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対位法の迷宮の先に広がる、バッハの音楽宇宙。 [before 2005]

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えーっと、ちらっとクラシックの外に目を向けまして... クラブ・ミュージック?いや、クラブ・ミュージックに限らないか... 例えば、リミックスされたものとか、マッシュアップされた音楽というのは、極めて現代的でありながら、どこかルネサンス音楽の遠い記憶に準えているようにも感じる。それは、テクノロジーがあってこそ成せる技ではあるのだけれど、テーマの借用や、異なる2曲を重ねる、編集する作業は、ルネサンスの作曲家たちの得意技でもあって... デュファイに始まり、ウルトラ・ポリフォニーまで、様々に展開された音楽史における「ルネサンス」を振り返ってみると、イソリズム・モテットや、循環ミサ、パロディー・ミサ、多声による世俗歌曲などが、現代における最新の音楽の在り様と重なるようで興味深い。いや、「ルネサンス」とは、西洋音楽の原風景か?
というあたりを象徴するような作品... ヴィオール・コンソート、フレットワークの演奏で、バッハのフーガの技法(harmonia mundi FRANCE/HMU 907296)を聴く。

フーガの技法。14のフーガと4つのカノンからなる、バッハによる対位法の集大成であり、未完に終わった遺作。で、B-A-C-Hという、バッハの名が刻まれたテーマが現れて、唐突に断ち切られる最後のフーガ(track.20)のミステリアスさは、何とも言えない余韻を残し、いろいろイマジネーションを掻き立てられる。が、何と言っても、その物々しいタイトル通りの音楽の、対位法尽くしという渋さが、多くのバッハ作品に在って、独特な存在感を見せる、フーガの技法。バッハ(1685-1750)の晩年、1740年代に作曲が進められた作品なのだが... つまり18世紀も半ば、バロックを脱しようと明朗なアリアを歌い出したナポリ楽派がヨーロッパを席巻し、よりシンプルかつ端正な音楽を目指した前古典派への準備が成されつつあった頃、これほど渋くストイックに対位法という古来のものへのこだわりを見せたバッハという存在は、おそらくとんでもなく異質だったはず... で、そうしたあたりを、21世紀に再び浮かび上がらせる、ヴィオール・コンソートによる、フレットワークの演奏。いや、ヴィオールの古風な響きが、バッハの音楽をまるでルネサンスの音楽のように響かせて、その異質さを際立たせる!
フーガの技法は、チェンバロでの演奏を想定して作曲されたと言われるのだけれど、楽器が指定されているわけではなく、ピアノやオルガンはもちろん、弦楽四重奏や、時にはオーケストラなど、様々な楽器、編成で演奏される。というあたりが、ある意味、ルネサンス的にも思えるのだけれど、ヴィオール・コンソートという、まさに古楽な編成で取り上げられると、的を射たり!という具合に、ドンピシャの古雅が醸し出される。いやもうそれは、ルネサンスを通り越して、マショーあたり、中世末くらいの色合いすら見せて、本当にバッハなのか?!と、大いに幻惑されてしまう。そもそも、バッハの音楽というのは、オールド・ファッション。18世紀の最新モードを意識しながらも、その中へ飛び込むことはけしてせず、ワン・テンポ遅れた中部ドイツのローカル性に囲まれながら、独自の音楽宇宙を熟成させた。それって、井の中の蛙?バッハの同時代の作曲家たちの再発見が進む21世紀、バッハが生きた時代の国際的な音楽シーンが詳らかとなればなるほど、バッハの時代遅れ感はますます濃くなっている。が、こうして、その時代遅れ感を徹底して強調してしまうと、また違ったイメージが生まれるのか...
フレットワークによるフーガの技法は、古楽器、ヴィオールのしっとりとしたサウンドが印象的で、何と言っても古雅。けれど、そればかりではない。鍵盤楽器ではなかなか生み出し得ない、弦楽器なればこその流麗さと、同種の楽器によるコンソート(合奏)なればこその響きの均質さと厚みが独特で、この作品の秘密めいたあたりを、さらりと際立たせる。本来、対位法は、極めてテクニカルなもののはずだけれど、そういう教科書的な臭いはしてこないヴィオール・コンソートによるフーガの技法。ひとつひとつのフーガ、カノンは、まるで呪文のようにも聴こえ、それが延々と様々に繰り広げられると、何か迷宮にでも迷い込んでしまったような感覚を覚える(ジャケットにあるのは迷路?)。一方で、フレットワークならではの軽さもあり、古雅の中に、時折、ポップな顔を覗かせていて。また、そうした軽さがあって、バッハの精緻な対位法をしっかりと捉え、その精緻さにこそ秘密めいたものをすくい上げる妙!古雅にしてポップ、流麗にして精緻、で、迷宮... このバランス、巧い。
しかし、改めてフーガの技法を聴いてみると、バッハという存在のおもしろさというか、凄さを思い知らされる。人生の最後に辿り着いた音楽は、最も古びていながら、思い掛けない柔軟さを持って、21世紀にまで続く「ルネサンス」へと回帰する迷宮とは... 音楽史というスケールでは計れない、バッハの音楽宇宙の捉え難さと、底知れなさに、今一度、圧倒されてしまう。

J.S. BACH ・ THE ART OF FUGUE ・ FRETWORK

バッハ : フーガの技法 BWV 1080

フレットワーク

harmonia mundi FRANCE/HMU 907296




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