SSブログ

イサベル女王、その光と影で織り成す音楽絵巻の重み。 [before 2005]

AV9838.jpg
戦後70年を迎えて、つくづく歴史の重さを考えさせられる。いや、見つめれば見つめるほど、単純には行かないのが歴史であって... 一方で、21世紀、歴史を単純に見つめたがる傾向があちこちで見受けられ、気になる。分かり難いものを単純化することは合理的なのかもしれない。けれど、歴史を合理的に捉えるようになってしまったら、歴史は編集されたものに落ちかねない。真実を知る、のみならず、真実を維持するためにも、複雑な歴史を努力して学ばなくてはいけないし、何物にも捉われない澄んだ目で、真実に向き合わなくてはいけないと強く感じる。扱い易い歴史、都合の良い歴史など、どこの国にも存在しない。あるのは、複雑な真実だけ...
というあたりを意識しつつ、引き続きスペインを聴くのだけれど。今回は、スペイン誕生の光と影を見つめてみようかなと... ジョルディ・サヴァール率いる、ラ・カペリャ・レイアル・デ・カタルーニャとエスペリオンXXIの歌と演奏で、今に至るスペインを生んだイサベル女王の生涯を音楽で辿るアルバム、"ISABEL I, REINA DE CASTILLA"(Aria Vox/AV 9838)を聴く。

まずは、イサベル女王(1451-1504)について... カスティーリャの女王にして、アラゴン王、フェルディナンド2世と結婚したことで、カスティーリャとアラゴンの連合を果たし、今に至るスペインを成立させた建国の女王。そして、長い年月を掛けて進められて来たイスラム勢力からの国土回復運動、レコンキスタを、グラナダ王国の征服(1492)により完遂。また、コロンブスの支援者であり、それにより、アメリカ大陸に広大な植民地を獲得、後のスペインの黄金時代の礎を築いた。となれば、"ISABEL I, REINA DE CASTILLA"から聴こえて来る音楽は、輝かしいばかりのはず?いや、そう単純には行かない複雑な歴史を丁寧に捉えるサヴァール。イサベル女王の誕生を穏やかな聖歌で歌い、その生涯を辿る音楽絵巻を始めるものの、どこか寂しげな音楽で綴られる幼年時代... 異母兄、エンリケ4世により宮廷から追放され、厳しい状況の中で育ったイザベル女王の様子を捉えて印象的。で、そこから、雰囲気を変えるのが、フランシスコ・デ・ラ・トーレによるラ・スパーニャ(track.6)で描かれたイサベル女王とフェルナンド2世の婚礼。やがて、カスティーリャの王位に就き(track.8)、夫もアラゴン王となり(track.10)、スペインが形を成してゆくあたりを、フアン・デル・エンシーナ、ヨハネス・コルナーゴら、イサベル女王の時代のスペインの作曲家たちの作品を用い、しっかりと描き出し、グラナダの陥落で山場を迎える。
フアン・デル・エンシーナのヴィリャンシーコ「起きよパスクアル」(track.13)の、活き活きと戦場の様子を描き出すリズミカルな音楽のカッコ良さ!馬が疾駆するようなパーカッションが刻むリズムに、どことなしに西部劇っぽく掻き鳴らされるギターがいい味を添えて、小気味良く、スリリングに、レコンキスタの最後の戦いを歌い上げる。が、このレコンキスタの完遂により、イベリア半島は多様性を失ってゆく。続く、セファルディのロマンセ「洗ってため息をついた」(track.14)では、イスラム教徒に続き追放されたイベリア半島のユダヤ教徒、セファルディウムの悲しみを切々と歌い上げ、そのエキゾティックで哀しげな表情は、何とも言えず味わい深い。カトリック両王と呼ばれ、キリスト教の保護者として偉業が讃えられるイサベル女王とフェルナンド2世夫妻だけれど、レコンキスタの完遂を機に徹底したキリスト教化を進めたことで、イベリア半島ならではの多彩な文化は失われてしまう。そして、キリスト教徒の勝利の裏に、イスラム教徒、セファルディウムのディアスポラが存在した史実。そのあたりを共感を以って取り上げるルイス・デ・ナルバエスのロマンセ「モーロの王は散策していた」(track.12)の、何とも言えない寂しげな表情... キリスト教側からイスラム教徒の哀しみを歌にしているのが、とても興味深い。
さて、イサベル女王のその後が続く... アメリカ大陸の探索(track.15)により、スペインの黄金時代を準備(またその裏には、古来より続いた文明の破壊をもたらし、多くの先住民たちが犠牲となる... )し、栄光に包まれるものの、その栄光を継承する息子、フアン王子を失ってしまう(track.18)。そうして聴こえて来る、アル・アンダルースのトラッド(track.19)の、エキゾティックでやわらかなメロディー... そこにイサベル女王が追放した音楽の懐の大きさを見出し、また文化や宗教を越えた癒しが感じられ、心に沁みる。最後は、イサベル女王の死、ペドロ・デ・エスコバルの昇階唱「永遠の安息を」(track.20)が静かに歌われて、完結するのだけれど、いやー、歴史とは何て重いのだろう!光と影をしっかりと見つめれば、ただひたすらに感慨深い...
で、この重さを見事に引き出すサヴァール!丁寧に歴史を拾い集めることで、安易に善悪で線引きすることなく、複雑な歴史をそのまま繰り広げ、全体を温もりを持った仄暗さで包む。この絶妙さ!イスラム世界の音楽、セファルディウムの音楽と、イベリア半島、最後の音楽的多彩さを盛り込みながら、そのエキゾティシズムを下手に際立たせることなく、スペインの音楽と並べ、つなげ、より大きなサウンド・スケープを見せる巧みさ。そして、そのサウンド・スケープを織り成す、ラ・カペリャ・レイアル・デ・カタルーニャとエスペリオンXXIのすばらしいパフォーマンス!確かな技術の上に、より深い表情を湛えて、何とも言えずセンチメンタル。時を経て、栄枯盛衰を見据えての達観が、歴史をより際立たせる。

