SSブログ

大恐慌、全体主義、転落して行く1930年代のヒロイン、ルル... [before 2005]

4154892.jpg
オリンピック、始まりました。開会式、選手たちの楽しんでいる姿、様々なユニフォーム、時折、現れる民俗衣装などを追っていると、やっぱり、オリンピックって意義深いなと、感じ入ってしまう。不正、不寛容、暴力... 世界は、ただひたすらにぎくしゃくするばかり、今にも壊れそうな中、こうして、オリンピックの名の下に、世界中から選手たちが一所に集う。今の世界には、ただそれだけで大きなメッセージを放っている気がする。もちろん、それで全ての問題が雲散するわけではないし、そもそも、リオでオリンピックをすること自体が、大きな問題を孕んでさえいる。けれど、文化、国籍を越え、連帯し、公正さを以って、互いの理解に努める... というオリンピック精神が、21世紀に再確認されることは、スポーツに留まらず、意義深いこと。いや、希求されるべきものだなと。それにしても、すでに睡眠不足気味... 水泳、400m個人メドレーとかね、予選から釘付けでした。凄い!
さて、音楽です。1920年代を聴いて来たので、そのまま1930年代へ... 楽しかった1920年代は過去に、1930年代、崩れゆく時代の危うさ、破綻を予兆するオペラ、ピエール・ブーレーズの指揮、パリ・オペラ座、テレサ・ストラータス(ソプラノ)のタイトルロールによる、ベルクのオペラ『ルル』、チェルハ補筆による3幕版(Deutsche Grammophon/415 489-2)で聴く。

