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断片をつなぎ合わせて見えて来る、中世ヨーロッパの広がり... [before 2005]

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いつか来た道... なのですよ、これは... 1438年、破竹のオスマン・トルコに包囲され、余命宣告を受けたビザンツ帝国(東ローマ帝国として、古代ローマを継承する存在ではあるが、ローマとはとっくに縁が切れ、ギリシャ語を公用語とし、ギリシャ正教を信仰... )は、最後の救いを求めて、皇帝、ヨハネス8世(在位 : 1425-48)、自ら、コンスタンティノポリス総主教(つまり、正教会の教皇にあたる人... )を引き連れ、フェッラーラ・フィレンツェ公会議へと赴く。そこでは、東西の教会の合同が取りまとめられ、それにより新たな十字軍が話し合われ、ヨーロッパの連帯が呼び掛けられた。が、皇帝が帰国すると、ローマ教会との合同に批判が噴出。オスマン・トルコという危機を前にして、ギリシャ人同士が対立を深める事態に... って、今と同じだよ!それで、ビザンツ帝国は、どーなった?歴史は繰り返される。とか、陳腐な台詞のように思って来たけれど、まあ、見事に繰り返している。
ということで、2015年、再びのギリシャ危機の最中に、1438年、公会議におけるギリシア救済を讃えたマニアックな作品を聴いてみる。で、そのマニアックな作品を収録したアルバムが、ポール・ヒリアー率いるシアター・オブ・ヴォイセズの"fragments"(harmonia mundi/HMU 907276)。中世の周縁から、東西の教会の多様な聖歌を拾い集め、並べ、俯瞰する意欲作。

中世の音楽を主導したのは、フランス。ノートルダム楽派に代表されるパリの音楽が、広くヨーロッパに影響を及ぼした。が、やがて、絶頂を極めたフランス王国が王朝交代を切っ掛けに百年戦争の泥沼へと踏み込むと、パリの周縁で新たな音楽が盛り上がる。豊かだった中世がその終りに向かって暗転する時代、音楽はメインストリームを失い、思い掛けない多様性を生み出した。そんな周縁のひとつ、まずイタリアに目を向けるシアター・オブ・ヴォイセズの"fragments"。始まりの、民衆的な讃美歌、ラウダ(track.1, 2)のキャッチーさは、地中海文化圏の残照だろうか?エキゾティックでもあり、魅惑的!続く、アントニオ・ザッカーラ・ダ・テーラモによるクレド・デウス・デオルム(track.3)は、ポリフォニーではあってもメロディアス。それが、やわらかな印象を与え、もうルネサンスの雰囲気が漂い出している。さらに、マッテオ・ダ・ペルージャの、ようこそ、世界の聖なる救い主/アニュス・デイ(track.4)は、メロディーが軽やかに繰り出され、ポリフォニーが踊る。ロジックとしての尖がったポリフォニーを響かせるフランスに対して、すでに"歌の国"を思わせるイタリア。中世の音楽というと、どうも安易なイメージ(例えば、グレゴリオ聖歌とか... )で一括りにされがち。しかし、そう簡単にまとめられるシロモノではない。それを強く訴え掛けて来る、シアター・オブ・ヴォイセズ。音楽が、今の、"我々の音楽"に撚られる前の、断片=fragmntである状態を見せるのが、この"fragments"なのかもしれない。全てア・カペラで歌われ、如何にも中世的なサウンドで綴られるのだけれど、取り上げられた音楽、それぞれの個性は際立ち、どれも、まったく興味深い。
そして、ギリシャ!西欧とは違う、東方の独特の鮮やかさを見せるハーモニーは、ちょっとニューエイジな感覚... 特に、プルシアデノスによる聖体拝領唱「精霊降臨節中日のための賛歌」(track.8)の、ドローンのミステリアスなサウンドを背景に、伸びやかに歌われるソロのメロディーの冴えは、同時代の西を上回る?続く、フィレンツェ公会議のためのカノン(track.9)の、ヴィヴィットに盛り上がってゆく様は圧倒的!その雄弁さに、古代から続く伝統の壮大さを思い知る。その後に、そのギリシャを引き継いだロシアの聖歌が続くのだけれど... 智天使ケルビム賛歌(track.13)の、東方教会が持つ独特のトーンに、ロシアの温もりが加わって生まれるハーモニーの、どこか懐かしいような表情には強く惹き込まれる。失われたもの、受け継がれるもの、新たに加えられるもの... ヨーロッパの断片が響き合い、つながってゆく姿は、いつもの音楽史とは違う、広がりを見出し、感動的ですらある。そんな東方から一転、イングランドの聖歌が歌われると、西欧ならではの澄んだサウンドにまたグっと惹き込まれる!イングランドのスウィートさが、フランスの尖がったポリフォニーにやわらかさをもたらし、ルネサンスが到来する。フランドル楽派に大きな刺激を与えたイングランドのセンスには、やっぱりU.K.ポップのDNAを感じるのか... サンクトゥス(track.19)のメローさ、ヴィヴィットなハーモニーなどに触れると、イングランドという個性の素の姿を見るようであり、その姿は「中世」というイメージを越えて、何か今風にも思えて来る。
イタリア(track.1-5)、ギリシャ(track.6-9)、ロシア(track.10-13)、イングランド(track.14-20)と、中世における周縁を巡るシアター・オブ・ヴォイセズ。彼ららしい飾ることのない素直なア・カペラだからこそ、それぞれの個性は際立ち、「中世」の広がりがより雄弁に立ち上がる。その壮観さたるや!断片=fragmntでありながら、それらがひとつにつなげられれば、より大きな風景となり、東西を越えてひとつの地平が見えて来るおもしろさ。そうして、最後に歌われるのが、ノートルダム楽派、ペロタンの代表作、地上の全ての国々は(track.21)。いやー、最後に「全ての国々... 」とは、膝を打つしかない。で、またメインストリームに帰って来て響く圧倒的なサウンド!その交響曲でも聴くような聴き応え、シアター・オブ・ヴォイセズの勇壮な歌いっぷりに痺れてしまう。しかし、中世とは何と豊かな!ギリシャはまたさらに!自ら苦難を引き込むギリシャの性、繰り返される歴史なのだけれど、苦難が生む表現の力強さは、ただならない...

