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ロシア革命がまだ新鮮だった頃、そして、ソヴィエトのジャズ・エイジ。 [before 2005]

第1次大戦後、古い権威は失墜し、1920年代、ヨーロッパには自由な気分が充ち溢れる。そうした中、音楽もまた自由に羽ばたき、ジャズに、マシーンに、キャバレーに、それまでになかった新奇な感性に彩られ、大きな盛り上がりを見せた。が、この輝かしい自由、長くは続かなかった。1929年の大恐慌の始まりにより、人々が余裕を失い出すと、そこへ付け込むように全体主義が忍び寄り、1933年にはドイツでナチスが政権を掌握。ロシア革命が成立させた社会主義体制により、大恐慌の影響を受けなかったはずのソヴィエトでもスターリンが権力を集中させ、恐怖政治が始まる。これにより、まさしく革命的だったソヴィエトの芸術界は、「社会主義リアリズム」の名の下、体制の管理下に置かれ、革新性は弾圧の対象となり、急速に輝きを失って行く。そうした、1920年代から1930年代という時代の空気の変化を、ショスタコーヴィチの音楽から見つめてみようかなと...
まずは、1920年代... ネーメ・ヤルヴィが率いていたイェーテボリ交響楽団による、ショスタコーヴィチの2番と3番の交響曲(Deutsche Grammophon/469 525-2)。それから、1930年代... リッカルト・シャイーが率いていたロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団による、ショスタコーヴィチのジャズ、"THE JAZZ ALBUM"(DECCA/433 702-2)の2タイトルを聴く。


1920年代、ソヴィエトが自由だった頃、刺激的なサウンドを落とし込んだプロパガンダ!

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1927年、ショスタコーヴィチは、未だ21歳だったが、レニングラード音楽院の卒業制作だった1番の交響曲(1925)が国際的な評価を受けたことにより、一躍、新進作曲家として注目を集め、ロシア革命(1917)から10年目にあたるこの年、国立出版所音楽局から、革命10周年を記念した大規模な作品の委嘱を受ける。そうして作曲されたのが、2番の交響曲、「十月革命に捧ぐ」(track.1-5)。つまり、ソヴィエトのプロガンダ... 帝政下における抑圧の重苦しいあたりから、革命の闘争を経て、最後はコーラスが加わっての「レーニン!」のシュプレッヒ・コール、革命の勝利!という展開。いやはや、よくできたプロパガンダ... 作曲家の若さゆえだろうか、それは無邪気にすら感じられるほど... 一方で、それは、革命が輝かしさを失っていなかったことを感じさせるものでもあり、何とも言えないフレッシュさに充ち満ちている!音楽としては、交響曲というより歌付きの交響詩のような形を採っているのだけれど、抑圧から解放へのグラデーションが冴える。ロシア革命は、多くの亡命者を生んだものの、1920年代、ソヴィエトには、そうした亡命者も含め、西側から様々な音楽家たちが訪れ、ショスタコーヴィチは、モダニズムの最先端にある音楽に、直接、触れる機会を得ている。そうしたものが見事に反映された2番の交響曲。無調を用い、表現主義的な混沌から、27声部を用いての異様な対位法(track.3)を繰り出し、サイレンを鳴らして、革命をより具体的に印象付け、コーラスを登場させることで、空気を変える。新しい音楽表現を巧みに革命の物語に落とし込む器用さ... 改めて、この交響曲を聴くと、ショスタコーヴィチの鋭い感性に感心させられる。何より、自由に音楽を紡ぎ出して生まれる、はち切れんばかりの表現の鮮やかさに惹き込まれる。
続く、3番の交響曲、「メーデー」(track.6-10)は、2番の3年後、1930年の作品。2番と同じように、最後にコーラスが加わり、やはりプロパガンダとしての役割を担い、よく似た印象もあるのだけれど、この2番から3番への経過には、ショスタコーヴィチの作曲家としての成長がはっきりと刻まれ、実に興味深い。より「交響曲」という形に収斂された3番(track.6-10)には、後のショスタコーヴィチの交響曲を思わせる展開が見て取れて、2番にあった挑戦的な学生気分は抜け、プロフェッショナルとしての仕事を感じる。一方で、その音楽は明らかに保守的... それは、作曲家自身が望み、より多くの人々に向けられた交響曲だったからなのだけれど、「社会主義リアリズム」へと至る予兆が表れているようでもあり、そこに少し不穏さも感じられる。さて、最後は、気分を変えて、3番の翌年、1931年に初演されたバレエ『ボルト』(track.11-18)が取り上げられるのだけれど... そこには、西側の1920年代のトーンが、それとなく引き込まれていて、興味深い。イデオロギーを越えて、ソヴィエトにもジワリと影響を及ぼし始める西側の最新流行、1930年代のジャズ組曲へとつながって行く。
という、ショスタコーヴィチの20代の作品を聴かせてくれたネーメ、イェーテボリ響。まず、ネーメらしい率直なアプローチが印象的で、20代のショスタコーヴィチを瑞々しく浮かび上がらせ、魅了される。いや、何と言っても若々しいサウンド!2番(track.1-5)など、本来、プロパガンダならではの重苦しさがあっておかしくないはずが、重苦しさにまで、新進作曲家のフレッシュさを見出せてしまうから凄い... そんなネーメに応えるイェーテボリ響の精緻な演奏もすばらしく、2番、3番、『ボルト』と、どんどん変化する性格に、卒なく対応し、それぞれに魅力を引き立たせて来るあたり、感心させられるばかり。

SHOSTAKOVICH: SYMPHONIES NOS. 2 & 3・SUITE: THE BOLT
GOTHENBURG SYMPHONY ORCHESTRA / NEEME JÄRVI


ショスタコーヴィチ : 交響曲 第2番 ロ長調 「十月革命に捧ぐ」 Op.14 *
ショスタコーヴィチ : 交響曲 第3番 変ホ長調 「メーデー」 Op.20 *
ショスタコーヴィチ : バレエ 『ボルト』 組曲 Op.27a

ネーメ・ヤルヴィ/イェーテボリ交響楽団
イェーテボリ交響楽団合唱団 *

Deutsche Grammophon/469 525-2




1930年代、思い掛けなく開いてしまった西側からの穴、そこから漏れ出したジャズ...

