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地中海を巡って、オスマン・トルコ、豊かな音楽風景... [before 2005]

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今月後半は、古楽と民俗音楽の間を漂いながら、地中海を巡っております。
ということで、ルネサンス期に採譜されたイタリアのトラッドに、コルシカ島の聖歌フヴァル島の聖歌、ダルマチア地方の女子修道院のために書かれた、ミステリアスな、あの世を巡る歌と聴いて来て、地中海の音楽に、何か底知れないものを感じてしまう。古代以来、様々な文明が交錯しての文化の堆積の厚さと重みは、他の地域とは比べ物にならないのかもしれない。これまで聴いて来た4タイトルを振り返れば、いつものクラシックから窺い知る音楽史では割り切れない、壮大なる音楽文明史が浮かび上がるようで、興味深く、惹き付けられる。もちろん、それらは地中海地域に根差した音楽であって、とても素朴なのだけれど、素朴に籠められた密度は、下手な交響曲では及びも付かない、ただならなさを感じ、圧倒される。ウーン、地中海は深い...
その地中海の最後の覇者、オスマン・トルコをフィーチャーするアルバム。文明の境界を越えて、しなやかなサウンドを紡ぎ出す異色の古楽アンサンブル、イラン出身のキヤ・タバシャンが率いる、コンスタンティノープルの"TERRES TURQUOISES"(ATMA/ACD 2314)。多様な文化を吸収し、共生させ得た、オスマン・トルコの希有な音楽風景を綴った1枚を聴く。