ISABEL I, REINA DE CASTILLA
LA CAPELLA REIAL DE CATALUNYA ・ JORDI SAVALL


作曲者不詳 : 夕べの祈りの賛歌 「天は称賛にわき立ち」
作曲者不詳 : トルコの行進曲
作曲者不詳 : トッカータ
トリアーナ : ビリャンシーコ 「教えてくれ生娘の母御」
デュファイ : あなたほどのお人を私はまだ見たこともない
デ・ラ・トーレ : ラ・スパーニャ
作曲者不詳 : ビリャンシーコ 「悲痛な叫びで呪詛している」
エンシーナ : パヴァーヌ
コルナーゴ : 賛歌 「我らの先祖は罪を犯した」
ヴェラルディ : 「万歳、フェルナンド大王陛下」
エンシーナ : ビリャンシーコ 「支配する者とされる者」
ナルバエス : ロマンス 「モーロの王は散策していた」
エンシーナ : ビリャンシーコ 「起きよパスクアル」
セファルディのロマンセ 「洗ってため息をついた」
コルナーゴ : バス & アルタ・ダンス 「世界地図」
トルデシーリャス : ビリャンシーコ 「フランス人たちよ、なぜならば」
作曲者不詳 : サンクトゥス
エンシーナ : ビリャンシーコ 「幸運を失った悲しみのスペイン」
アル・アンダルースの伝統音楽 : ナウバ・ガリバトのクッダームのリズムによる歌
エスコバル : 昇階唱 「主よ永遠の安息を彼らにあたえたまえ」

ジョルディ・サヴァール/ラ・カペリャ・レイアル・デ・カタルーニャ、エスペリオンXXI

Aria Vox/AV 9838




nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。