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祈りの中に生まれるロシア音楽の蕾、 [before 2005]

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グレゴリオ聖歌なら多くのリリースがある。そして、そのグレゴリオ聖歌から派生した多種多様な教会音楽ともなれば、もう言うまでもなく... という西方に対しての東方はどうだろうか?例えば、グレゴリオ聖歌にも影響を与えているはずのビザンツ聖歌を考えれば、その歴史は西方に負けず、それ以上の伝統を誇るはずなのだけれど、次々とイスラム世界に呑み込まれて行った東方教会の部の悪さ... もちろん、安易に比較するべきものではないのだけれど、あまりに紹介されていない東方教会の音楽の現状が残念でならない。てか、どんなだよ、東方?どんだけ東方なんだよ!?と、今さらながらに興味を掻き立てられてしまった、ディープ過ぎるシスター・マリー・キーロウズのアラビア語歌唱... いやはや、西方ではあり得ないミステリアスさ、マジカルさに、クラクラしたのだけれど、そういう「ビザンティン(汎東方と理解しているのだけれど... )」が、どう紡がれ、展開して来たのか、今、もの凄く気になる。でもって、ディープから一転、コンスタンティノープル陥落後の、ビザンツ帝国の継承者、ロシアの教会音楽を聴いてみようかなと... 東に北のテイストが加わって、さらに新たな展開を見せた音楽...
ポール・ヒリアーが率いた、エストニア・フィルハーモニック室内合唱団による、バロックから古典主義の時代に掛けての、ロシア正教会での教会音楽を集めた興味深い1枚、"THE POWERS OF HEAVEN"(harmonia mundi FRANCE/HMU 907318)。東方教会のDNAと、ロシア的なるものが結ばれ、バロック、古典主義という西欧のムーヴメントとの出会いを聴く。

