SSブログ

ベルリンのシェーンベルク、アメリカのシェーンベルク、 [before 2005]

スターリン独裁下のショスタコーヴィチの苦闘を見つめた前回、20世紀音楽の傑作が、如何に厳しい状況下で生まれたかを思い知らされたのだけれど、ショスタコーヴィチに、その劣悪な環境から脱出する考えはなかったのだろうか?結果的には、そういう厳しい環境を糧に、他に類を見ない、独特な音楽世界を創出できたわけだけれど... 故郷に残ったショスタコーヴィチ、多くの芸術家がソヴィエトから亡命して行く姿を見て、何を感じていたのだろう?そんなことを考えると、何だか切なくなってしまう。一方で、抜け目なく活躍の場所を転々として行った作曲家がいる。20世紀音楽、最大の革新者、シェーンベルク... 保守的なウィーンで行き詰ると、度々、ベルリンへと移り、ナチスが政権を握ると、いち早くアメリカへと亡命... 新"ウィーン"楽派を主導した作曲家が、ベルリンを拠点とし、晩年をアメリカで過ごし、ロサンジェルスで亡くなったという事実... ショスタコーヴィチの対極にあって、流転するしかなかった20世紀の厳しさ... この作曲家の人生もまた、20世紀音楽を象徴している。
ということで、故郷を出ざるを得なかったシェーンベルク... アンサンブル・アンテルコンタンポランの演奏、クリスティーネ・シェーファーのヴォーカルで、『月に憑かれたピエロ』(Deutsche Grammophon/457 630-2)、クリーヴラント管弦楽団の演奏、内田光子のピアノで、ピアノ協奏曲(PHILIPS/468 033-2)を、今年の初めに亡くなった、ピエール・ブーレーズの指揮で聴く。


ベルリンのシェーンベルク、『月に憑かれたピエロ』の魅惑!

4576302.jpg
妻の駆け落ち... 保守的な聴衆の攻撃的な態度... 実生活も、創作活動も、散々なウィーンでの生活をリセットするかのように、1911年、ベルリンへと移ったシェーンベルク。シュテンツ音楽院での教職も得て、何より、古い都、ウィーンとは違う、ベルリンの新しく刺激的な芸術の空気に触れ、その音楽は心置きなく革新へと踏み込んで行く。そんなベルリンの息吹をたっぷりと含んだ作品が、ベルリンに移って翌年に作曲された『月に憑かれたピエロ』(track.1-21)。ピアノ、フルートとピッコロ、クラリネットとバス・クラリネット、ヴァイオリンとヴィオラ、チェロにより構成されるフレキシブルなアンサンブルを伴奏に、歌うように語る、シュプレッヒ・シュティンメで、歌を... 歌う?語る?ウーン、何とももどかしい、不思議なヴォーカルで描き出される不思議な世界。いや、本当に不思議な世界... シェーンベルクの無調による表現主義の時代を代表する作品のひとつだが、小さなアンサンブルによる響きの軽やかさ、シュプレッヒ・シュティンメによる飄々とした表情が綾なして生まれる、独特の軽快さが、ウィーンのシェーンベルクの堅苦しさを払拭し、何だか、もの凄く垢抜けて感じられるその音楽。シュプレッヒ・シュティンメによるヴォーカルは、どこかキャバレー・ソングを思わせる艶っぽさを漂わせ、その背景を瑞々しく彩るアンサンブルには、ぼんやりとジャジーな気分も滲むようで... これが、ベルリン効果か?そんな風に、ベルリンの空気を吸い込んで、シェーンベルクの呼気として吐き出される... そういう柔軟な態度に、作曲家として一皮剥けたシェーンベルクの姿を見出すよう。何より、往年のベルリンの魅惑が反映されたその音楽にワクワクさせられる!
で、ブーレーズもまた、肩の力の抜けた音楽を展開するようで、興味深い。シェーファーとの『月に憑かれたピエロ』(track.1-21)は、ブーレーズにとって2度目の録音。総音列大権現も、すでに年老いて丸くなる?というか、よりフレキシブルな感性を見せて... シャープに音楽を研ぎ澄ませて行くのは、このマエストロならではのものだけれど、かつてのようなストイックさは薄れ、ベルリンという都市が孕む危うげな楽しみ(ベルリンが最も輝くのは、その後、1920年代なのだけれど... )を散りばめて、秘密のクラブで、何か不思議なレヴューでも繰り広げるような、豊かなイメージを喚起させる。その雰囲気を際立たせるのが、シェーファーのどこか人間離れした存在感。何か、機械仕掛けの人形のよう?シュプレッヒ・シュティンメも、思いの外、軽やかに歌い、ナポリ楽派のアリアを聴くような屈託の無さを響かせて、表現主義とは思えない朗らかさで、この特異な作品を決定付ける。月が象徴する狂気、太陽の光を反射させる鏡としての月の輝き、冷たさを見事に音にして、クール!また、アンサンブル・アンテルコンタンポランの、フランスのアンサンブルならではの明快さと、それによるキラキラとした響きが絶妙で、この作品に纏わり付く仄暗さを消し去り、真新しいファンタジーを繰り広げ、魅了して来る。
さて、『月に憑かれたピエロ』の後で、ベルリンへと移る直前の作品、「心のしげみ」(track.22)と、アメリカに亡命した後の作品、ナポレオン頌歌(track.23)が取り上げられるのだけれど、オペラ的な華麗さも感じさせる「心のしげみ」=ウィーンに、ミュージカル的な軽快さ見せるナポレオン頌歌=アメリカと、それぞれの環境に巧みに合わせるシェーンベルクの器用さを見出し、興味深く... 何より、その器用さに、流転の人生を歩まざるを得なかったシェーンベルクの逞しさを見出し、感じ入る。

