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宇宙を感じ、身体を癒す、音楽の根源的な姿へ、"Officium"。 [before 2005]

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規則正しい天体の運行、巡る季節など、宇宙や自然に音楽(ムジカ・ムンダーナ)を見出していた中世の人々... 脈動や呼吸、身体の様々な現象にも音楽(ムジカ・フマーナ)を見出していた中世の人々... そして、今、我々が「音楽」と呼ぶ、声や楽器によって響かせる、耳に聴こえる音楽(ムジカ・インストゥルメンターリス)。この三層構造による中世ヨーロッパの音楽観というのは、現代からするとちょっと仰々しい。突飛にすら感じられる。けれど、前回、神秘家、ヒルデガルトの音楽、ミディアム=霊媒として、天上からのものを受信し綴られた音楽を聴き、中世における音楽像が腑に落ちた気がした。そして、そういう音楽観に、今、強く惹き付けられる。天候や世の乱れ、体調不良を、調律の不具合と考えた中世の人々... こういう眼差し、21世紀にこそ必要な気がする。
そんな21世紀、このストレスフルな時代に、瞑想するように音楽に身を浸してみたい... ジャズ界のマエストロ、ヤン・ガルバレクのサックスと、古楽界の老舗、男声クァルテット、ヒリアード・アンサンブルによるコラヴォレーション、中世からルネサンスまで、聖歌にサックスを合わせたらという伝説の実験、"Officium"(ECM NEW SERIES/445 369-2)を聴く。

ジャズと古楽という組合せは、やっぱり衝撃的(このアルバムがリリースされた1994年なら、なおさら!)なのだけれど、"Officium"から流れ出るサウンドのナチュラルさは、ただならない(そのことこそが衝撃的!)。静謐な古楽の聖歌に、ジャズのサックスが乗るなんて、ギミックの極み!が、ガルバレクとヒリアード・アンサンブルにより放たれるサウンドには、こうあるべきだとすら感じるほどの雄弁さ、昇華された音楽の姿がある。というより、それは音楽なのか?サックスの鮮やかなサウンドに彩られた、透明感を湛えるポリフォニーは、ユニヴァーサル!最初の一音から、宇宙空間に放り込まれたような、何とも言えぬ浮遊感を味わうことに... このトリップ感が尋常じゃない。いや、これこそムジカ・ムンダーナかもしれない(正確には、ムジカ・ムンダーナをムジカ・インストゥルメンターリスによって具現化する... )。音楽を聴くというより、音楽を体感する感覚... まるで、天体の軌道が浮かび上がるような音の動きを見出せるようで、そのスペイシーなサウンドを、惹き込まれるままに追っていると、身体感覚を失ってしまいそう。やがて、宇宙と一体化するような、そんな錯覚すら覚え、瞑想状態に... そもそも、中世からルネサンスへ、祈りの音楽が果たした役割は、そういう瞑想状態を創り出すものだったかなと... それが、時を経て、サックスという触媒を得て、再び、ムジカ・インストゥルメンターリスを越えた音楽像を取り戻しているのか?"Officium"におけるジャズと古楽のコラヴォレーションは、新しい試みのようでいて、実は中世へと還ることなのかもしれない。だからこその、単に音楽を聴くに留まらない、壮大なスケール感と深い癒しがあるのだろう。
という"Officium"を構成する音楽... グレゴリオ聖歌(track.4, 14)に、それ以前に遡るソールズベリ聖歌(track.13)、ゴシック期のペロタン(track.9)、ルネサンスの始まりを告げるデュファイ(track.12)、ルネサンス爛熟期のモラーレス(track.1, 8, 15)など、実に幅広く、古楽におけるヴァラエティに富む個性を丁寧に拾い集め、凝っている。そして、その個性に、絶妙に色を添えるガルバレクの見事さ... よくよく聴けば、サックスがドローンを担い、コルネット(角笛)を思わせるところもあり、声部のひとつとして、ポリフォニーの一端を担うような、古楽の内で表現しようという意志も窺え、興味深い。一見、自由に吹いているようで、しっかりと過去を見据えているわけだ。もちろん、ガルバレクらしさも光り、コンテンポラリー・ジャズのアブストラクトなテイストが、洗練された声のハーモニーを前に、迷いの無いパフォーマンスを繰り広げ、圧倒的。さらに、ヒリアード・アンサンブルも負けていない... 洗練の極みを感じさせる見事なハーモニーは、石造りの壮麗な聖堂に響くようで、ひんやりとした表情を作り、まさに静謐。サックスの押し出しの強さに負けない静謐さに、吸い込まれるよう。で、美しく澄み切った声と、鋭く鮮やかなサックスの響きが、互いを引き立て、際立たせ、その先に、音楽を越えるようなスペイシーを出現させる。それぞれのジャンルの第一級のアーティストたちがぶつかるからこそ生まれる雄弁さ... 生半可のコラヴォレーションではない、容赦なくぶつかり合ってこそ得られる融合の純度の高さに、ただただ感服...
しかし、癒される。癒されて、ムジカ・フマーナを感じることもできる。一瞬なりとも、現代ならではの緊張感からは解き放たれ、肩の重みが外れ、頭の締め付けは緩み、いつもより深く呼吸できるような... 身体が調律されるのを感じる... って、気のせいかもしれないけれど、それでも、どんな音楽にも増して癒しのパワーを感じてしまう。久々に聴いてみると、余計にそのパワーに圧倒され、何だかフワーっとしてしまう。もう完全に音楽を聴いている感じじゃない。クラシックを癒しって言うな!なんて、憤っていたことを、完全に忘れてしまう。一方で、癒しも与え得る音楽、ムジカ・フマーナを調律する力を持った音楽こそ、本物なのかもしれない。そして、ムジカ・ムンダーナを感じられる音楽... 音楽を聴くことで、より大きなつながりを感じられる音楽こそ、21世紀に必要な音楽に思えて来た。今さらながら、そんな"Officium"に感動してしまう。

Officium Jan Garbarek / The Hilliard Ensemble

モラーレス : わたしを見逃してください、主よ
作曲者不詳(14世紀、チェコ) : はじめは
作曲者不詳(14世紀、チェコ) : サンクトゥス
グレゴリオ聖歌 「とこしえに統べる方を」
ピエール・ド・ラ・リュー : 救いなるいけにえよ
作曲者不詳(15世紀、ハンガリー) : 寝屋から出てきた花婿を
作曲者不詳(15世紀、チェコ) : この上なく美しいばらが
モラーレス : わたしを見逃してください、主よ
ペロタン : 祝せられた胎よ
作曲者不詳(14世紀、イングランド) : いばらの茂みから生じたばらよ
作曲者不詳(14世紀、チェコ) : クレド
デュファイ : 幸あれ、海の星よ
ソールズベリ聖歌 「かの処女はむちで打たれ」
グレゴリオ聖歌 「預言者エレミアの祈り」
モラーレス : わたしを見逃してください、主よ

ヤン・ガルバレク(サックス)
ヒリアード・アンサンブル

ECM NEW SERIES/445 369-2




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