西欧のバロック、古典主義ならば、いくらだってミサだ、何だと作品を挙げられるのだけれど、ロシアに関してはなかなか難しい。そもそも、ロシアの音楽というのが、19世紀に入ってからのイメージが強く、それ以前の音楽がどうだったかを顧みる機会はほとんどない。しかし、そこには間違いなく音楽があって... ピョートル大帝(在位 : 1682-1725)による西欧化政策が、ロシアの音楽に新たな展開を拓き。大帝の姪、アンナ(在位 : 1730-40)は、イタリアから音楽家を呼び寄せ、宮廷でのオペラ上演などに力を入れる一方、宮廷聖歌隊を組織、西欧のエッセンスを引き入れ、ロシア正教会の音楽に新しい潮流を生み出す。そして、エカチェリーナ2世(在位 : 1762-96)の時代、ロシアが大国として大きく飛躍する頃、その権勢を駆って、まあ見事にゴージャスな面々がサンクト・ペテルブルクの宮廷に招聘されている。ガルッピ(1765-68)、トラエッタ(1768-75)、パイジェッロ(1776-84)... 18世紀後半においては、サンクト・ペテルブルクに招聘されることが、ステイタスだったと言えるのかもしれない。また、そういう西欧の最新モードに触れることのできたロシアの音楽界にとっては、大切な揺籃期となったことは間違いない。それでいて、すでに魅力的な音楽を生み出す才能も出現していた。
"THE POWERS OF HEAVEN"の始まりは、そんな才能を象徴するひとり、ボルトニャンスキー(1751-1825)の「私の祈りをあたなたに」。女声による、やさしくも憂いを秘めたメロディーは、まさにロシア... そこに男声が加わり、ハーモニーに厚みが増すと、チャイコフスキーやラフマニノフによる教会音楽を思い起こさせて、18世紀の作曲家による作品には思えない充実感。いや、この1曲を聴いただけでも、19世紀以前のロシアの音楽の成熟に驚かされ、惹き込まれる!そこに続くのが、ハイジェッロの後任としてサンクト・ペテルブルクにやって来た、イタリアのマエストロ、サルティの「今や天の力が」(track.2)。劇的なあたり、ポリフォニーがパァーっと広がるあたりは、まさにイタリア。けれど、ロシア語の響きの重々しさが、絶妙にロシアの雰囲気を纏わせて、お雇い外国人による音楽の興味深い作例を示してくれる。いや、これもまた魅力的!お雇い外国人の作品では、もうひとつガルッピの作品が取り上げられていて... その、「肉においてあなたは眠りに落ちる」(track.6)での、バロックとロシア的なるものとの共鳴が絶妙で、印象深い。そんなガルッピに先行する、ピョートル大帝の時代に独自のバロックをロシアで確立していたディレーツキ(ca.1630-ca.1680)の「主の名をたたえよ」(track.8)は、キャッチーで力強く、初期バロックの輝かしさにロシア正教会のキラキラとした輝かしさを重ねるようで、おもしろい。そのディレーツキの弟子、ティトフ(ca.1650-1710)の「父と息子への栄光」(track.5)では、西欧のバロックがしっかりと消化され、聴き応えのある音楽を展開して来る。いや、なかなか侮り難い、ロシアン・バロック...
そういうロシアン・バロックの成果を受けて登場したボルトニャンスキーの音楽は、この"THE POWERS OF HEAVEN"の白眉だと思う。収録、全11曲の内、5曲(track.1, 3, 7, 9, 11)がボルトニャンスキーの作品。その分、しっかり味わえることもあるのだけれど、他の作曲家たちよりも一歩進んだその音楽に、大いに魅了されてしまう。ガルッピに師事し、さらにイタリア留学(1769-79)も果たしたエリート。イタリアでは自作のオペラで成功するほどの逸材。でありながら、古典主義の時代にあって、国民楽派を先取るようなロシアのフォークロワへの共感、そこからの、すでにロマンティックが滲むメローさ... 西欧の最新モードをしっかりと吸収しながら、西欧に呑まれることなく、独自性をさらりと繰り出し、19世紀、ロシアの音楽の黄金期を予感させる風合いを漂わせてしまう。このアルバムで聴くボルトニャンスキーは、どれも、本当に、魅惑的!
という、実にマニアックな19世紀以前のロシアの教会音楽を聴かせてくれたヒリアー、エストニア・フィルハーモニック室内合唱団。北欧のコーラスならではの透明感が、しっかりとア・カペラ作品を引き立て、またそこに、ロシア的な重みを加えて、美しくも味わいのあるハーモニーを響かせる。マニアックでありながら、そのことを忘れさせてしまう瑞々しさと、たゆたうように東方の祈りを響かせる妙。そうして際立つ、東西がすーっと融け合うバロック、古典主義の時代のロシアの音楽の姿。それは、思いの外、新鮮で... あれ?こんなにも素敵なアルバムだった?と、久々に聴けば、驚いてしまう。

THE POWERS OF HEAVEN ・ ESTONIAN PHILHARMONIC CHAMBER CHOIR ・ PAUL HILLIER

ボルトニャンスキー : 私の祈りをあなたに 第2番
サルティ : 今や天の力が
ボルトニャンスキー : ケルビム讃歌 第7番
作曲者不詳 : おお、いとも聖なる乙女、マリア
ティトフ : 父と息子への栄光
ガルッピ : 肉においてあなたは眠りに落ちる
ボルトニャンスキー : 教会コンチェルト 第24番 「目を上げて、山々を仰ぐ」
ディレーツキ : 主の名をたたえよ
ボルトニャンスキー : 教会コンチェルト 第27番 「私は神にむかい声をあげて叫ぶ」
ヴェーデリ : バビロンの川のほとりで
ボルトニャンスキー : 教会コンチェルト 第32番 「主よ、私の終わりを教えてください」

ポール・ヒリアー/エストニア・フィルハーモニック室内合唱団

harmonia mundi FRANCE/HMU 907318




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