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ヴェネツィアの花やかさに包まれて、サン・マルコ大聖堂。 [before 2005]

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今でこそヴェネツィアは観光都市だけれど、17世紀は、アドリア海、イオニア海の島々を領有し、ポー川の左岸からアルプス南麓を領域とするヴェネツィア共和国の首都。貿易港としての輝きは失われつつあったものの、それでも水上の大都会であり、その都市文化は成熟し、ヨーロッパ切っての賑わいを誇った。となれば、音楽もまた大きな盛り上がりを見せ... フランドル楽派の巨匠、ヴィラールトを招聘して始まったヴェネツィア楽派は、やがてイタリア人たちが主役となり、ルネサンスの後半からバロックの爛熟期に掛けて、ヨーロッパを席巻することになる。そんな、17世紀、ヴェネツィアの華麗な音楽を辿ってみようという試み...
ジョヴァンニ・ガブリエリの器楽作品に続いて、ヴェネツィアのランドマーク、サン・マルコ大聖堂を彩った音楽。トーマス・ヘンゲルブロック率いる、バルタザール・ノイマン合唱団とアンサンブルによる、ヴェネツィア楽派、全盛期の作曲家たちの作品で綴られた"MUSIK FÜR SAN MARCO IN VENEDIG"(deutsche harmonia mundi/05472 77531 2)を聴く。

サン・マルコ大聖堂。11世紀後半に建設されたビザンティン様式の教会。で、このビザンティン様式がサン・マルコ大聖堂の存在を際立ったものとしている。ちょうどロマネスク様式による教会の建築が西ヨーロッパ各地で進んでいた頃、その当時、極めて古風なスタイルだった6世紀のビザンティン様式で建築されたサン・マルコ大聖堂。ヴェネツィア共和国の始まりが、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の自治領だったというルーツの記憶からか?東方貿易で巨万の富を築いたという自負からか?西ヨーロッパに在って、他とは違うというヴェネツィア人の自意識の強さを感じたりするビザンティン様式の採用... 何と言っても、西ヨーロッパの軽やかさとは一味違う、東方文化が持つミステリアスで凄味すら漂う威容が印象的。で、そうしたサン・マルコ大聖堂の存在が、ヴェネツィアの音楽をも際立ったものとし、ヨーロッパを席巻する音楽を生み出したというあたりが、とても興味深い。
まず、その内部構造。ロマネスク様式やその後に来るゴシック様式による教会が長方形(今風のクラシックで言うならシュー・ボックス型... 東京オペラシティ・コンサートホールみたいな... )であるのに対して、ビザンティン様式はドームが象徴するように十字の上に円を重ねた形(多少、強引に例えるならば、ワインヤード形式?サントリー・ホールみたいな... )。で、ヴェネツィア楽派の作曲家たちは、この空間的に広がりのあるビザンティン様式の特性を活かし、コーラスや器楽アンサンブルを、十字が重なる中心を取り囲むように配置し、前後左右から鳴り響く、立体的な音響を生み出す。そして、そこから生まれたヴェネツィア楽派の最大の効果が、エコー!コーリ・スペッツァーティ、合唱を分割し、巧みな応唱を用いて聴く者に驚きを与えるサウンドを編み出す。一方で、エコーをヒントに強弱を強調する音楽を生み出し、また、コーラス、器楽アンサンブルが分割されたことで、複雑なポリフォニーが難しくなり、ホモフォニックな音楽へ移行... サン・マルコ大聖堂の構造が、ヴェネツィアの音楽をルネサンスからバロックへと促したおもしろさ!さらに、もうひとつ、サン・マルコ大聖堂ならではの特殊性が、この教会がローマ教会から独立していたこと... ヴェネツィアを代表する教会でありながら司教座は置かれず、ヴェネツィア共和国統領の礼拝堂であったことから、対抗宗教改革の影響を受けることなく、思う存分、華麗さを極めることに...
そんな、17世紀のサン・マルコ大聖堂の教会音楽を聴かせる"MUSIK FÜR SAN MARCO IN VENEDIG"。1613年に楽長に就任したモンテヴェルディに始まり、その前任、ジョヴァンニ・ガブリエリ、後任、グランディ、カヴァッリら、歴代の楽長の作品に、オルガニストを務めたメールロ、ヴァイオリニストを務めたマリーニ、聖歌隊の一員としてこどもの頃から歌い、やがて聖歌隊長となったクローチェの作品まで、教会音楽はもちろん、その合間に彩りを添えただろう器楽作品まで、多彩な音楽が繰り広げられるのだけれど、まさに華麗!パレストリーナ様式に留まっていたローマはもちろん、ストイックなモノディでオペラを生み出したフィレンツェとも違い、様々な楽器が鳴り響く中、コーラスが美しいハーモニーを歌い、ソロが軽やかにメロディーを歌い上げ、何と花やかな!ルネサンス的な明るさを受け継ぎながら、バロック的な動きのある音楽を展開し... そうして生まれるキャッチーかつ柔和な表情は、どこか18世紀的な朗らかさを予感させて、ヴェネツィアらしさを興味深く感じる。
その花やかさを、見事に今に蘇らせるヘンゲルブロック+バルタザール・ノイマン合唱団とアンサンブル。まず印象に残るのが、このアルバムの主役とも言えるバルタザール・ノイマン合唱団。彼らならではのカラフルにしてパワフルな歌声は、ヴェネツィアの音楽の魅力をより鮮やかに浮かび上がらせて、大いに魅了されてしまう。その歌声を絶妙にサポートするバルタザール・ノイマン・アンサンブルの演奏もすばらしく、器楽曲では活き活きとした演奏を繰り広げ、時には見事な妙技も繰り出し、楽しませてくれる。そして、この合唱団とアンサンブルをまとめるヘンゲルブロック!このマエストロならではの、爽やかでありながら息衝く音楽は、サン・マルコ大聖堂の花やぎを鮮やかに捉えて、魅惑的ですらあり。どこか物足りなさを感じなくもないルネサンスからバロックへの過渡期の音楽... そんなイメージを覆して、聴く者を惹き込んで来る。