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1934年、オペラ『ムツェンスク郡のマクベス夫人』をレニングラードで初演した27歳のショスタコーヴィチは、その成功により、早くも音楽人生の絶頂にあった。が、1936年、『... マクベス夫人』がモスクワで再演されると、スターリンに目を付けられ、再演の2日後、共産党の機関紙『プラウダ』において、大々的な批判を受け、死をも覚悟するような危機的状況に陥ってしまう。そう、1930年代半ばは、スターリンが着々と権力を掌握していた頃であり、ソヴィエトの芸術界は、世界を驚かせた革新性から、「社会主義リアリズム」という検閲下に置かれる暗愚な時代へと沈んで行くことに... そんな1930年代のショスタコーヴィチを「ジャズ」から切り取る興味深い1枚、"THE JAZZ ALBUM"。1928年、1番の交響曲を初演した指揮者、マルコの挑戦を受けて、オーケストレーションを施した「二人でお茶を」(track.16)、そんな西側の最新流行の影響を受けて1933年に作曲された、ショスタコーヴィチ流のジャズ風を織り込む奇作、1番のピアノ協奏曲(track.4-7)。その翌年、さらに踏み込んで、ジャズ・バンドのために作曲された1番のジャズ組曲(track.1-3)... 1932年に、ソヴィエトの大衆音楽の方向性を決めて来たロシア・プロレタリア音楽家同盟が解散されると、遅れ馳せながらソヴィエトでもジャズ・ブームが巻き起こるのだけれど... つまり、"THE JAZZ ALBUM"から聴こえて来る音楽というのは、プラウダ批判を前に、思い掛けなく開いてしまった西側からの穴、そこから漏れ出したジャズ・エイジの残照と言えるのかもしれない。
ということで、まずは1曲目、1番のジャズ組曲(track.1-3)。どういうわけか、その始まりはワルツ... 何だか、フェリーニの映画あたりから流れて来そうな、裏寂しさを漂わせたトーン。で、ベルリンのキャバレーを思わすようなムーディーさも滲ませ、不思議。最後のフォックス・トロット(track.3)にはタンゴまで混じり、さらにさらに不思議。いや、ジャズというものを、漠然と「軽音楽」として受容したソヴィエトの限界を思い知らされる。が、かえってこの限界が、音楽を意外な方向へと導いて、他には無い独特な魅力を放つおもしろさ!そして、それがより際立つ1番のピアノ協奏曲(track.4-7)。ショスタコーヴィチは、トランペット協奏曲として構想し始めたらしいのだけれど、間もなくピアノが加わり、いつの間にやらトランペットの存在感は薄まり、トランペット独奏付きの一筋縄では行かないピアノ協奏曲に辿り着く。いや、この思い付き感!これが、ジャズのインプロヴィゼーションと重なるようでもあり、先の読めないスリリングさが、味になっている。そして、ピアノの軽やかな表情にはジャズのテイストも見え隠れし、終楽章(track.7)では、ラグタイムが音楽を引っ掻き回してスラップスティック!また錯綜する中には、ハイドンやベートーヴェンなどが引用され、擬古典主義的な性格も... となると、ジャズに留まらず、西側の1920年代が、1930年代のソヴィエトで再現されるという、奇術でも見るような感覚もあって、不思議...
という、ショスタコーヴィチのジャズを、飄々と繰り出す、シャイー、コンセルトヘボウ管。シャイーならではの明晰さ、コンセルトヘボウ管の精緻な演奏が、1930年代、当時のソヴィエトの風景をシャープに蘇らせるようで、音楽を楽しむというより、記録映像を見るような感覚があって、刺激的。そこに、冴え渡るブラウティハムのピアノ!マシーンっぽく、ちょっと即物的なあたりがクールで、ソヴィエトという特殊な環境と、スターリンによる恐怖政治前夜のウキウキとした気分を卒なく捉え、リアルな空気感を活写する。いや、ショスタコーヴィチというレンズで、1930年代のソヴィエトを覗くようで、おもしろい。

SHOSTAKOVICH: JAZZ SUITES NOS. 1 & 2/etc.
ROYAL CONCERTGEBOUW ORCHESTRA / RICCARDO CHAILLY


ショスタコーヴィチ : ジャズ組曲 第1番
ショスタコーヴィチ : ピアノ協奏曲 第1番 ハ短調 Op.35 **
ショスタコーヴィチ : 舞台管弦楽のための組曲
ショスタコーヴィチ : タヒチ・トロット 〔二人でお茶を〕

ロナルド・ブラウティハム(ピアノ) *
ペーター・マスーズ(トランペット) *
リッカルド・シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

DECCA/433 702-2


ところで、2番のジャズ組曲(track.8-15)なのだけれど、この作品の正しい名称は、舞台管弦楽のための組曲。本物の2番のジャズ組曲は、第2次大戦によって失われてしまっている。道理で、ジャズの要素が皆無なわけだ... と、腑に落ちた。が、これはこれで魅力的!特に第2ワルツ(track.13)、たまりませんね。うらぶれていて、チープで、仄暗くて、どうしようもなくキャッチー...




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