fragments ・ THEATRE OF VOICES PAUL HILLIER

― イタリア ―
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作曲者不詳(13世紀、イタリア) : 新しき歌をもて称えよ
作曲者不詳(13世紀、イタリア) : 来たりて称えよ
アントニオ・ザッカーラ・ダ・テーラモ : クレド・デウス・デオルム
マッテーオ・ダ・ペルージャ : ようこそ、世界の聖なる救い主/アニュス・デイ
作曲者不詳(14世紀、イタリア) : 主をほめたたえよ
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― ギリシャ ―
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作曲者不詳(14世紀、ギリシャ) : サンクトゥス
ヨアンネス・プルシアデノス : 聖体拝領唱 「精霊降臨節中日のための賛歌」
ヨアンネス・プルシアデノス : フィレンツェ公会議のためのカノン
マヌエル・ガゼス : 天において主を賛美せよ
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― ロシア ―
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作曲者不詳(17世紀、ロシア) : 本日、キリストはベツレヘムにおいて
作曲者不詳(17世紀、ロシア) : いかに幸いなことか
作曲者不詳(17世紀、ロシア) : 勝ち誇る万軍の勝利の導き手であるあなたのために
作曲者不詳(17世紀、ロシア) : 智天使ケルビム賛歌
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― イングランド ―
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作曲者不詳(13-14世紀、イングランド) : この世の幸福はわずかしか続かない
作曲者不詳(13-14世紀、イングランド) : 祝せられた胎よ
作曲者不詳(13-14世紀、イングランド) :
   めでたし、聖なる産みの母/めでたし贖い主の御母/めでたし、弱き者の光/めでたし、棘のない薔薇
作曲者不詳(13-14世紀、イングランド) : めでたし、処女の中の処女
作曲者不詳(13-14世紀、イングランド) : 処女マリア、父を生みだしし娘/おお、海の星/花が生んだ/処女マリア、花よ
作曲者不詳(13-14世紀、イングランド) : サンクトゥス
作曲者不詳(13-14世紀、イングランド) : アレルヤ
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― フランス ―
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ペロタン : 地上の全ての国々は/主は、その救いを知らせ

ポール・ヒリアー/シアター・オブ・ヴォイセズ

harmonia mundi/HMU 907276




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