"TERRES TURQUOISES"、トルコ石の大地、なかなか魅惑的なタイトルなのだけれど、そこから響く音楽もまた魅惑的!何より、多彩!西地中海からペルシャ湾まで及んだ広大なオスマン・トルコの版図そのままに、イベリア半島に端を発するセファルディのロマンスから、ペルシャの古典まで、オスマン・トルコに内包されていた豊かな音楽が、しなやかに繰り出される。が、それら、どれも似通ったオリエンタルなイメージ?あるいは、クラシックで、時折、顔を覗かせる「トルコ風」?いやいやいや、中央アジアにルーツを持つトルコと、古代以来のオリエントの地に展開されたアラブは明らかに異なるし、古代から連綿と続くペルシャもまた違う... イスラム文化として、ひとつにカテゴライズできても、それぞれの音楽からは、確かな個性が感じられ、とても興味深く感じられる、"TERRES TURQUOISES"。そうした中で、まず、その個性が際立つのが、トルコ!始まりの、トルコの古典を代表する作曲家、ガーズィー・ギレイ・ハン(1554-1607)による"Pishrow Mahur, Duyek"の、ふんわりとした花やぎ!オリエンタルのミステリアスさや、プリミティヴなヘヴィーさとは一線を画す色彩感と、軽やかさは、まるで草原を渡る風のよう。それは、古代以来のオリエントの地からは遠い、トルコの故地、中央アジアのステップの記憶だろうか?歴史の重みではない、不思議な新鮮さを放っていて、素敵!それから、独特のキャッチーさ... 何だか、親近感を覚えてしまう、ちょっとユルくて耳馴染みの良いメロディーには、本来のトルコ人、東アジアから西へと移動したテュルク系の人々と、我々、日本人との民族的な距離の近さを感じなくもない?いや、興味深い!
という、トルコの古典の一方、"TERRES TURQUOISES"で、大きな幅を占めるのが、セファルディム、ユダヤの人々の音楽... イベリア半島をイスラム勢力から取り戻す、キリスト教勢力による再征服、レコンキスタの完遂と、スペインの統一にともない、キリスト教の純化政策により、スペインから追放されたユダヤの人々、セファルディムは、オスマン・トルコ支配下の地中海沿海の各地へと散らばり、中世、輝かしいミクスチャー文化を誇ったイベリア半島の音楽を各地に伝えた。そして、"TERRES TURQUOISES"には、イベリア半島のものも含め、帝国の首都、イスタンブールから、エジプトのアレクサンドリア、アルジェリアのコンスタンティーヌ、トルコのスミルナ、イズミル、そして、ギリシャのテッサロニキまで、地中海を網羅するように、各地のユダヤ人コミュニティーに受け継がれたセファルディムの音楽が並ぶ。アル・アンダルースといった、古いアラブの音楽が残り、繁栄した地域があるだけに、たっぷりとアラブの伝統を吸収しつつ、歌われる詩は、スペイン語がベースとなっているセファルディム独自の言語、ラディーノ語という、独特なコンビネーション... もちろん、ユダヤの音楽ならではの雰囲気も漂い、セファルディのロマンスの定番、"A la una"(track.9)の、うらさみしくもキャッチーなメロディーは、まさにユダヤのテイスト、魅了されずにいられない。いや、聴き込めば聴き込むほど、いろいろなテイストがジワっと沁み出すのが、セファルディムの音楽の特徴だろうか。中世のヨーロッパの匂いを漂わせるものもあり、また飄々とトルコ風に染まるところもあって、流浪を余儀なくされたからこそ身に付いた柔軟性だろうか?そうした柔軟性があって、地中海の音楽の交流の担い手にも成り得たのだろう。オスマン・トルコの音楽の、様々な文化のミクスチャーが生む豊かさそのものを、セファルディムの音楽が体現していると言えるのかも... それがまた、ただならず、魅惑的!
そんな、"TERRES TURQUOISES"を編んだ、キヤ・タバシャン+コンスタンティノープルの演奏がすばらしい... いや、このアンサンブル自体(イラン出身のタバシャン兄弟と、カナダの音楽家たち... )が、東西の文化のミクスチャーを体現しており、古楽とワールド・ミュージックをさらりと行き来し、興味深いサウンドを紡ぎ出す。なればこそ、オスマン・トルコの音楽の多様性を表現するには、これ以上無い存在と言えるのかもしれない。何より、彼らのセンスの良さ!それぞれの文化を背景とする様々なテイストの音楽を巧みに結び、洗練させ、美しい響きを紡ぎ出す。アラベスクだし、オリエンタルで、エキゾティックなのだけれど、不思議とそれらが全てにはならない。音楽としてのクラリティが高いレベルで維持され、東西を越えてニュートラルですらある。民俗音楽に留まらず、古楽であることにも留まらない、「フュージョン」としての彼らの明確なスタンスをそこに強く感じる。そこに、セファルディムの出身であるフランスの歌手、フランソワーズ・アトランのやわらかな歌声が乗り... その歌いは、アラベスクなメリスマで飾られるも、けしてくどくはならない絶妙な表現が印象的で... 何よりもそのクリーミーな歌声の美しさが前面に押し出され、魅了されずにいられない。いや、この感覚、凄く新鮮!かつてのフュージョンたるオスマン・トルコの音楽を、フュージョンとして奏で歌う妙。見事。

CONSTANTINOPLE ・ Terres turquoies

ガーズィー・ギレイ・ハン : Pishrow Mahur, Duyek
セファルディのロマンス "La princessa y el caballero" 〔テッサロニキ〕
ガーズィー・ギレイ・ハン : Pishrow Mahur, Dowre Kabir
セファルディのロマンス "Esta noche" 〔テッサロニキ〕
ペルシャのラディーフ "Farah"
セファルディのロマンス "Ven querida" 〔イスタンブール〕
セファルディのロマンス "Caballero" 〔イスタンブール〕
セファルディのロマンス "Hero y Leandro" 〔テッサロニキ〕
セファルディのロマンス "A la una" 〔スペイン〕
セファルディのロマンス "La mala suegra" 〔スミルナ〕
コンスタンティーヌのマルーフ "Zendali"
セファルディのロマンス "El alma dolorida salonika" 〔テッサロニキ〕
セファルディのロマンス "La llamada a la morena" 〔イズミル〕
セファルディのロマンス "La mal casada" 〔アレクサンドリア〕
キヤ・タバシャン : Visage de Sylphe 〔ハーフェズの詩による〕
セファルディのロマンス "Dunala" 〔スペイン〕

フランソワーズ・アトラン(ヴォーカル)
キヤ・タバシャン/コンスタンティノープル

ATMA/ACD 2314




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