ヴェーデキント(1864-1918)の戯曲、『地霊』、『パンドラの箱』を素材に、ベルク自身が書いた台本が完成したのは1928年。その作曲が本格化するのはウォール街で株価が大暴落した1929年。作曲は着々と進められ、1934年までには全体のスケッチがほぼ完成。が、1935年、ベルクが可愛がっていたアルマ・マーラーの娘、マノンが亡くなったことで、作曲を中断、「ある天使の思い出に」という哀悼の言葉が添えられたヴァイオリン協奏曲の作曲が優先される。その後、『ルル』をオペラハウスに売り込むため、プレゼンテーション用にルル組曲を編み、ベルリンで初演。それを弾みにオーケストレーションに取り組むも、最終幕、3幕を完成させずにベルクが急死... ベルク夫人は、何とか『ルル』を完成させようと、夫の師、シェーンベルク、夫と同門、ヴェーベルンに補筆を依頼するが、断られ、結局、完成されていた2幕までと、ルル組曲を用い、1937年、チューリヒでの初演に踏み切る。大恐慌が1920年代の享楽的な気分を吹き飛ばし、全体主義がヨーロッパを覆う中、オペラ『ルル』は生み出されようとしていたわけだ。そして、完成を見なかった... いや、何て象徴的なのだろう!
貧民街でシェーン博士に見出されたルル... プロローグでは蛇として紹介されるのだけれど、これは『創世記』のアダムとイヴにリンゴを勧めた蛇だろうか?そこからダークな『マイ・フェア・レディ』につながり... シェーン博士の下、何不自由ない環境で美しいレディーに成長を遂げたルルだったが、自らの魅力と無邪気さで、周囲の人々を破滅に追い込んで行く。が、ルル自身もまた破滅の道を突き進んで行く。結婚し夫となったシェーン博士を正当防衛から射殺してしまったルルは、裁判に掛けられ、有罪判決を受け、投獄される。が、ルルを崇拝する面々により脱獄に成功、パリに逃れ、享楽的な生活を送るものの、株の急落で状況は一変、今度はロンドンに逃れ、売春をしながら何とか生きて行く果てに、切り裂きジャックに出くわし餌食となる。ヴェーデキントの原作は、世紀末の退廃を綴るものの、ベルクはより生々しい時代の表情を読み込んで、第1次大戦前、1920年代、大恐慌後へと、ルルという存在を通してヨーロッパの歩みを描き出すかのよう。で、その最後、ルルの凄惨な死には、第2次大戦の恐るべき悲劇が予兆されるのか... それを、ベルクは、完成させなかったのは、偶然か...
で、ベルクの音楽なのだけれど、新ウィーン楽派ならではの12音技法を用いつつも、より柔軟な形を見せ、独特な境地を切り拓く『ルル』。曖昧模糊とした音が連なって紡ぎ出される旋律は、よくよく聴くと、整理されているようで、無駄が無くも感じられ、何より、台詞を丁寧に乗せて、不思議とスムーズに物語を運ぶ。すると、台詞を歌うというオペラ特有の力みが、ふわっと解けて、ルルを始めとする個性的なキャラクターたちを、ナチュラルに動かすようで、印象的。一方、それにより全体がフラットに感じられて、表現主義的なサウンドでありながらも、軽みが生まれるのが興味深い。そこに、時代や場面を表す具体的な音楽、ジャズやワルツが香りのように漂い、音楽に映像的な感覚が生まれ、これがクール。そして、実際に、映像も用いたベルク... 2幕、物語を補完する映画のための音楽(disc.2, track.6)が、見事!ノワール感を漂わせながら、モダニスティックで、ドラマティックで、ゾクゾクさせられる音楽は、このオペラの白眉と言えるのかも。で、『ルル』の魅力は、この映画音楽のように、場面転換で流される充実したオーケストラによる音楽かもしれない。オペラにありがちな歌で場面の表情を強調するのではなく、場面転換で強いアクセントを付け、物語に推進力を与える妙。いや、これはオペラというより、ストレート・プレイに近い感覚なのかもしれない。だからこそ、全体が緊張感に包まれ、サスペンスフル!
という『ルル』を、ブーレーズは、思い掛けず濃密に、ヘヴィーに仕上げていて、驚かされる。でもって、こういう闇を濃くするようなサウンドを響かせてしまうブーレーズの節操の無さ、というか、その音楽性の意外な柔軟性に、改めて興味深いものを感じる録音... そもそも、チェルハの補筆による3幕版の初録音(1979)ということで、どこか作品を消化し切れていないような消化不良感がヘヴィーさを生む?普段なら冷徹に作品を捌くブーレーズにして、わずかに持て余すようなところも。が、それをルルの危うさにつなげてしまう?そうしたあたり、何だかズルくも感じられるのだけれど、おもしろい!そして、ルルを歌うストラータスを筆頭に、充実のキャストたちがそれぞれのキャラクターを活かし切り、見事な群像を作り出す。だからこそ、『ルル』の不可解さと、堕ちて行く展開が際立ち、重く、闇を濃くしながら、暗い魅力を放つ。

Alban Berg
LULU
Pierre Boulez


ベルク : オペラ 『ルル』 〔チェルハ補筆による3幕版〕

ルル : テレサ・ストラータス(ソプラノ)
ゲシュヴィッツ伯爵令嬢 : イヴォンヌ・ミントン(メッゾ・ソプラノ)
劇場の衣裳係/ギムナジウムの学生/下僕頭 : ハンナ・シュヴァルツ(アルト)
医事顧問 : トニ・ブランケンハイム(バリトン)
画家/黒人 : ロバート・ティアー(テノール)
シェーン博士/ジャック : フランツ・マツーラ(バリトン)
アルヴァ : ケネス・リーゲル(テノール)
猛獣使い/ロドリーゴ : ゲルト・ニーンシュテット(バス)
シゴルヒ : トニ・ブランケンハイム(バス)
公爵/従僕/侯爵 : ヘルムート・パンプフ(テノール)
劇場支配人/銀行家 : ジュール・バスタン(バス)

ピエール・ブーレーズ/パリ・オペラ座管弦楽団

Deutsche Grammophon/415 489-2




nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。