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テレージエンシュタット、過酷な中でこそ生まれた輝き... [before 2005]

嗚呼、いろいろなことに感銘を受ける日々です。天皇陛下のメッセージ、イチロー三千本、そして、オリンピック!で、ふと気付いたのが、天皇陛下も、イチローも、メダリストたちにも共通する、小我などではない、大我こその思いがそれとなく、それでいてひしひしと伝わる言葉のポジティヴな力強さ、大きさ、輝き!ウーン、こういう言葉の数々が、今の日本を支え、守ってさえいる気がする。それを受けて、また、自身も、できることをしよう。そんな風にシンプルに思えたなら、2016年も、悪いことばかりじゃない!さて、音楽です。1920年代1930年代と聴いて来たら、やっぱり1940年代へ... そこには、第2次大戦の深い傷があるわけです。8月15日を控える今、改めて、音楽における傷痕をなぞってみたいと思い、2つのオペラを聴いてみることに...
ヨジャ・カラスの指揮、ディスマン放送児童アンサンブルによる、クラーサのオペラ『ブルンジバール』(CHANNEL CLASSICS/CCS 5193)と、ローター・ツァグロセクの指揮、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏、ミヒャエル・クラウス(テノール)のタイトルロールで、ウルマンのオペラ『アトランティスの皇帝、あるいは死の拒絶』(DECCA/440 854-2)。チェコ、テレージエンシュタットのユダヤ人収容所で上演、作曲されたオペラから、1940年代の忘れざる闇を見つめる。


テレージエンシュタットの人気の演目、『ブルンジバール』の、何というかわいらしさ!

CCS5193
1780年、ハプスブルク家の皇帝、ヨーゼフ2世(在位 : 1765-90)により、対プロイセンの防衛のため、ドイツ国境に近いチェコ北部に建設されたのが、要塞都市、テレージエンシュタット(チェコ名はテレジーン)。この街にはチェコの人々が住んでいたものの、ナチス・ドイツがチェコを支配下に置いて2年後、1941年、人々は強制的に疎開させられ、そこに、チェコを中心にヨーロッパ各地からユダヤ人が集められ、新たなゲットー(本来はユダヤ人街の意味だけれど、テレージエンシュタットは、まさしく収容所... )が誕生する。が、もともと人口1万にも満たなかったテレージエンシュタットに、最大、5万ものユダヤの人々が押し込められたことで、物資は不足し、環境は劣悪だったとのこと... それでも、強制労働の傍ら、雑誌が発行され、芝居が上演され、オーケストラまで組織されて、コンサートまで開かれていたというから驚かされる。さらには、こどもたちの教育にも力を入れ、ナチスの目を掻い潜り、美術や音楽など、苦しいながらも、こどもたちは豊かな創造性を育む機会を得ていた。そんなテレージエンシュタットで上演されたのが、クラーサのこどものオペラ『ブルンジバール』(track.1-15)。
チェコ人の父と、ユダヤ系ドイツ人の母の下、プラハで生まれたクラーサ(1899-1944)... プラハで音楽を学び、プラハの新ドイツ劇場(現在は、プラハ国立歌劇場... )で音楽監督を務めていたツェムリンスキーの下、研鑽を積み、1920年代、作曲家として頭角を現す。そして、1938年、ナチス・ドイツがチェコに迫る中、教育省主催のコンクールのために作曲されたのが、こどものオペラ『ブルンジバール』(track.1-15)。戦争で父を失った兄妹が、病気がちの母のために、牛乳を求め街へと出るものの、お金は無く... そこで、手回しオルガン弾きのブルンジバールと出会い、大道芸でお金を得る知恵を授けられる。が、ブルンジバールは、商売敵となった兄妹を邪魔する。すると、動物たちやこどもたちが兄妹を助け、最後はブルンジバールを追い出し、勝利の歌を歌い、幕となる。小さな力もひとつに集まれば、正義は成せる!という、こどもたちへのメッセージを籠めたオペラは、クラーサも収容されたテレージエンシュタットで、55回もこどもたちにより上演された。が、その後、多くの人々がガス室へと送られたことを考えると、このピュアな物語はあまりに切ない。何より、クラーサがこどもたちのために書いた音楽、それは児童唱歌の羅列というようなレベルを越え、ヴァイルの音楽劇のようなキャッチーさに彩られて、表情豊かなナンバーが並び、しっかりとしたオペラを織り成し、得も言えず朗らか... で、テレージエンシュタットのこどもたちが、この楽しい音楽を、一生懸命に稽古し歌ったかと思うと、居た堪れなくなってしまう。
それを際立たせる、カラスの指揮、ディスマン放送児童アンサンブル... いい具合にユルい、こどもたちの歌声が、何とも言えず愛らしく、物語に味わいを生み出していて、こどもらしさを活かした歌声に魅了されずにいられない。またそこには、こどもたちのありのままを活かそうというクラーサの意志も見出されるようで、ユルさを以って完成されるところもあるのか?そういう、素朴な味わいを魅力としようとするスタンスにも感銘を受ける。だからこそ、その音楽はよりピュアに感じられ、普段のオペラとは違う、音楽の素の姿に触れるようで、癒されさえする。それでいて、チェコ語の響きがかわいい!いや、全てがかわいい!だからこそ、残酷に感じる。テレージエンシュタットで歌っていたこどもたちのことを考えると...

