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トレチェント音楽。ミラノから、ヴェネツィアへ... [before 2005]

中世音楽の爛熟期、マショーが活躍し、アルス・スブティリオルというスタイルが生まれた14世紀。改めて、この「14世紀」という時代を意識して見つめると、実に興味深い。それは、中世末期、ルネサンス前夜という、時代の転換点... 音楽のみならず、あらゆることが曲がり角に差し掛かった時代... 絶好調だった中世が、様々な災厄に見舞われ、落ちて行く時代でもあって、何とも言えずドラマティック!そんな14世紀、西洋音楽のメインストリームは、中世のフランスから、ルネサンスのフランドルへと移る準備段階に入り、過渡期的な様相も呈し始めるのだが。そうした時代に、メインストリームとは少し距離を置いて、独自の音楽を奏でていたのがイタリア。それは、トレチェント音楽(14世紀、1300年代の、三百のイタリア語、トレ-チェント... )と呼ばれ、初期バロックのモノディ(中世音楽からすれば、未来の音楽!)を予感させる、旋律を重視する一風変わった多声音楽で...
という、トレチェント音楽。フランスの古楽アンサンブル、アラ・フランチェスカによる、ミラノ、ヴィスコンティ家の宮廷における祝祭を彩った器楽曲による1枚、"istanpitta"(OPUS 111/OP 30325)と、イタリアの古楽アンサンブル、ミクロロゴスによる、ヴェネツィア共和国で歌われたバッラータとマドリガーレを集めた1枚、"D'Amor cantando"(OPUS111/OPS 30-141)の2タイトルを聴く。


ミラノ、ヴィスコンティ家の宮廷のスタイリッシュ、"istanpitta"。

OP30325.jpg
器楽曲の形式、あるいは舞曲として、エスタンピーは中世音楽の定番。で、アラ・フランチェスカは、14世紀、ミラノのヴィスコンティ家の宮廷で奏でられたエスタンピーにスポットを当てる。ということで、フランス語の「エスタンピー」ではなく、イタリア語による「イスタンピッタ」をアルバムのタイトルに、フランスとは一味違う、イタリアを強く感じさせる音楽を繰り広げるのだけれど、マショーやアルス・スブティリオルといったフランスの同時代の多声音楽を聴いてから触れるトレチェント音楽の明快さたるや!エスタンピーはそもそも単声で書かれるもので、フランスにしても多声音楽ではあり得ないのだけれど、イタリアのイスタンピッタにはよりリズムに鋭敏なものを感じ、時にそのリズムはアラベスクで、スパイシーにすら感じられ、地中海文化圏というものを意識させられる。
中世音楽を俯瞰すると、常に南北の対立軸があったように思う。遡れば、グレゴリオ聖歌の成立もそうだったし。またそれは、常に北の優位で推移しており。アルビジョワ十字軍のように、具体的に北が南を制圧するという事態も起こった。そうした中、南のトレチェント音楽の存在は、異彩を放つ!南北の完全なる融合が現代につながる「ヨーロッパ」のイメージの完成であったならば、それが未だ成っていない状態で、かつ「ヨーロッパ」のイメージの源泉たる北とは一線を画す南の音楽が放つ個性というのは、何か既存のイメージから解き放たれているようで。アラ・フランチェスカによるイスタンピッタを聴いていると、いつの時代のどこの国の音楽を聴いているのかが分からなくなる。そんな不思議さが、おもしろい。で、そのあたりが、思い掛けなく現代的にも感じられ...
きっちりと古楽でありながら、トラッドも挿み(track.10)、ワールド・ミュージック的な臭いも漂わせ、多国籍感すら見せるアラ・フランチェスカ。そうありながらも、メンバーひとりひとりが放つ、卓越した名人芸からは、トレチェント音楽におけるヴィルトゥオージティが溢れていて、古色蒼然とした中世像とは一線を画す、エッジィなセンスが印象的。渋めのサウンドで丁々発止の演奏を繰り出すヴィエル(弓で弾くハーディ・ガーディ?)、鮮やかなサウンドを放つバグパイプ、リズムが弾けるタンブリン、超絶技巧を繰り出すリコーダーと、どこかスタイリッシュ。そうしたあたりに、ミラノのヴィスコンティ家の宮廷の都会的なセンスを感じ、クール!

