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オペラとギリシア悲劇、濃密なる融合、『エレクトラ』! [before 2005]

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21世紀、ギリシャは悲劇の国なのか?その有り様をつぶさに見つめると、自ら悲劇を引き入れているように思える。それは、何と言うか、悲劇中毒?しかし、これがギリシャ流。ギリシア悲劇(古代ギリシア、紀元前6世紀に生まれた演劇。そのために書かれた戯曲の数々は、西洋文学の礎とされる... )がそのあたりを雄弁に物語る。悲劇は、往々にして、自らが引き入れるもの。そういう点で、我々が思う「悲劇」と、ギリシア悲劇は、ちょっとニュアンスが違うような気がする。ギリシア悲劇の展開は、基本、因果応報。ま、最初に不条理な種を撒くのは、神々だったりするのだけれど... 人間の性を凝集したものがギリシア悲劇であり、極めて人間臭いドラマが繰り広げられる。それはもう、高尚なる古典文学、とばかり言えないような、仁義なき戦い、みたいな(んだからもう、すんげぇー、おもしろいわけ!)。でもって、次から次へとカタストロフ=破滅。それこそが醍醐味。懲りない面々の破滅を目の当たりにし、パティ・マトス=苦難から学ぶのが、ギリシア悲劇ということになる(いやはや、学んでない... )。そうして、我々は、認識しなくてはならない。ギリシャは、この"ギリシア悲劇"の国なのであると...
さて、ギリシア悲劇をオペラで聴いてみる。ダニエル・バレンボイム率いるベルリン・シュターツオーパー、デボラ・ポラスキ(ソプラノ)がタイトルロールを歌う、リヒャルト・シュトラウスの楽劇『エレクトラ』(TELDEC/4509-99175-2)。ソフォクレスの戯曲に基づく、ギリシア悲劇のハイライトとも言うべき、アトレウス王家のカタストロフ=破滅を濃密に音楽とした傑作!

