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1920年代、マシーン・エイジのアンファン・テリヴル。 [before 2005]

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さあ、馬車に乗って、舞踏会へ参りましょう。そんな時代の音楽だと思われがちなクラシック... いや、間違ってはいないのだけれど、例えば、ラヴェルが健在だった時代、1920年代にもなると、もはや、舞踏会に集っていたような人々の半数が革命により特権を失い、馬車ではなく自動車が走り、鉄道の線路はどこまでも伸び、電話がつながり、ラジオの放送も始まり、現在の我々の日常を取り囲む様々なツールが活躍を始めていた。何より、それらが輝いていた!マシーン・エイジ... それは、芸術家たちにも、大きなインスピレーションを与えることになる。機械化への憧れが、人間の姿をロボットのように描かれ、建築では、鉄骨、ガラス、コンクリートといった工場が製造する素材を大胆に用い、旧時代の象徴、装飾は廃され、機能美が追求された工業デザインの考えが登場し、当然、音楽も機械化が試みられることに... そして、その象徴とも言える音楽を聴く!
1926年、パリっ子たちに衝撃を与えた『バレエ・メカニーク』。この奇作を含むアンタイルの作品を網羅した、HKグルーバーの指揮、アンサンブル・モデルンによるアルバム、"FIGHTING THE WAVES"(RCA RED SEAL/09026 68066 2)を聴く。

