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帝国の落日と多民族の夢、ジプシー男爵。 [before 2005]

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ブルックナーの後では、ちょっとスウィートなサウンドが欲しくなる?ということで、ハンガリーを舞台としたオペレッタ、ヨハン・シュトラウス2世の『ジプシー男爵』を聴いて、再び"東"を見つめる... のだけれど、ブルックナー(1824-96)と、ヨハン・シュトラウス2世(1825-99)は、ともにオーストリア人で、ひとつ違い、同時代にウィーンで活動していた... という史実と改めて向き合うと、ウィーンの音楽の幅に驚かされてしまう。1885年、アン・デア・ウィーン劇場で初演された『ジプシー男爵』が大成功した頃、ブルックナーは8番の交響曲を書き始めていて、ブラームス(1833-97)は4番の交響曲をちょうど書き終えており、マーラー(1860-1911)はまだプラハにいて「巨人」を書き進めていた。という音楽史における、1885年のパノラマを見渡すと、とても興味深い一方でも、まさにクラシックの黄金期といった様相に感動を覚える。何て贅沢な時代だったのだろう...
さて、話しを戻しまして、オーストリアのマエストロ、ニコラウス・アーノンクールの指揮、ウィーン交響楽団の演奏、アルノルト・シェーンベルク合唱団のコーラス、ヘルベルト・リッペルト(テノール)、パメラ・コバーン(ソプラノ)ら、ドイツ語圏の歌手たちを手堅くキャスティングしての、ヨハン・シュトラウス2世のオペレッタ『ジプシー男爵』(TELDEC/4509-94555-2)を聴く。

第2次ウィーン包囲後、オスマン・トルコの段階的な撤退により、大きく情勢が変わる18世紀半ばのハンガリー(正確には、現在、ルーマニア領となっているバナト地方、テメシュバール... )を舞台に、新しい支配者であるオーストリアと、旧来のハンガリー人領主、そして、そうした支配の外に置かれたジプシーたち、さらには、ジプシーの中に隠されていた、かつての支配者、オスマン・トルコの太守のお嬢様も登場して、オペレッタにしては、結構、込み入った話が展開される『ジプシー男爵』。オスマン・トルコからオーストリアへと支配が移る動乱の中、失われたものが、新しい時代を迎え、紆余曲折を経ながら、ひとつところへと還り、人種、民族を越えて、大団円となる。という物語には、オーストリア=ハンガリー二重帝国の成立により、"東"との共生に生きる道を見出したオーストリアの決意を窺うよう... あるいは、多民族、多文化を活き活きと描き出し、それを大団円で幕とするあたり、新しい帝国のプロパガンダにも成り得たか... 普墺戦争の敗戦で、プロイセンに取って代わられ、ドイツから切り離されてしまった19世紀後半のオーストリアの切実が、物語に表れているような気がする。とはいえ、けして深刻なわけではない。ジプシーならではの占いが物語にスパイスを効かせ、2つの若いカップルがいろいろありつつ愛を育み、オスマン・トルコの太守が撤退の際に隠した財宝がエンターテイメント性を掻き立て、父親や恋人たちが無事に戦争から帰れば感動が包む。笑いあり、涙あり、その全てが詰まっているあたりが、オペレッタならでは...
一方、ヨハン・シュトラウス2世による音楽は、思いの外、しっかりしたものを聴かせて、オペレッタならではの軽さを凌駕してしまう。もちろん、楽劇のようなわけではないけれど、随所、随所で、しっかりとしたオーケストレーションを響かせて、ヨハン・シュトラウス2世にして、なかなか興味深いところも。それでいて、台詞、歌、台詞、歌... という、オペレッタならではの割り切れた展開に揺らぎが生じ、シェーナを思わせる場面もあり、物語が盛り上がって来ると、音楽の密度は一気に増す。1幕の幕切れ(disc.1, track.19-23)や、2幕(disc.2, track.1-19)は、魅力的な音楽がグイグイとドラマを引っ張って、ほとんどオペラ。その他でも、充実した数々の重唱に、大活躍のコーラスと、大いに魅了されてしまう。そして、欠かせないのが、ハンガリーや、ジプシーといった"東"の要素。深く哀愁が立ち込める、ザッフィの歌う「世の中にジプシーほど悲惨で忠実な者はない」(disc.1, track.17)といったジプシー調のメロディー、あるいは、ジプシーたちがトンカントンカンと鍛冶屋の仕事を始める、調子の良いコーラス(disc.2, track.7)など、エキゾティックさは『ジプシー男爵』の聴き所。もちろん、ヨハン・シュトラウス2世ならではのワルツや、マーチは、どれもキャッチーで気分を上げてくれる。この楽しさこそ、ウィーン!
で、この『ジプシー男爵』を、息衝かせるアーノンクール!どうも、そのヴィジュアルのせいで、気難しい印象もある。ピリオド出身ということで、鬼才のイメージも強い。実際、個性的なアプローチで驚かせることもあったが、オペレッタに関しては、本物の煌めきを見せる(さすがは、オーストリア人!)。チャキチャキに盛り上げ、情緒たっぷり歌わせ、絶妙なチープさを以って、辛気臭くなることなく、より新鮮な活きたドラマを展開。ライヴ盤だからか、余計に興の乗ったところがあって、ワクワクさせられる。そんなアーノンクールにしっかりと応えるウィーン響... 交響楽団による『ジプシー男爵』は、その音楽の充実を巧みにすくい上げて印象的。そして、歌手たち!ジプシー男爵を襲名するバリンカイを歌うリッペルト(テノール)の朗らかさ、その妻となるザッフィを歌うエルツェ(ソプラノ)の艶やかさには、大いに魅了される。一方で、ちょっと間抜けなカルネロ伯爵を愛嬌たっぷりに歌い上げるフリム(バス)など、キャラの立った脇役たちがまた見事!で、忘れてならないのが、アルノルト・シェーンベルク合唱団の確かなハーモニーと、表情の豊かさ!そうして、全てが相俟って、密度のある軽やかさ、流麗さが生み出され、『ジプシー男爵』の魅力が最大限に引き出されている。

Johann Strauss
Der Zigeunerbaron
Nikolaus Harnoncourt

ヨハン・シュトラウス2世 : オペレッタ 『ジプシー男爵』

シャーンドル・バリンカイ : ヘルベルト・リッペルト(テノール)
ザッフィ : パメラ・コバーン(ソプラノ)
カールマーン・ジュパーン : ルドルフ・シャッシング(テノール)
ツィプラ : ユリア・ハマリ(コントラルト)
ホモナイ伯爵 : ヴォルフガング・ホルツマイアー(バリトン)
アルゼーナ : クリスティアーネ・エルツェ(ソプラノ)
ミラベル : エリーザベト・フォン・マグヌス(メッゾ・ソプラノ)
オットカール : ハンス・ユルゲン・ラザール(テノール)
カルネロ伯爵 : ユルゲン・フリム(バス)
パリ : ロベルト・フロリアンシュッツ(バス)
アルノルト・シェーンベルク合唱団

ニコラウス・アーノンクール/ウィーン交響楽団

TELDEC/4509-94555-2




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