Composers from Theresienstadt 1941-1945
Hans Krasa Brundibár | František Domažlický Czech songs


クラーサ : オペラ 『ブルンジバール』
ドマジュリツキー : 児童合唱のためのチェコ民謡 Op.17

ヨジャ・カラス/ディスマン放送児童アンサンブル

CHANNEL CLASSICS/CCS 5193




テレージエンシュタットの風景を炙り出す、『アトランティスの皇帝、あるいは死の拒絶』。

4408542
テレージエンシュタットでは、『ブルンジバール』が象徴するように、思い掛けず、文化的な活動が盛んであった。ナチス・ドイツによるユダヤ人収容所というと、どうしてもアウシュヴィッツのイメージが先行し、とても文化的なイメージとは結び付かないのだけれど、テレージエンシュタットは、アウシュヴィッツに送り出される前段階の収容所であったことで、文化的な活動を行える奇妙な余地が生まれる。また、ナチス・ドイツも、この文化的な活動を対外宣伝に利用し、第2次大戦も押し迫った頃、1944年、国際赤十字社をテレージエンシュタットに招き、ユダヤの人々がコンサートを楽しむ姿などを公開している。が、この公開が終わると、多くのユダヤの人々がアウシュヴィッツへと送られ、二度と戻ることはなかった。そんな、悲劇的な最期を遂げたひとり、ウルマン... その前年、テレージエンシュタットで書かれた、オペラ『アトランティスの皇帝、あるいは死の拒絶』(track.1-21)。
現在はチェコとポーランドにまたがる都市、チェシンで、カトリックに改宗していたユダヤ系の両親の下に生まれたウルマン(1898-1944)... 第1次大戦後、シェーンベルクに師事、クラーサ同様、プラハの新ドイツ劇場で仕事をしながら、間もなく作曲家として頭角を現す。が、ナチス・ドイツにプラハが占領されると、1942年にテレージエンシュタットに送られ、自らが置かれた困難な状況をアイロニカルに描く、独特なオペラを生み出す。近代化によって人間性が希薄になってしまった世の中、人々は笑わなくなり、死は軽んじられ... それがおもしろくない死神がへそを曲げ、ストライキを起こす。すると、誰も死ななくなるという異常事態に!死を恐れつつも、誰も死ねないことに慄く皇帝は、やがて死神を見つけ、元の状態に戻すよう懇願するのだが、死の復活に際し、そのひとり目に皇帝の死を要求する、死神。皇帝は怯むも、やがて死を受け入れ、物語は静かに幕となる。収容所で上演するにはブラック・ユーモアがキツ過ぎる?いや、静かな死を受け入れることで幕となるあたり、テレージエンシュタットの人々への慰めを意味したのだろうか?ウーン、これには唸ってしまう。軽やかにして、深い(台本は、やはりテレージエンシュタットの収容者、イラストレーターだったキーン... )。で、ウルマンの音楽がまた魅力的。拡声器を使用し、印象的なサウンドで、ナチスの時代の空気感を巧みに盛り込みつつ、1920年代、楽しかった頃の音楽、ジャズやキャバレー・ソング、ヴァイルの音楽劇のテイストで展開しながら、ハイドンの皇帝賛歌(track.7)や、ルターのコラール「神はわがやぐら」(track.20)を引き込み、このオペラのアイロニカルなあたりを際立たせる。いや、台本から音楽から水際立っている!1時間に満たないオペラだけれど、中身は驚くほど濃い!
という、希有なオペラを掘り起こした、ツァグロセク、ゲヴァントハウス管。彼らの演奏もまた水際立っている!多彩なウルマンのサウンドを、明晰に、瑞々しく響かせ、死が停止するというシュールな物語を、センス良く引き立てる。そこには、ユダヤ人収容所の陰惨さは、微塵も感じられないのだけれど... だからこそ、このオペラが作曲され、上演されようとしていた場所の異様さが、強調されるように感じる。そして、皇帝を歌うクラウス(テノール)を筆頭に、真っ直ぐな歌声で、飄々と、奇妙奇天烈な物語を紡いで行く歌手たちも見事。どこか浮世離れしたような雰囲気を醸し出し、このオペラのシュールさを希有なものにしている。そうして、ピュアなメッセージが、このオペラから放たれるのか、鮮烈な聴き応えを残す。

ULLMANN: DER KAISER VON ATLANTIS/etc.
Kraus・Berry・Vermillion/Gewandhausorchester Leipzig/Zagrosek


ウルマン : オペラ 『アトランティスの皇帝、あるいは死の拒絶』 Op.49
ウルマン : ヘルダーリン歌曲集 **

オーヴァーオール皇帝 : ミヒャエル・クラウス(テノール)
拡声器 : フランツ・マツーラ(バリトン)
兵士 : マルティン・ペッツォルト(テノール)
ブービーコップフ : クリスティアーネ・エルツェ(ソプラノ)
死神 : ヴァルター・ベリー(バリトン)
ハレルキン : ヘルベルト・リッペルト(テノール)
鼓手 : イリス・フェルミリオン(メッゾ・ソプラノ) *

ローター・ツァグロセク/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
ヨーナタン・アルダー(ピアノ) *

DECCA/440 854-2




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