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17世紀、イングランド、カントリー・ダンスに感傷... [before 2005]

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嗚呼、8月が終わりますね。そして、秋の気配を感じる今日この頃... あれほどの酷暑に見舞われても、こうして夏の終わりに立つと、どうもセンチメンタルになってしまう。こどもの頃の、夏休みが終わる切なさの記憶なのかな?なんて思うのだけれど... さて、クラシックの夏休みとして、ワールド・ミュージックからクラシックを眺めて来た8月。スペイン、メインではありましたが(いや、今さらながら、スペインの音楽の興味深さにはまる!)、アカデミズムの鎧を脱いだ音楽の瑞々しい姿やら、しなやかな身のこなしにワクワクし、改めて音楽という存在を見つめ直せたかなと。そして、その最後に、またセンチメンタルな、イングランドのカントリー・ダンスのための音楽を聴いてみようかなと... スペインのファンダンゴ、ペルー発のチャコーナと来ての、イングランドのジグ...
1651年、ロンドンにて、ジョン・プレイフォードによって出版された、カントリー・ダンスのハウツー本、"The English Dancing Master"に掲載された楽譜を、フランスの古楽アンサンブル、レ・ウィッチスが奏でる"Nobody's Jig"(Alpha/Alpha 502)を聴く。

イギリスの音楽というのは、西洋音楽史の周縁に在って、独自の感性を育み、いつの時代も豊かな展開を見せて来た。そんなイギリスの音楽が、一度、危機的な状況に陥ったことがある。旧教の国王に対し、新教のピューリタンたちが起こした内戦は、1649年、ピューリタン革命としてイギリスに共和制をもたらす。そして、ピューリタンの原理主義的性格が華美なものを忌避し、音楽も規制の対象に... 教会音楽ですら容赦は無く、教会に設置されていた多くのパイプ・オルガンが破壊されたのだとか... この10年強に及ぶ共和制時代(1649-60)、中世から続くイギリスの音楽文化は、一度、断絶してしまう。そうした時代に出版された、"The English Dancing Master"。当時、イングランドで踊られていたカントリー・ダンスのナンバー、105曲を収録、人気を集めることに(で、数世紀に渡り改訂、再版が重ねられ、ロングセラーに... )。楽しみを求める人間の欲求というのは、実に自然なもの... ピューリタン政権が文化を様々に規制しようとも、巧みに法は掻い潜られていたようで、皮肉にもイギリスにおける最初のオペラとされる作品は、この共和制時代に初演されているからおもしろい。
そんな時代を蘇らせる、レ・ウィッチスによる"Nobody's Jig"。聴こえて来るサウンドが、何とも裏寂しい... そうしたあたりに、教会のパイプ・オルガンが破壊される時代に向けられた、音楽を欲した人々の悲しげな眼差しを感じてしまう(ちなみに、出版したジョン・プレイフォードは王党派で、反ピューリタン。逮捕令状を出されたこともあったのだとか... )。もちろん、カントリー・ダンスそのものの素朴さも大きいのだけれど... レ・ウィッチスの奏でるサウンドには、何とも言えない遣る瀬無さが漂い、聴いていると、胸が締め付けられるよう。が、そもそも、"The English Dancing Master"にある譜面は単旋律。ヴァイオリンの指定があるのみ。それを、16世紀という時代を鑑み、創造的に膨らませたレ・ウィッチス... ヴァイオリン、リコーダーなどの管楽器、ヴィオール、リュートあるいはギター、チェンバロを用いてのアンサンブルは、革命以前、エリザベス朝のコンソート・ミュージックの、同族楽器によるアンサンブルとは違って、様々な楽器の寄せ集め、ブロークン・コンソートを織り成す。そうしたあたりに、中世から続くイギリスの音楽文化の断絶というものを感じさせられる一方、ルネサンス期を脱したバロック的なアンサンブルの在り様を見出し、だからこその陰影の深まりを感じ、時代の変遷も浮かび上がらせるのか。伝統の破壊が、新しい時代を引き寄せる。レ・ウィッチスは、そうした時代の転換点を巧みに表現する。
そして、レ・ウィッチスのメンバー、ひとりひとりが奏でる音色の何とも言えない哀感... それぞれの古楽器を、クリアに、鮮烈なくらいに鳴らし切りながらも、そこから物悲しさが放たれるという独特の風合い。確かな技術の上に、希有な音楽性があってこそなのだろう。この風合が、"Nobody's Jig"に、実に深い表情を与える。で、この音楽が、ダンスのためのものであることも忘れていない活きのいいリズム!小気味良くリズムが爆ぜて、踊りたくなってしまうようなナンバーがいくつもあるのだけれど、よりセンチメンタルが濃いという妙。踊りというものが、こうも表情を湛えるのかと、キレ味鋭くありながらも、しっとりと歌い上げるレ・ウィッチスのサウンドに、ただならず惹き込まれてしまう。もう、とにかく、最初の一音から、滴るような情感がたまらない。
このアルバムのタイトルにもなっている、その1曲目、このジグは誰のもの?/レイン氏のきまぐれの、たたみかけるような展開!ヴァイオリンの音色に導かれ、やがてステップを踏む靴音が響き出し、楽器が少しずつ加わり、リコーダーが花々しく登場すれば、空気を一変させ、聴く者を、怒涛の如く、"The English Dancing Master"の世界へと連れ去ってしまう。カントリー・ダンス、言わば民俗舞踊なわけだが、そこに雄弁なドラマを籠める"Nobody's Jig"。オペラやミサとは違う、市井の人々のリアルを捉えて生まれる、生々しいドラマティックさだろうか?その息衝く感覚が、沁みる。

Nobody's Jig
Les Witches


誰のでもないジグ/レイン氏の気まぐれ
スティンゴ
ヴァージン・クイーン/会釈するジョー
ダフネ
ポールのスティープル
ルパート王子のマーチ/マスコ
羊飼いの休日
あの人の歌はどんなふう
イタリアのラント
すすけたモリス
ベティに健康を
マスク 第6番
冬の寒さを追っ払おう/物乞いの少年
グラウンドによるディヴィジョン
やましぎ
ワローンの野
空いばり/アルジェ
無題
野営地のヘイ/スコットランドの舞曲
人の権利もろもろ

レ・ウィッチス
オディール・エドゥアール(ヴァイオリン)
クレール・ミション(リコーダー/トラヴェルソ/3孔フルート/6孔フルート)
パスカル・ボケ(リュート/ルネサンス・ギター)
シルヴィー・モケ(バス・ヴィオール)
フレディ・エシェルベルジェ(オッタヴィーノ・チェンバロ/シタール)

Alpha/Alpha 502




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