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ヴェルディ、16年の沈黙を経ての挑戦、『オテロ』。 [before 2005]

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9月1日です。新しいシーズンの始まりですね。けど、後ろ髪を引かれる思い...
いや、輝かしかったオリンピックの夏が行ってしまう!何だか、いつもより深く感動してしまったオリンピックの気分から離れ難く... メダルばかりでない、4年間、ただひたすらにトレーニングを積み、世界の頂に賭ける選手たち、それをサポートした人たちのドラマが生む輝き!時として、それは涙の輝きでもあって... それらをテレビ越しに見つめていると、込み上げるものがあって... 選手たちは、世界の頂に賭けるだけに、勝ちはひとつ、銀、銅のおまけは付くものの、オリンピックとは、圧倒的に負けの舞台でもある。この厳しさたるや... さすが、ギリシア悲劇を生み出した国にルーツを持つ祭典... 感動は、負けがあって初めて生まれるものなのだなと、感じ入ってしまう。さて、話しを音楽へと戻しまして、新しいシーズンです。で、久々に、ど真ん中を聴く!
先月後半、地中海を巡って来ての、地中海を舞台としたオペラ... で、没後400年のメモリアル、シェイクスピアの四大悲劇から、三大テノール、プラシド・ドミンゴのタイトルロール、チョン・ミュンフンが率いたパリ国立オペラによる、ヴェルディのオペラ『オテロ』(Deutsche Grammophon/439 805-2)を聴いて、ちょっと華々しく、当blogの新シーズンをスタートしてみる。

実は、ヴェルディの『オテロ』に、ぼんやりとした違和感がある。違和感というか、聴き難さ?ヴェルディなのだけれど、ヴェルディのイメージから外れるようなところがあって、調子を狂わされる。そんな違和感は、どこから来るのか... ヴェルディは、1871年に、『アイーダ』を初演して以後、オペラの仕事から遠ざかってしまう(旧作の改訂はあるのだけれど... )。その間、オペラ界は、大きな進展を見せる。1876年、第1回バイロイト音楽祭が開催され、ワーグナーの『指環』が全曲初演されると大きな注目を集め、その影響はヨーロッパを覆い、オペラから楽劇へという流れが強くなる。一世を風靡した自らのスタイルが、時代に合わないと感じた時、ロッシーニは潔くオペラから身を引いたわけだが、ヴェルディもまた、『アイーダ』以後、そんな境地にあったのだろう。が、ロッシーニのような潔さは持ち合わせていなかった?16年の沈黙を経て、オペラに復帰した作品が、ここで聴く『オテロ』だった。そして、そこには、時代の潮流に敏感に反応しようとした巨匠の姿を見出すことができる。
ヴェルディのオペラというと、とにかく鮮やかなナンバー・オペラのイメージがある。くっきりと存在感を見せる魅力的なアリアが見事に並べられ、1曲、1曲を、気持ちいいくらいに決めて来る醍醐味!けれど、ワーグナーの楽劇を意識してか、『オテロ』では、ナンバーで区切られた型枠を消し去ろうとするヴェルディ... 一方で、型枠を無くしても、気持ちいいくらいに決めて来る感覚は残り、ナンバーの呪縛からは逃れ難いものもあって、どこか、もどかしい... 時代を作った巨匠が、時代に合わせなくてはならないというフラストレーションが、『オテロ』に違和感を生み出す?ヴェルディ、最後の作品、『ファルスタッフ』(1893)では、見事に実現できている、ドラマをナチュラルに紡ぎ出すことが、この『オテロ』では、まだ道半ばといった印象を拭えない。とはいうものの、巨匠の型を破ろうとする必死さはビンビンと伝わって来る。で、不器用ではあっても、新しいものを生み出そうとする巨匠の必死さが、オテロそのものの姿と重なり、実は、とても効果的?それをより感じるのが1幕(disc.1, track.1-9)、嵐の中のオスマン・トルコとの海戦シーンの熱っぽさ!映画を思わせるようなヴィヴィットな始まりと、息つく暇もない展開に、それまでのヴェルディ作品には無い感覚を見出しながら、ヴェルディの原点とも言えるヴェルディがブレイクを果たした『ナブッコ』(1842)の熱っぽさを感じ、おもしろい。駆け出しの頃と同じ熱量で、『オテロ』と向き合ったのだろう。そんな風に見つめると、『オテロ』は、不器用なればこそ、ドラマが力を帯びるのかも...
という不器用な『オテロ』を、そのままに、熱っぽく鳴らすチョン・ミュンフン!熱っぽくも、作品を鋭く捉え、勢いに任せるのでなく、スコアに綴られた全ての音をしっかりと響かせ、ドラマ全体に澄んだ緊張感を漲らせるのが凄い。だからこそ、このオペラの不器用さも聴こえて来るし、ワーグナーからの影響も聴こえて来る。そんなヴェルディの真実に迫ってこそ、オテロが陥って行く悲劇が際立ちもする。そして、悲劇へと追い込まれれば、追い込まれるほど、澄んだサウンドを引き出すマエストロの妙。冒頭の熱っぽさとは裏腹に、最後、何か清らかな悲しみに充たされて行くのが、とても印象的。もちろん、オペラ座のオーケストラもすばらしく... フランスのオーケストラならではの明るさとクリアな感覚は、ヴェルディのステレオ・タイプに引き摺られることなく、音楽そのものをクールに活かし切り、『オテロ』のありのままを輝かせる。そして、ドイツ・グラモフォンならではの充実を極めたキャスティング!タイトルロールのドミンゴ(テノール)は、憂いを含みつつ、瑞々しい歌声で魅了されるばかりなのだけれど、この人ばかりでなく、みなそれぞれに活き活きと役を演じ切り、見事。抜け目ない、レイフェルクス(バリトン)のイアーゴの存在感。美しく、ひたすらにやさしいステューダー(ソプラノ)のデスデモーナ... 柳の歌(disc.2, track.)は、聴き入るばかり。そして、ドラマを盛り立てる息衝くオペラ座の合唱団!それらが束になって血を通わせ、人間の性を炙り出す。またそれを美しく昇華させてしまうから、凄い。

VERDI OTELLO

ヴェルディ : オペラ 『オテロ』

オテロ : プラシド・ドミンゴ(テノール)
デスデモーナ : シェリル・ステューダー(ソプラノ)
イアーゴ : セルゲイ・レイフェルクス(バリトン)
エミーリア : デニス・グレイヴズ(メッゾ・ソプラノ)
カッシオ : ラモン・ヴァルガス(テノール)
ロデリーゴ : ミヒャエル・シャーデ(テノール)
ロドヴィーコ : イルデブランド・ダルカンジェロ(バス)
モンターノ : ジャコモ・プレスティア(バリトン)
伝令 : フィリップ・ドゥミニー(バス)
バスティーユ・オペラ合唱団、オー・ド・セーヌ聖歌隊、パリ・オペラ座児童合唱団

チョン・ミュンフン/バスティーユ・オペラ管弦楽団

Deutsche Grammophon/439 805-2


没後400年のメモリアル、シェイクスピアを音楽で聴く...
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