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モダニスムの楽園、バレエ・リュスの思い出?マルケヴィチの『失楽園』... [2008]

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タイトルの怪しげさに引き寄せられて?読んでみた本、鹿島田真希著、『少女のための秘密の聖書』。旧約聖書を読み進めながら、現代社会のリアルをサヴァイヴする少女を、微ファンタジックに捉える不思議な物語... リアルでファンタジー、この甘辛感が、まさに旧約聖書?一方で、説明され切らない少女の物語が淡々と展開して、掴みかねるようなところもあるのか... 今一、入り込めなかったのは、私が少女ではないから?しかし、現代社会のリアルと並べることで、旧約聖書の独特さが増幅するところもあり、興味深く... 一見、エキセントリックに感じる旧約聖書の物語が、何か、ジメっとした生々しさを放ち、後々から、じわっと来るような...
そんな心地で聴く、旧約聖書。ハイドンの朗らかさからは一転、クリストファー・リンドン・ジーの指揮、アーネム・フィルハーモニー管弦楽団の演奏、ネザーランド・コンサート・クワイアのコーラスで、マルケヴィチのオラトリオ『失楽園』(NAXOS/8.570773)を聴く。

イーゴリ・マルケヴィチ(1912-83)。
マルケヴィチというと、指揮者という印象があるのだけれど、作曲家でもあって... そうなんだ... いや、改めて見つめれば、知らないことが多いのかもしれない... そんなマルケヴィチ、1912年、ロシア帝政末期の不穏な時代、キエフ(現在は、ウクライナの首都... )にて、コサックの名家に生まれる。が、間もなく一家はパリへ。さらに、第1次大戦(1914-18)が始まると、スイスへと疎開(1914)。ここで、ピアニストであった父から音楽を学び始め、やがてその才能はコルトーに見出され、14歳にしてパリへ留学(1926)。パリではコルトーにピアノを、ナデイア・ブーランジェに作曲を学び... そんなマルケヴィチ少年、16歳の時に、バレエ・リュスの主催者、近代音楽のフィクサー、ディアギレフ(1872-29)と出会う(1928)。ディアギレフの最後の恋人とも言われるマルケヴィチだが、晩年のディアギレフと過ごしたことは、マルケヴィチの音楽に大きな実りをもたらした。残念ながら、ディアギレフの死によるバレエ・リュスの解散で、この伝説のバレエ団で活躍する機会はなくなってしまったが、近代音楽を担ったバレエ・リュスの蓄積は、若き作曲家へとしっかりと受け継がれることに...
そのあたりを見事に響かせる、マルケヴィチ、23歳(1935)の大作、オラトリオ『失楽園』(track.4, 5)。ミルトンの『失楽園』を、マルケヴィチ自身がフランス語訳し、2部構成に仕立てた意欲作は、近代音楽の革新的なスタイルを様々に織り込み、まるで集大成のよう。薄暗く、曖昧模糊として始まるオーケストラによる長い前奏には、メシアンのようなミステリアスさを孕みつつ、フロラン・シュミットの『サロメの悲劇』(1907)のようなエギゾティックな煌びやかさが薄暗い中に鈍く光り、印象的。そこから浮かび上がるイヴ(ソプラノ)による歌は、シェーンベルクの表現主義を思い起こさせ、さらには、コーラスによるシュプレッヒ・ゲザングが続き... 第1部(track.4)の山場は、プロコフィエフの『炎の天使』(1927)の終幕を思わせて、イヴ(ソプラノ)が歌う奇妙に陽気なメロディーに導かれ、楽園が怪しげに色めき立つ。第2部(track.5)は、ストラヴィンスキーの『ペルセフォーヌ』(1934)を思わすファンタジックさを滲ませながら、無調や不協和音を駆使して、楽園を去る人間を描き出す。いやー、23歳にして、この盛りだくさん!それでいて、悪魔の誘惑を物語るダークさが全体を覆い、その闇が何とも味わい深い。しかし、大人びた音楽... 「近代音楽」がすっかり落ち着き払って展開され、それは、ちょっと、異様ですらあって... ディアギレフが最後に掘り出した才能というのは、タダモノではない。その審美眼にも感服させられる。
さて、『失楽園』(track.4, 5)の前には、ピアノと小オーケストラのためのパルティータ(track.1-3)が取り上げられるのだけれど、これが『失楽園』から4年を遡る、マルケヴィチ、19歳(1931)の時の作品というから驚かされる。プロコフィエフのピアノ協奏曲のような鮮烈さと、ヒンデミットを思わせる硬派なモダニスム、ストラヴィンスキーを受け継ぐドライさを器用に結んで、あっさりとアンファン・テリヴルぶりを発揮する。これは、本当に19歳の作品なのだろうか?いや、まさに、ナチュラル・ボーン・モダニスト!19世紀的な色合いをほとんど感じさせないそのサウンドの揺ぎ無さに大いに魅了される。で、そのパルティータ(track.1-3)を飄々と弾き切るファン・デン・フックのピアノも冴えていて... 少し冷たく、硬質で、メカニカルなタッチが、近代音楽の時代の気分をさらりと切り取る。そして、ファン・デン・フックを好サポートする、リンドン・ジーの指揮、アーネム・フィルの演奏も、モダニスムを卒なく捉えて小気味良く、マルケヴィチの早熟さ、近代音楽のクールさを繰り出す。
一方で、『失楽園』(track.4, 5)は、少しぼんやりとした印象を受けるのか、大作を持て余すようなところも見受けられ... ネザーランド・コンサート・クワイアがよりスマートなアンサンブルを聴かせてくれたならば、印象はまた違ったかもしれない。そういう点で、他の演奏、コーラスでも聴いてみたくなる『失楽園』。いや、マルケヴィチは、作曲家としても、もっと取り上げられていいように思うのだけれど... センセーショナルだった、近代音楽、第一世代のインパクトとは一味違う、第二世代、マルケヴィチの魅力。このあたりにスポットが当てられると、近代音楽はより深みのある姿を見せるように思う。

MARKEVITCH: Orchestral Works ・ I

マルケヴィチ : パルティータ 〔ピアノと小オーケストラのための〕 *
マルケヴィチ : オラトリオ 『失楽園』 〔ピアノと小オーケストラのための〕 *

マルテイン・ファン・デン・フック(ピアノ) *
イヴ : ルーシー・シェルトン(ソプラノ) *
命 : サラ・ウォーカー(メッゾ・ソプラノ) *
悪魔 : ジョン・ガッリソン(テノール) *
ネザーランド・コンサート・クワイア *
クリストファー・リンドン・ジー/アーネム・フィルハーモニー管弦楽団

NAXOS/8.570773




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