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中世音楽を総合して、チコーニア... その中に瞬き出す新しい時代... [before 2005]

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災厄の14世紀... というと、ネガティヴなイメージしかないのだけれど、文化に関しては、災厄など物ともせず、大いに盛り上がった14世紀であって... 特に音楽などは、災厄によって引き起こされた国際政治のパワーシフトにより、中央の宮廷が停滞する一方で、各地の宮廷が活気付き、新たな展開を生む端緒を開くことに... そういった側面から、災厄の14世紀を見つめるならば、それは、中世末期の、近世へと向かう過渡期ならではの、新しい時代を生み出す生みの苦しみのようなものだったと言えるのかもしれない。
さて、14世紀の音楽をいろいろ聴いて来たのだけれど、そうした音楽を総合し、新しい時代を予感させる音楽を響かせたヨハンネス・チコーニア(ca.1373-1412)に注目してみようかなと... ということで、ペドロ・メメルスドルフ率いる古楽アンサンブル、マーラ・プニカによる、チコーニアのモテット全集、"Sidus Preclarum"(ERATO/3984-21661-2)を聴く。

鐘の音に導かれ、ふわーっと広がる男声コーラスのやわらかな表情!1曲目、"O virum omnimoda"から、ただならず魅了されてしまう。中世を強く意識させられるマショーの多声音楽のような尖がった印象は薄く、アルス・スブティリオルの複雑な繊細さは少し整理されていて、次なる時代、ルネサンス・ポリフォニーを思わせるヘヴンリーさが漂うようで、何とも興味深いチコーニアの音楽。フランドルに程近いリエージュで生まれ、やがてイタリアへと渡り、トレチェント音楽を吸収し、アヴィニョンで活躍したフィリップス・デ・カセルタからアルス・スブティリオルのスタイルを学び... ある意味、チコーニアの音楽というのは、14世紀の音楽のいいとこ取りなのかも。で、そうして生まれた音楽の美しさ!アルバムのタイトル、"Sidus Preclarum(美しい星)"が、まさに!
まず、メロディーが美しい... 2曲目、"O Felix Templum Jubila"(track.2)の、カウンター・テナーの二重唱で歌われるメロディーなどは、中世離れしていて、ずっと後の時代のメロディーのような、ナチュラルな流れを感じ、驚かされる。それでいて、中世的なトーンも端々にあり、アルカイックさとモダンなセンスが共存し得てしまう不思議な魅力が何とも言えない。続く、女声コーラスにより歌われる"Vencie Mundi Splendor"(track.3)のメロディーには、不思議な愛らしさがこぼれ... それは程好くキャッチーで、当然ながら多声音楽として展開されるのだけれど、そのキャッチーさがひょいと聴く者の耳を捉えると、多声音楽の気難しさは消え去り、小気味良いサウンドが朗らかに広がる。こうしたあたりには、旋律を重視したトレチェント音楽の性格をより強く感じるのだけれど、一方で、印象的なフレーズはシンコペーションなど動きのあるリズムによって生み出されていて、そうしたあたりにアルス・スブティリオルの影響も感じさせる。で、このカクテル感が、絶妙!アルス・ノヴァに至る多声音楽を基盤としつつ、トレチェント音楽の明快さを以って、アルス・スブティリオルの繊細さが生むお洒落感を抽出して香り付けする。すると、ハッとさせられるほどに現代的な感覚が生まれ、アヴァン・ポップ?なんて思えてしまったり...
しかし、そうした音楽にもまた、災厄の14世紀の、新しい時代を生み出す生みの苦しみが反映された部分もある。チコーニアが活動していた北イタリアは、14世紀に入り、中世を彩った自治都市の伝統が行き詰りを見せ、共和制から僭主制へと移行する街が増える(中世末期に、民主主義の限界を体験していた北イタリア... このあたりが災厄の14世紀の現代的なあたり... )。やがて僭主たちは覇権主義に走るようになり、その挑戦的な姿勢が北イタリアに不安定な状況を作り出し... そうして世紀が新しくなった頃、チコーニアはパドヴァの大聖堂の楽長になるのだけれど。そのパドヴァが、覇権主義のサヴァイヴを乗り切れず、1406年にヴェネツィア共和国へと編入されることに。その年に作曲されたのが、"O Padua Sidus Preclarum"(track.10)、おお、パドヴァ、美しい星!長らく独立を保ったパドヴァへのオマージュが籠められたこの作品は、タイトルの通り、美しい星が瞬くようなキラキラとした輝きを見せるのだけれど、その輝きが何だか切なくもあり... と同時に、その輝きには、間違いなく、新しい時代、ルネサンスの光も感じられて、古い星が新しい星に交代するようで、感慨深い。
そんなチコーニアのモテットを、夢見るように綴る、メメルスドルフ+マーラ・プニカ。まず心を捉えるのは、コーラスのクリアでやわらかなハーモニー!なんて美しいのだろう... 春霞のようにおぼろげでありながら、チコーニアの美しいメロディーを際立たせて、絶妙。そうした歌声に、さり気なく寄り添い、味わいを加える器楽陣もすばらしく。特にメメルスドルフのリコーダーの温かな音色は、何かほっとさせられるものがあり、癒される。そして、忘れてならないのがベル!その澄んだ鐘の音は、まさにアルバムのタイトル、"Sidus Preclarum"、美しい星々の瞬きを象徴するようで、ファンタジック。

SIDUS PRECLARUM
MALA PUNICA/PEDRO MEMELSDORFF

チコーニア : モテット "O virum omnimoda"
チコーニア : モテット "O felix templum jubila"
チコーニア : モテット "Venecie mundi splendor"
チコーニア : モテット "Albane, misse celitus" 〔器楽による〕
チコーニア : モテット "Petrum Marcello Venetum"
入祭唱 "Dicit Dominus Petro"
チコーニア : モテット "O Petre Christi discipule"
チコーニア : モテット "Ut te per omnes"
チコーニア : モテット "O beatum incendium"
チコーニア : モテット "O Padua, sidus praeclarum"
チコーニア : Alleluia
チコーニア : モテット "Albane, misse celitus"
アッシジの聖フランチェスコ : Alleluia
チコーニア : モテット "Doctorum principem"
チコーニア : モテット "Padu... serenans nobile" 〔器楽による〕

ペドロ・メメルスドルフ/マーラ・プニカ

ERATO/3984-21661-2

災厄の14世紀、中世末のデカダンスが、やがてルネサンスの洗練を生み...
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