、爛熟期に、『妖精の女王』からは、バロックの様々なトーンが聴こえて来て、おもしろい。で、それが、器用にひとつの作品にまとめられていて、そのことがファンタジック。いや、イギリスというバロック期の辺境の地にいたパーセルにとって、オペラというものが、ファンタジーそのものだったのかも... そんな大陸との距離感が、パーセルの音楽に魔法を掛けた?結果、イタリアにもフランスにも無い、魔法を感じる音楽が響き出す。
という『妖精の女王』を聴かせてくれる、鬼才、ノリントン。素直に音楽を展開して、ふわっとチャーミングな妖精界を垣間見せてくれるあたり、魅惑的!鬼才の気を衒うようなアプローチは引っ込められ、パーセルの音楽に籠められた魔法を信じての演奏とでも言おうか、良質なバロックの空気を、卒なく芳しく響かせる妙。ロンドン・クラシカル・プレイヤーズの演奏も、ピリオド楽器の温もりこそ大切に、やさしいハーモニーを紡ぎ出し、聴く者を心地良さで包む。そこに、ハント(ソプラノ)、ビックリー(メッゾ・ソプラノ)、パドモア(テノール)ら、実力派、ピリオド系歌手たちの、瑞々しい歌声が彩り、妖精界ならではの、エアリーな雰囲気が音楽の隅々まで広がり、素敵。表情豊かに歌われながらも、表情は澄み切って、人間臭さとは一線を画す美しさを放つようで、やっぱり魔法掛かって聴こえる!いや、何て愛らしいのだろう、妖精界!

Purcell The Fairy Queen Norrington

パーセル : 『妖精の女王』 Z.629

ロレイン・ハント(ソプラノ)
カテリーヌ・ピラード(ソプラノ)
スーザン・ビックリー(メッゾ・ソプラノ)
ハワード・クルック(テノール)
マーク・パドモア(テノール)
ディヴィッド・ウィルソン・ジョンソン(バス)
リチャード・ウィストライク(バス)
ロンドン・シュッツ合唱団

ロジャー・ノリントン/ロンドン・クラシカル・プレイヤーズ

Virgin CLASSICS/5 61955 2




バーセルの惜別の情が浮かぶ『テンペスト』。魔法の島よ、さらば...

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シェイクスピア、最後の作品、『テンペスト』(ca.1612)を、『妖精の女王』と同じ、セミ・オペラのスタイルで作曲したパーセルの『テンペスト』は、パーセルにとっても最後の作品で、その死の年、1695年に初演されたと考えられている。だからだろうか、どこか物悲しい。荘重な序曲は、どこか葬送の音楽を思わせて... しかし、この荘重さには、パーセルの集大成を思わせる充実に充ち満ちており、聴き入ってしまう。それはまた、序曲に限らず、その後の音楽にも言えて... 『妖精の女王』から3年を経ての『テンペスト』は、バロックの様々なトーンを自らの音楽性の内に収斂できていて、より存在感のある音楽が展開される。そして、『妖精の女王』のように、音楽がファンタジーを紡ぎ出す!『テンペスト』の物語は、魔法学の極めた元ミラノ大公、プロスペロウが、魔法を使って、流れ着いた魔法の島を支配しているところから始まるのだけれど、セミ・オペラの作法からすれば、それはまさに音楽の島!とはいえ、イタリア・オペラのような華やかさで飾られることはなく、ひとつひとつのナンバーからは、素直かつ瑞々しいサウンドが流れ出し、イギリス流のバロックというものをしっかり味合わせてくれる。そして、このイギリス流が、シェイクスピアの雰囲気にぴったりなのかもしれない。オペラではなく、芝居であることの、ある種の慎ましやかな姿が、絶妙に音楽に落し籠められていて、得も言えず心地良い空気感で物語を包む。
そんな『テンペスト』の音楽は、アルバム1枚に収まってしまう。2枚組の『妖精の女王』からすれば、半分。セミ・オペラとはいえ、ちょっと物足りない感じがする?いや、その分、ひとつひとつのナンバーが、丁寧に紡ぎ出されているように感じられ、印象的。何より、得も言えず耳を捉えるメロディーがいっぱい!何てことのないメロディーのようでいて、バロック期における「何てことのない」ことの希少さ... コントラストのきつい、大見得を切るような、ドラマティックな音楽が志向された時代に、こうもナチュラルで、楚々としながらも、確実に聴く者の心に触れて来るメロディーは、希有。何より、やさしい!そんな音楽に包まれていると、癒される。『テンペスト』は、魔法に彩られ、ファンタジックである一方、不正が正され、家族が再生する物語でもある。この、あるべき姿へと還って行く流れを、音楽もまた表現し、聴き進めれば進めるほど浄化されて行くような感覚があり、最後、海神夫妻の二重唱(track.19)の穏やかな表情は白眉... そこには、パーセルの惜別の情が浮かぶのか...
という『テンペスト』を、1979年の録音で聴くのだけれど、注目点は、イングリッシュ・バロック・ソロイスツの前身、モンテヴェルディ管弦楽団による演奏。ガーディナーが率いるモンテヴェルディ合唱団を伴奏するために創設されたモンテヴェルディ管弦楽団。合唱指揮者、ガーディナーが、ピリオドへ参戦する過渡期の演奏は、まだモダン楽器を使用しており、興味深い。何より、ピリオド、バリバリのイングリッシュ・バロック・ソロイスツのサウンドに馴染んだ耳には、思い掛けなく新鮮!ノン・ヴィブラートによる、ピリオドを予感させるサウンドなのだけれど、モダンの楽器の安定した響きが、思いの外、充実したパーセルを実現し、『テンペスト』に格調を与えているのが印象的。そして、充実した歌手たち!特に、ヴァーコー(バリトン)、スミス(ソプラノ)の海神夫妻の慈しみに溢れる歌声は忘れ難く、最後の二重唱は、心に沁みる。

PURCELL/THE TEMPEST
GARDINER

パーセル : 『テンペスト』 Z.631

ローズマリー・ハーディ(ソプラノ)
ジェニファー・スミス(ソプラノ)
キャロル・ホール(メッゾ・ソプラノ)
ジョン・エルウェス(テノール)
スティーヴン・ヴァーコー(バリトン)
デイヴィッド・トーマス(バス)
ロデリック・アール(バス)
モンテヴェルディ合唱団

ジョン・エリオット・ガーディナー/モンテヴェルディ管弦楽団

ERATO/2292-4555-2

没後400年のメモリアル、シェイクスピアを音楽で聴く...
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