ジョージ・アンタイル(1900-59)。
アメリカ東海岸、ニューヨークとフィラデルフィアのちょうど中間にあるトレントンで、ドイツ(ユダヤ系)からの移民の家に生まれたアンタイル。父親は靴屋をしていて、特別、音楽的に恵まれていたわけではなかったようだけれど、6歳でピアノを学び始め、13歳になるとフィラデルフィアへ通い、リストの弟子だったシュテルンベルクに付いて作曲も学び始める。1920年には、ブロッホに師事、作曲家としての素地を築き... そうした中で生まれた1番の交響曲、「ツィンガレスカ」(1920-22)では、ジャズを取り入れ、その後のアンタイルの音楽の方向性を示す。1922年には、コンサート・ピアニストを目指しヨーロッパへと渡り、ベルリンで改めてピアノを学ぼうとするも、作曲家として活動することを決意。翌、1923年にはパリに移り、サティ、ストラヴィンスキーといった大家たちはもちろん、同い年のアメリカからの留学生、コープランドらと親交を持ち、さらには、コクトー、ピカソ、レジェら、1920年代のパリを彩った多くの芸術家とも交流、大いに刺激を受けながら、間もなく、パリを震撼させる存在として頭角を現す。そして、その決定打が、レジェとのコラヴォレーションから生まれた『バレエ・メカニーク』。
レジェが製作した実験映画のために、自動演奏による音楽を画策したアンタイルだったが、16台もの自動演奏ピアノを擁し、それを同期化することに困難が伴い、何より、映像に連動させることが上手く行かず、映画と音楽は、別々の作品として完成されることに... アンタイルによる音楽は、結局、自動演奏ピアノは1台に限られ、人による8台のピアノと、4つのシロフォン、2つのエレクトニック・ベル、2つのプロペラ、タムタム、4つのバス・ドラム、サイレンという構成で、1926年に初演。完全なる自動演奏は叶わなかったものの、十二分過ぎるほどにメカニークなイメージを炸裂(ベルやら、プロペラやら、サイレン!)させ、センセーションを巻き起こす。で、アンサンブル・モデルンが取り上げるのは、アンタイルがアメリカに戻った後、第2次大戦後の1952年から翌年に掛けてブラッシュ・アップされた4台のピアノとパーカッションによるヴァージョン(track.2)。オリジナル版の強烈さを体験すると、聴き易くなってしまって物足りない?いやいや、メカニークな気分は損なわれておらず、十分にスリリング!というより、よりメカニークとして研ぎ澄まされた印象があり、各所が非常にシャープで、オリジナル版のオイル塗れで、騒音を放つインダストリアルなインパクトとはまた違う、スタイリッシュなサウンド、展開が、クール。で、アンサンブル・モデルンの鋭い感性が、よりそのクールさを際立たせてもいて、隅々までパシっとピントのあった演奏は、デジタル世代のメカニークなんて言えるのかも... この奇作を、間違いなく、新たな次元に引き上げている!
で、『バレエ・メカニーク』(track.2)ばかりでないアンタイルを丁寧に網羅するのが、アンサンブル・モデルンの"FIGHTING THE WAVES"。ジャズ・シンフォニー(track.4)に、アンサンブル用にアレンジされたジャズ・ソナタ(track.7)と、ジャズ・エイジならではの音楽も並び、本場仕込みにして、ヨーロッパ大陸の聴衆相手に、人を喰ったような音楽を展開して、アンファン・テリヴルぶりも、すっかり楽しませてくれる。その一方で、アンタイルの真面目な一面も垣間見せる作品も取り上げられ... まず、アンタイルがヨーロッパに渡る前、音楽を学んでいた頃の1919年の作品、弦楽四重奏による「リトアニアの夜」(track.5, 6)。ストラヴィンスキーを思わせるテイストが印象的で、『春の祭典』(1913)の噂はアメリカにも伝わり、若い作曲家もちゃんと興味を示していたのだなと... それから、パリへと移った1923年の作品、ヴァイオリン・ソナタ(track.9-12)は、律儀に4楽章で構成しながら、パリの最新にして多様なモダニズムをそれぞれの楽章で吸収、表情に富む音楽を繰り出し、これは、なかなかの佳曲。そして、アルバムのタイトルにもなっている、パリで親交を持ったイェイツの戯曲のために1929年に作曲された劇伴、『ファイティング・ザ・ウェイヴズ』(track.3)。テノールとコーラスが歌う音楽は、なかなか雄弁で、ブリテンのオペラを思わせるような瑞々しさが印象的。いや、歌でも聴かせるアンタイル... アンサンブル・モデルンは、アンファン・テリヴルのセンセーショナリズムだけではない、思いの外、何でもこなせる器用な作曲家、アンタイルに迫っている。このアルバムの魅力は、アンタイルの器用さの再発見こそと言えるのかも...
さて、そのアンサンブル・モデルンなのだけれど... 現代におけるアンファン・テリヴル?HKグルーバーを指揮に迎えつつ、アンファン・テリヴルとは真逆のベクトルで、アンタイルの音楽をすきっと処理して来る。それは、メカニカルな印象を受けるほど即物的?いや、この感覚がHKグルーバー流のひねりなのか?それを可能とする、アンサンブル・モデルンの高度にして確固たる技術も見事。見事過ぎて、どこかおもちゃのような感触も生まれる『バレエ・メカニーク』(track.2)のおもしろさ... そこには、アンファン・テリヴルを手玉に取るほどの余裕すら感じられ、また、それくらいだからこそ、すっきりとアンタイルのあらゆる仕事ぶりを捉え切る。で、始まりと終わりには、『バレエ・メカニーク』からは想像できないような、素朴なサウンドを紡ぎ出す、春I(track.1)と春II(track.13)を置き、アンファン・テリヴルの奇天烈さばかりでない、余韻まで纏わせてしまう巧妙さ。"FIGHTING THE WAVES"には、驚くほど豊かな音楽世界が広がる。

ANTHEIL ― FIGHTING THE WAVES
ENSEMBLE MODERN ― HK GRUBER

アンタイル : 春 I 〔ヴァイオリン・ソロのための〕 *
アンタイル : 『バレエ・メカニーク』 〔4台のピアノとパーカッションのための〕 *
アンタイル : 『ファイティング・ザ・ウェイヴズ』 〔テノール、合唱と室内オーケストラのための〕 **
アンタイル : ジャズ・シンフォニー *
アンタイル : リトアニアの夜 〔弦楽四重奏のための〕 *
アンタイル : ジャズ・ソナタ *
アンタイル : 室内オーケストラのための協奏曲 *
アンタイル : ヴァイオリン・ソナタ 第1番 **
アンタイル : 春 II *

HK グルーバー/アンサンブル・モデルン *
ヤグディシュ・ミストリー(ヴァイオリン) *
ヘンデル・クレッチュマー(ピアノ) *
マーティン・ヒル(テノール) *

RCA RED SEAL/09026 68066 2




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