父を母に殺されたエレクトラの陰鬱な復讐劇、『エレクトラ』。エレクトラ・コンプレックス(ファザー・コンプレックス)という言葉を生んだストーリーは、リヒャルト・シュトラウスによる表現主義的な音楽を纏い、得体の知れない暗闇を呼び起こす。それは、白亜の神殿、紺碧のエーゲ海といった、ヴィヴィットなギリシャのカラーからは想像も付かない暗闇で... しかし、ドイツ的な仄暗さと、ギリシア悲劇が持つダークさが共鳴して生まれる、深い闇の異様な力強さは、凄い。いや、この力強さこそ、ギリシア悲劇のように感じる。ルネサンス末、ギリシア悲劇を復活させようとして生み出されたのがオペラ... 間もなくオペラは新しい音楽劇として、独自の道を歩み出すわけだが... オペラが生まれて3世紀を経た後、オペラが改めてギリシア悲劇を見出した傑作、『エレクトラ』は、とても象徴的な作品のように感じる。そして、ギリシア悲劇の復活としてのオペラの完成形のように感じられる。
全1幕、2時間弱を、切れ目なく、一気に歌い抜ける『エレクトラ』。複雑にこじれたアトレウス王家(神に挑戦したタンタロスの末裔にして、ミュケナイの王位を受け継ぐ、呪われた一族... )の異常な家族模様を綴る物語は、むせ返るほどに濃密。極端な感情が肉親の内に存在するがために、そこから立ち上る熱気がもの凄い!母、クリュテムネストラとその情夫、エギスト(父、アガメムノンの従弟でもある... )。父を殺されたエレクトラとオレステの姉弟。家族の中の鋭い対立の一方で、姉弟の関係のただならなさ... そもそも、エレクトラが亡き父、アガメムノンを求める思いが尋常ではなく、殺さずにいられない憎しみと狂おしいほどの愛が並び立つドラマは、ちょっと他には探せない気がする。さらに、復讐する側の悪魔的な形相と、憐れみすら呼ぶ復讐される側の苦悩の表情... 単なる善と悪の対立では割り切れない複雑さ(娘を生贄にされたクリュテムネストラと、王位を奪われたエギストにとって、アガメムノンは共通の敵でもあった... つまり、全ての登場人物に大義がある!)が、このオペラの暗闇をより深くする。それを、リヒュルト・シュトラウスならではの過剰なオーケストレーションで彩れば、今にも爆発しそうな音楽が生まれる。全編に漲る緊張感(表現主義)、その狭間に浮かぶ陶酔(ロマン主義)... 世紀末の気分を多分に含んだ20世紀初頭の音楽の、伝統と革新が交錯する悩ましさ。この、リヒャルト・シュトラウスの音楽に対する態度が、そのまま『エレクトラ』の物語に反映されているようで、おもしろい。つまり、『エレクトラ』にリヒャルト・シュトラウスは、絶妙な組み合わせ... 物語と音楽の共鳴が、他に類を見ないような純度を生み出している。
さて、バレンボイム+ベルリン・シュターツカペレによる演奏なのだけれど、今、改めて聴いてみると、凄い... それでいて、興味深い。ド派手なリヒャルト・シュトラウス・サウンドの、その頂点とも言える作品でありながら、かなりライトに仕上げて来る妙。いや、そう簡単にライトに仕上がるシロモノではないはずだけれど... それを可能としてしまう、バレンボイムの見事なバランス感覚。丁寧なベルリン・シュターツカペレの演奏。すると、リヒャルト・シュトラウスの保守性をより強く感じ、無調へと踏み込み、大胆な表現主義を展開しながら、ワーグナーがちらほら顔を覗かせ、後期ロマン主義が薫り立つように美しく聴こえて来る。ドス黒さと明晰さが綾なす不思議な感覚。リヒャルト・シュトラウスの音楽の重層感が浮かび上がり、それぞれの層を鮮やかに聴かせることで、『エレクトラ』に思い掛けない繊細さを見出す。そこに、ポラスキ(ソプラノ)のエレクトラを始めとする、鋭い存在感を見せる歌手たち!彼らの濃密なやり取りが、ドラマをスリリングに盛り上げ、混然一体となって聴く者に迫って来る。で、『エレクトラ』は、この渾然一体であることがただならない。誰をも魅了するアリア、なんてひとつも無い。けれど、全体をひとつの塊として展開する密度というか、憎しみも愛も一緒くたになって押し寄せて来る音の大波の勢いたるや!息苦しくなるほどの濃密に圧倒されるばかり。

RICHARD STRAUSS
Elektra
STAATSKAPELLE BERLIN ・ BARENBOIM


リヒャルト・シュトラウス : 楽劇 『エレクトラ』

クリテムネストラ : ヴァルトラウト・マイヤー(メッゾ・ソプラノ)
エレクトラ : デボラ・ポラスキ(ソプラノ)
クリソテミス : アレッサンドラ・マーク(ソプラノ)
エギスト : ヨハン・ポータ(テノール)
オレスト : ファルク・シュトゥルックマン(バリトン)
オレストの後見人 : ゲルト・ヴォルフ(バス)
クリテムネストラの腹心の侍女 : カローラ・ノセック(ソプラノ)
クリテムネストラの裾持ち : マグダレーナ・ファレヴィッツ(ソプラノ)
若い下男 : エントリック・ヴォットリヒ(テノール)
老いたる下男 : フリッツ・ヒュープナー(バス)
ベルリン・シュターツオーパー合唱団

ダニエル・バレンボイム/ベルリン・シュターツカペレ

TELDEC/4509-99175-2




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コメント 2

サンフランシスコ人

ティーレマン&サンフランシスコ歌劇場の『エレクトラ』を逃しました....

http://archive.sfopera.com/reports/rptOpera-id442.pdf

http://archive.sfopera.com/qry12Webpicspop.asp?x_OperaID=442&z_OperaID=%3D%2C%2C
by サンフランシスコ人 (2016-01-26 07:20) 

carrelage_phonique

評判の舞台だったのでしょうか?残念でした。

ところで、最近はオペラを見に行かれたりしないのですか?
by carrelage_phonique (2016-01-27 02:06) 

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