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オペラとギリシア悲劇、古典への憧憬と実験、『アンティゴナ』。 [before 2005]

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今に至るギリシャという国を創ったのは、西欧である。というと、奇妙に思うかもしれないけれど、意外とそうなのです。18世紀、古典主義の盛り上がりが、改めて古代ギリシアに注目を集めると、オスマン・トルコに呑み込まれてしまったギリシアに想いを馳せるようになる西欧の文化人たち。バイロン卿などがその代表。でもって、当時、ギリシアという国を想っていたのは、ギリシャ人よりも、間違いなく西欧の文化人たちだったり... 19世紀に入ると、その想いはロマン主義と結び付き、ある種の文化運動として、ギリシャ独立が遂行されることに... つまり、西欧の古代ギリシアへの憧憬が、ギリシャ人を巻き込んで、独立国家、ギリシャを生み出した。大胆なことを言ってしまうと、ギリシャは西欧が生み出したキメラなのかも。幻想と現実に振り回されるギリシャの姿を目の当たりにすると、そんなことを思う。自らの問題を自らのものと考えられないような態度に、キメラの苦しみを見るよう。
なんてことを考えていると、鬱々として来るので、ここはひとつ、現実を忘れて、かつての憧憬の中のギリシアを見つめてみようかなと... 18世紀、古典主義の時代のギリシア悲劇。クリストフ・ルセ率いるレ・タラン・リリクの演奏、アクサンチュス室内合唱団、マリア・バーヨ(ソプラノ)のタイトルロールによる、トラエッタのオペラ『アンティゴナ』(DECCA/460 204-2)を聴く。

トンマーゾ・トラエッタ(1727-79)。
バロック期、オペラの一大ブームがスター偏重を生み、またそれを何とかしようという動きも現れる。で、グルックのオペラ改革が教科書的によく知られているわけだけれど、イタリアからもそうした動きが... という改革者、トラエッタ。南イタリアで生まれ、早い時期からナポリの音楽学校(1738-48)で学んだトラエッタは、ナポリ楽派の巨匠、ポルポラに師事し、1751年にはサン・カルロ劇場で『ファルナーチェ』を成功させ、注目の若手作曲家としてナポリで活躍を始める。間もなくその活躍はイタリア各地へと広がり、1758年、パルマ公国の宮廷作曲家に。そして、パルマの宮廷のフランス趣味(公妃がフランスの王女だった... )が、トラエッタに、トラエッタ流のオペラ改革をもたらすこととなる。ナポリ楽派の流麗さに、フランスのトラジェディ・リリクの荘重さが融合され、歌のみならず、ドラマにも配慮したオペラが試みられる。またその題材には、フランスの悲劇を代表するラシーヌの戯曲、ラシーヌの戯曲の基になったギリシア悲劇が用いられ、トラエッタ流の古典主義が熟成されていった。
そうしたパルマでの成果が実を結ぶ、『アンティゴナ』。ロシア帝室の宮廷楽長に就任(1768-75)したトラエッタが、サンクト・ペテルブルクの宮廷のために作曲(1772)したオペラは、ソフォクレスのギリシア悲劇によるもの。オイディプス(ストラヴィンスキーらがオペラにした... )の娘、アンティゴネー=アンティゴナ(イタリア語による... )の物語は、禁じられた反逆者の兄の埋葬をしたことで罪に問われるという、国家の法と、肉親の情愛の対立が軸となる。そこに、アンティゴナを愛する婚約者、エモーネと、その父で、テーバイの王、反逆者の埋葬を禁じたクレオンテの親子の関係が絡み、ドラマティックな物語が描かれる。が、最後は、クレオンテが折れ(慈悲深き君主は、啓蒙主義の時代のお約束!)、アンティゴナとエモーネの婚礼でハッピー・エンド(オリジナルは、当然、バッド・エンド... )。で、最も注目すべきはその音楽!何気なく聴いていると、古典主義の時代のオペラ・セリアそのものなのだけれど、よくよく聴いてみると、アリアがいつのまにやら二重唱になっていたり、さり気なくナンバー・オペラの形を脱しているところも... で、レチタティーヴォとアリアの交替で物語を進めない。そのことが、レチタティーヴォにも存在感を与え、印象的。さらには、ライト・モチーフを思わせる旋律の多用を見出せて、おおっ?!となる。いや、グルックに負けず、新しいオペラを模索し実験を試みていたトラエッタの意欲に感心させられる。
しかし、『アンティゴナ』の魅力は、古典主義の音楽ならではの端正さが生み出す美しさ。古典主義によるギリシア悲劇の清廉さ。古典派の交響曲を思わせるようなシンフォニアに始まり、コーラスの荘重さ、軽やかに歌われるアリア、重唱の数々... 凝ったところを聴かせながらも、古典主義のクラッシーなトーンでまとめて、ドラマを瑞々しく紡ぎ出す妙。オペラ改革ばかりでなく、アリアは程好くコロラトゥーラで飾り、ナポリ楽派仕込みの流麗さを失わず、しっかりとバランスを保った音楽をナチュラルに繰り出して来る。そんな古典美を活き活きと響かせる、ルセ+レ・タラン・リリク。彼らならではの実直なピリオド・サウンドが、ギリシア悲劇にスパイスを加え、古典美におもしろいヴィンテージ感を纏わせる。単に端正で終わらせない魅力を引き出すレ・タラン・リリク。そこに、このオペラの顔とも言える、バーヨが歌うアンティゴナの存在感!バーヨ(ソプラノ)ならではのクリーミーな歌声は、インパクトも生み、アンティゴナの死をも恐れぬ頑な姿勢を鮮やかに表現。一方、そのアンティゴナと対峙する法の執行者、王、クレオンテを歌うアレマーノ(テノール)の、すきっと伸びた歌声が見せる厳しい表情も印象的で、しっかりとドラマを盛り上げる。そこに、やわらかなハーモニーを響かせるアクサンチュス室内合唱団が古典的な空気を作り出し、絶妙。『アンティゴナ』の魅力を卒なく引き出す。

Traetta Antigona
Bayo | Allemano | Panzarella | Polverelli | Ragon
Christophe Rousset | Les talens lyriques
Choeur de Chambre Accentus


トラエッタ : オペラ 『アンティゴナ』

アンティゴナ : マリア・バーヨ(ソプラノ)
イズメネ : アンナ・マリア・パンツァレッラ(ソプラノ)
クレオンテ : カルロ・ヴィンチェンツォ・アレマーノ(テノール)
エモーネ : ラウラ・ポルヴェレッリ(メッゾ・ソプラノ)
アドレスト : ジル・ラゴン(テノール)
アクサンチュス室内合唱団

クリストフ・ルセ/レ・タラン・リリク

DECCA/460 204-2




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