ISTANPITTA Pierre Hamon Alla Francesca Carlo Rizzo

前奏曲 と サルタレッロ
イスタンピッタ "Isabella"
前奏曲 と サルタレッロ
イスタンピッタ "Tre fontane"
バッラータ "Non formò Cristi"
前奏曲 と イスタンピッタ "Principio di virtù"
イスタンピッタ "In pro"
前奏曲 と 伝承曲 "Gliu pecoraru revota revota" *
サルタレッロ
エスタンピー "Lamento di Tristano"

ピエール・アモン/アラ・フランチェスカ
カルロ・リッツォ(ヴォーカル) *

OPUS 111/OP 30325




ヴェネツィア、国際貿易港のヴァラエティ、"D'Amor cantando"。

OPS30141
トレチェント音楽というと、世俗歌曲のイメージがある。ということで、ミクロロゴスによる、14世紀、ヴェネツィア共和国で歌われていたバッラータとマドリガーレを聴いてみるのだけれど... いやー、イスタンピッタ以上に、イタリアを意識させられるその音楽!フランスの多声音楽のスタイルを受け入れつつ、歌の国、イタリアならではの旋律を重視した音楽を展開したトレチェント音楽は、明確に聴く者の耳を捉えに掛かって来るようで、肉食系?!で、ミクロロゴスの"D'Amor cantando"、のっけから凄い!ヴェルディのオペラかと思うようなファンファーレで始まる、器楽による"Vaguza vaga"の、マーチ調のノリの良さ。それは、ポリフォニーというよりホモフォニーに感じられ、2世紀先のイタリアの音楽の在り様が浮かび上がる。一方で、そこから響いて来る旋律は、また独特。で、イスタンピッタでも感じた、いつの時代のどこの国の音楽なのか分からなくなるような不思議さがあって...
2曲目、女声により歌われる"E vatène segnor mio"(track.2)の鮮烈さには、ブルガリアン・ヴォイスが思い浮かぶようなエスニックさを感じ。3曲目、男声により歌われる"Per tropo fede"(track.3)のリズミカルでキャッチーなメロディーは何だろう?田舎の祭囃子で聴いたような、奇妙な既視感を強く感じながらも、どこの音楽なのかけして辿りつけないような... それでいて、何とも言えず心を捉えて離さない人懐っこさがあり... 北アフリカあたりを思わせる軽快なリズム、伊福部作品を思わせる力強いビートがあれば、イタリアならではの歌心をたっぷりと含んだメロディーがあって、またビザンツ聖歌を思わせる東方的なミステリアスさを湛えたハーモニーも聴こえ... あらゆる文化の集積地としての貿易港、ヴェネツィアの性格を物語るようなヴァラエティに富むバッラータにしてマドリガーレ。歌をより浮かび上がらせるイタリア的な構造を持ちながら、その歌のトーンは一筋縄では行かないおもしろさ。このあたりに当時のヴェネツツィアの賑わいを見るようで、とても興味深く、魅惑的。
という音楽を、大胆に繰り広げたミクロロゴス。まず耳を捉えるのが、鮮やかなブラス、力強く打ち鳴らされるパーカッション!躊躇することなく、鳴らし切り、打ち込んで生まれる重厚感は、中世というスケール感を越えて、カッコいい!そこに、鮮烈な女声、軽快な男声が、ともに印象的で、それらが相俟って、トレチェント音楽を颯爽と響かせる!その勢いのある演奏と歌声に、痺れてしまう。

D'AMOR CANTANDO ・ MICROLOGUS

マドリガーレ "Vaguza vaga"
バッラータ "E vatène segnor mio"
バッラータ "Per tropo fede"
マドリガーレ "Bella granata"
マドリガーレ "Piance la bella Iguana"
マドリガーレ "La desiosa brama"
バッラータ "Che ti zova nasconder"
マドリガーレ "Abraçami, cor mio"
バッラータ "Lucente stella"
マドリガーレ "Lavandose le mane"
マドリガーレ "Piance la bella Iguana"
バッラータ "Che ti zova nasconder"
マドリガーレ "Canta lo gallo"
マドリガーレ "Su la rivera"
バッラータ "Amor mi fa cantar a la Francesca"
バッラータ "Non formò Cristi"

ミクロロゴス

OPUS 111/OPS 30-141

災厄の14世紀、中世末のデカダンスが、やがてルネサンスの洗練を生み...
74321852892.jpgCKD039.jpgOP30325.jpgOPS30141.jpg3984216612.jpg
そして、ルネサンスの到来!15世紀、中世末の多様さが、フランドルで集約されて...
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