MUSIK FÜR SAN MARCO IN VENEDIG ・
BALTHASAR-NEUMANN-CHOR & ENSEMBLE

モンテヴェルディ : 主はわが主に言われた (第2) 〔『倫理的、宗教的な森』 より〕
ジョヴァンニ・ガブリエリ : わが最愛のイエス 〔『サクレ・シンフォニエ』 第2巻 より〕
カヴァッリ : たたえよ、イェルサレム 〔『ムジケ・サクレ』 より〕
カヴァッリ : 8声のカンツォン 〔『ムジカ・サクラ』 より〕
クローチェ : 始めよ、乙女らよ 〔『サクレ・カンティレーネ・コンチェルターテ』 より〕
クローチェ : おお、来たれヴェネツィア人よ 〔『サクレ・カンティレーネ・コンチェルターテ』 より〕
グランディ : 私は昼も夜も泣くであろう 〔モテット集 第4巻 より〕
マリーニ : 3声のトレモロを伴うソナタ 「ラ・フォスカリーナ」 〔『アッフェッティ・ムジカーリ』 より〕
ジョヴァンニ・ガブリエリ : グローリア 〔『サクレ・シンフォニエ』 第1巻 より〕
カヴァッリ : 主がシオンの捕われ人を 〔『ムジケ・サクレ』 より〕
メールロ : 5声のカンツォーナ 第18番 〔アレッサンドロ・ラウレイ刊行の器楽のためのカンツォン集〕
メールロ : 5声のカンツォーナ 第23番 〔アレッサンドロ・ラウレイ刊行の器楽のためのカンツォン集〕
ジョヴァンニ・ガブリエリ : 神よ、わたしの神よ 〔アンドレアとジョヴァンニ・ガブリエリのコンチェルト集〕
カヴァッリ : マニフィカト 〔『ムジケ・サクレ』 より〕

トーマス・ヘンゲルブロック/バルタザール・ノイマン合唱団、同アンサンブル

deutsche harmonia mundi/05472 77531 2




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