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ある若者の旅の記憶、イタリアのベルリオーズ... [before 2005]

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脱ルネサンスで湧き上がる北イタリアの初期バロックの風景をスナップ的に捉えた "Viaggio Musicale"、大胆なコラヴォレーションから初期バロックの可能性を浮かび上がらせた "All' Improvviso"と、イタリアにおける初期バロックを興味深い2つの視点から見つめて来たのだけれど、イタリアがそれまでの音楽の流れを大きく変えた初期バロックのおもしろさに、ちょっと取り憑かれ気味なので、ここで、一休み。気分を変えてロマン主義!ローマへ留学したベルリオーズのイタリアでの思い出を綴った音楽を聴いてみようかなと...
ジョン・エリオット・ガーディナー率いる、オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティクの演奏、ジェラール・コセのヴィオラで、ヴィオラ独奏付きという異色の交響曲、ベルリオーズの交響曲「イタリアのハロルド」(PHILIPS/446 676-2)を聴く。

久々のロマン主義に、クラシックに帰って来たァ。という安堵感が広がる。もちろん、初期バロックに物足りなさを感じていたわけではないのだけれど、ルネサンスを脱して2世紀、ロマン主義のどっしりとした存在感に、改めて圧倒され、そこまでの音楽の確かな歩みに感慨を覚えずにいられない。けど、「イタリアのハロルド」(track.1-4)は、異色の交響曲... ある意味、2世紀前の初期バロックの音楽のような、自由さを孕むところがあって、やはりその自由さに、新たな時代の到来を感じる。という「イタリアのハロルド」は、幻想交響曲(1830)の演奏に触れ感銘を受けたパガニーニが、ヴィオラ協奏曲を念頭に委嘱(1834)したのが始まり... で、パガニーニの頭の中にあった構想は、合唱を加えての、スコットランドの悲劇の女王、メアリー・スチュアートの最期を描くという途方も無いもの(ベートーヴェンの合唱幻想曲のイメージ?)。いや、ベルリオーズならやってのけそうな気もするのだけれど(パガニーニの視点は間違っていないと思う!)、結局、パガニーニが要求するヴィルトゥオージティを盛り込むまでに至れず、当初の予定は断念され、ヴィオラ独奏付きの交響曲へと落ち着くことに... そこには、ベルリオーズのローマ賞を受賞(1830)してのローマ留学(1831-32)の波乱の思い出が籠められて...
1830年、27歳のベルリオーズは、4度目の挑戦でとうとうローマ賞を獲得、さらに幻想交響曲の初演も成功(パガニーニが聴いたのは1833年の再演... )、一躍、注目の若手作曲家となって、マリー・モークと婚約。有頂天でローマへと旅立ったはずが、1831年、ローマに到着すると間もなく、マリーが、ピアノ製造で知られるプレイエル社の御曹司に嫁いだという手紙が届く... ベルリオーズ青年の心は掻き乱され、マリーと新郎、その結婚を伝えたマリーの母を殺そうと、フランスへ取って返す。が、フランス国境を前に思い留まり、結局、ローマへと帰る。という苦い思い出を、バイロン卿の『チャイルド・ハロルドの巡礼』に重ね、4つの場面=楽章からなるヴィオラ独奏付きの交響曲としたのが「イタリアのハロルド」(track.1-4)。イタリアの華やかさ、ドラマティックさ、時に芝居掛かったチープさも含め、ベルリオーズならではのケレン味で一気に描く冒険活劇?私小説的な性格からか、ヤリ過ぎに感じられるところもあって、以前は苦手だったけれど、若気の至りの「痛さ」だけが生み出す輝き?そういうものを見出してしまうと、愛おしさを感じずにいられない音楽でもある。また、そのヤリ過ぎ... 感情の起伏の激しさは、多感主義の昔を思い起こすところもあり、意外に古風なベルリオーズを見出すようで、おもしろい。
しかし、何と言っても「イタリアのハロルド」の魅力は、見事にロマンティックなところ!古典主義をベースに、一歩一歩、新しい境地へと踏み込まれて行った19世紀初頭のロマン主義が、「イタリアのハロルド」(1834)に至っては、躊躇なくロマン主義が展開される。ハロルド(ヨーロッパ各地を旅する... )の向こう見ずさが率直に音楽となり、劇画的にイタリアでの冒険譚が繰り広げられ、解り易い。幻想交響曲のように、内省的... からの悪魔的妄想炸裂!とは違って、常に爽快さが漂うのは、ベルリオーズが、女優、ハリエット・スミッソンと結婚(1833)していたからだろうか?激しさはあっても恨みがましさ、ルサンチマン(幻想交響曲は、ハリエットへの最初の恋心が打ち砕かれての作曲だった... )を感じないのが、この作品の解り易さであり、そこにロマン主義の瑞々しさが表れている。一方で、ヴィオラの存在感は薄い... パガニーニもガッカリしただろう... けれど、交響楽が描き出す雄大な風景の中で、ヴィオラが歌う姿(ハロルドだろうか?ベルリオーズ自身だろうか?)は、自然を前に人間の存在の小ささを物語るようで、交響楽とヴィオラという対比が、ひとつの風景として詩情を生み印象深い。
という特異な音楽を、ガーディナー+オーケストラ・レヴォリュショネル・エ・ロマンティク(以後、ORR... )と、コセのヴィオラで聴くのだけれど... まず、ガーディナーならではのクリアさ、ORRの端正な響きが、ベルリオーズの向こう見ずをきっちりと捉え、余裕を以って響かせる。すると、全ての音が明瞭となり、ヤリ過ぎですら瑞々しい絵となって惹き込まれる。そこに、きっちりとピリオド・アプローチに対応したコセのヴィオラが、どこかおぼろげに歌いアルカイック、瑞々しい絵にアクセントを加える。ヴィヴラートを掛けず、スーっと伸びて行くヴィオラの渋い音色は、けして派手ではないけれど、それこそが本当に絶妙で、浮かんでは消えを繰り返し、「イタリアのハロルド」でしか出し得ない味わいを見事に奏でる。そうして紡ぎ出されるロマン主義の鮮烈さ、豊かな詩情... いや、改めてこの交響曲の独特な雰囲気に魅了されてしまう。

BERLIOZ ・ HAROLD EN ITALIE ・ TRISTIA
CAYSSÉ ・ ORCHESTRE RÉVOLUTIONNAIRE ET ROMANTIQUE ・ GARDINER


ベルリオーズ : 交響曲 「イタリアのハロルド」 Op.16 *
ベルリオーズ : トリスティア Op.18 *

ジェラール・コセ(ヴィオラ) *
ジョン・エリオット・ガーディナー/オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティク
モンテヴェルディ合唱 *

harmonia mundi/HMU 807553




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