SCHOENBERG: PIERROT LUNAIRE, etc.
SCHÄFER/MEMBERS OF ENSEMBLE INTERCONTEMPORAIN/BOULEZ


シェーンベルク : 『月に憑かれたピエロ』 Op.21 *
シェーンベルク : 心のしげみ Op.20 *
シェーンベルク : ナポレオン頌歌 Op.41 *

クリスティーネ・シェーファー(ソプラノ) *
デイヴィッド・ピットマン・ジェニングス(朗読) *
ピエール・ブーレーズ/アンサンブル・アンテルコンタンポラン

Deutsche Grammophon/457 630-2




アメリカのシェーンベルク、ピアノ協奏曲から、ウィーンへと還る...

4680332
第1次大戦の勃発で、ウィーンに戻ったシェーンベルク。戦争が終わり、新しい時代が到来すると、シェーンベルクの名声もまた大きくなり始め、1925年、ベルリン芸術アカデミーの教授に招聘される。それは、ベルリンが最も輝いた1920年代!旧来の伝統の箍が外れ、奔放な中に、新しさが量産された、華やかな時代。そこに、音楽史における希代の革新者もいたわけだ... そんなベルリンの放埓とも言える気分の中で、シェーンベルクは12音技法の発明に至る。が、華やかな時代は長く続かない。大恐慌(1929)が、社会を、世界を不安定化すると、ナチズムが台頭。1933年、ナチスが政権を握ると、ユダヤ人の公職からの追放が始まる。ユダヤ系だったシェーンベルクは、追放される前に教授職を辞し、パリへ逃れ、そこから、アメリカへと亡命。1934年にはロサンジェルスに移り、UCLAなどで教授を務め、アメリカの次世代の作曲家たちの教育に力を注いだ。
というアメリカでの生活が始まって間もない頃、西海岸に移る前に作曲されたのがピアノ協奏曲(track.1-4)。ジャズの世界からクラシックのフィールドで活躍したという、当時、アメリカで人気を集めたピアニスト、レヴァントの委嘱で生まれた作品... だが、レヴァントはコンチェルトではなく、小品の予定でいて、委嘱料で揉めることに... そうした問題もやがて解決され、1944年に、『月に憑かれたピエロ』の初演でピアノを弾いたシュトイアーマンのソロ、ストコフスキーの指揮、NBC響の演奏で、とうとう初演を迎える。そんなピアノ協奏曲は、12音技法を用い、抽象的なのだけれど、どこかジャズの臭いを感じなくも無く... あるいはもっとライトな、高級保養地とかで流れていそうな、そんなトーンが滲むのか... これもある種のアメリカ効果か?そうして紡がれる音楽を、今、改めて触れてみると、ヒッチコックの映画を見るような、そんな表情が浮かぶようで、まったく興味深い。
さて、内田光子は、その後で、新ウィーン楽派のピアノ作品をさらりと俯瞰する。これが、絶妙!まず、ウェーベルンの変奏曲(track.5-7)を聴くのだけれど、師、シェーンベルクの理論を推し進め、より厳格な音列音楽に至っているはずが、アメリカのシェーンベルクの後で聴くと、滴るようにロマンティック!音列音楽のシステマティックだからこそ生まれる凛とした格調に、ヨーロッパの品性を感じ、そこにロマンティシズムが感じられ、おもしろい!続く、シェーンベルクの3つのピアノ曲(track.8-10)、6つのピアノ小品(track.11-16)は、ベルリンに移る直前のウィーンでの無調の作品。当時のシェーンベルクの心象を表して仄暗く... いや、ウィーンならではの奥深さを感じ、魅了されてしまう。最後は、ベルクのピアノ・ソナタ(track.17)。このアルバムに収録された作品中、最も古い作品だけに、ロマンティック!新ウィーン楽派がどこからやって来たかを知ることに...
それにしても、アメリカのシェーンベルクから、ウィーンのロマンティックへと還って行く構成のすばらしさ!また、還って行くことで、新ウィーン楽派の面々の逃れ難いウィーン性を掘り起こしてもいて、内田光子の滴るようなサウンドが放つ香気に、思わず酔わされてしまう。革新者の先鋭性をことさら強調するのではない、ウィーンの伝統から派生した音楽を丁寧に捉え、音楽史というものをさり気なくも雄弁に響かせる。何より、ウィーン性が孕む耽美を、鮮やかに鳴らして生まれる美しさに感服。そんなマエストラに委ねるような姿勢を見せるブーレーズも印象的。クリーヴランド管の深く豊かなサウンドで、ちょっと気取ったアメリカのシェーンベルクを遊ぶようなところを見せ、ピアノ協奏曲(track.1-4)を弾ませる。

SCHOENBERG: PIANO CONCERTO ・ BERG ・ WEBERN UCHIDA/BOULEZ

シェーンベルク : ピアノ協奏曲 Op.42 *
ウェーベルン : ピアノ協奏曲 Op.27
シェーンベルク : 3つのピアノ曲 Op.11
シェーンベルク : 6つのピアノ小曲 Op.19
ベルク : ピアノ・ソナタ Op.1

内田光子(ピアノ)
ピエール・ブーレーズ/クリーヴランド管弦楽団 *

PHILIPS/468 033-2



参考資料。




nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。