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フロンティア、アメリカで解き放たれる、ヴァレーズの抽象性。 [before 2005]

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20世紀、近代音楽がロマン主義に取って代わった頃、アメリカの若い作曲家たちは、最新の音楽を求めてヨーロッパを目指したわけだが、逆にヨーロッパからアメリカに渡った作曲家がいた。それが、エドガー・ヴァレーズ(1883-1965)。パリ生まれのブルゴーニュ育ち、トリノで音楽を学び始め、やがてパリに出て、ダンディが創設したスコラ・カントルムに入学(1904)、ルーセルに師事し、ドビュッシーとも親交を結び、新進作曲家として注目を集めた後、ベルリンに移り(1908)、ブゾーニ、リヒャルト・シュトラウスらとも親交を結んだ...
となると、20世紀初頭の、新旧が織り成す豊潤極まりなかったヨーロッパの音楽を味わい尽くしたと言えるのかも。で、味わい尽くした先にあるのは、フロンティア、アメリカだったか。そんな、アメリカのフランス人... リッカルド・シャイーの指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団と、ASKOアンサンブルらの演奏で、ヴァレーズ作品全集(DECCA/460 208-2)を聴く。

久々にヴァレーズの音楽に触れると、その凄さを思い知らされる。何と言うか、それは、何物でもない!ヨーロッパの歴史、伝統を完全に脱した、音響を用いての完全なる抽象... 例えば、ヨーロッパの無調ならば、ロマン主義の崩壊の先に生まれたものであり、ある意味、無調であることが、とてもロマンティックな状態とすら言える気がする。それから、新ウィーン楽派の12音技法ならば、「技法」というシステムに捉われて自由になり切れないようであり、また、冷徹なシステムを目指しながら、ロマン主義に後ろ髪を引かれるところがあるわけで... そういう点で、ヴァレーズが至った音楽というのは、何物にも捉われない、突き抜けた在り様を見せる。そこに、ヨーロッパの歴史、伝統が及ばない、フロンティアとしてのアメリカを強く意識させられる。
そんなアメリカへと渡った1915年の作品、その名も「アメリカ」(disc.1, track.2)には、まだどことなくヨーロッパの形は残っているのか... ストラヴィンスキーの『春の祭典』(1911)から、そう遠くないモダニスティックなテイストがまず耳を捉える。が、次第に大胆さは増し、サティの『パラード』(1917)を思わせる街の喧騒を取り込むサウンドと、アイヴズを思わせる様々なイメージが錯綜するコーラジュ風の構成が、聴く者を眩惑し、眩暈を起こしそう。ヨーロッパの近代音楽には、近代音楽なりの洗練を感じるのだけれど、ヴァレーズにはそうしたものを感じることは無く、やりたいことをやりたいように展開しているあたりに凄味を感じる。そうして、中てられもする。けれど、中てられた先に、ヨーロッパのスケールでは計り切れないカオスが渦巻き、ブラック・ホールのように否応なしに聴く者を呑み込むようで、慄きすら覚える。ヴァレーズの抽象の向こうに、我々が知り得ないもうひとつの世界が待ち構えているのか... 傾倒したオカルティズムから生み出された「アルカナ」(disc.1, track.4)、マヤの神話をテキストに作曲された「エクアトリアル」(disc.2, track.9)、さらには、より超然的な世界を覗く、「アンテグラル(積分)」(disc.2, track.8)、「イオニザシオン(電離)」(disc.2, track.10)など、そのブっ飛んだ視点にも圧倒される。何より、それらを表現した音楽の奔放さ!迷いなく描き出される抽象の鮮やかなこと!
アメリカ時代の作品の一方で、抽象に至る前のヨーロッパ時代の作品がとても興味深い。ボーモンによりオーケストレーションされた版(disk.1, track.6)と、ピアノ伴奏によるオリジナル版(disk.2, track.1)で聴く、歌曲「暗く深い眠り」(1906)... ヴァレーズのヨーロッパ時代の作品は、作曲家自身が破棄したり、戦火に遭って失われてしまったりと、現在、聴くことができるのは、この「暗く深い眠り」のみ... なのだけれど、そこから聴こえて来る20世紀初頭の新しい潮流に乗った若い作曲家が放つ瑞々しさたるや!特に、オリジナル版から感じられる、師、ルーセルを思わせる色彩感、親交を結んだドビュッシーを思わせるポエジーには、大いに魅了されるものがあって... そうしたヨーロッパ時代の作品が失われてしまったことが残念でならない。
というヨーロッパ時代も、きっちと網羅する、シャイーのヴァレーズ作品全集、2枚組。オランダの名門、コンセルトヘボウ管に、オランダの近現代音楽のスペシャリスト集団、ASKOアンサンブルを巧みに用いて、見事に全作品を響かせるシャイー... 大オーケストラによる作品を並べた1枚目では、コンセルトヘボウ管の、名門ならではの風格、繊細さを活かし、抽象の咆哮に終わらない、奥深さをヴァレーズ作品に見出して興味深く。より自由な編成による作品を並べた2枚目では、ASKOアンサンブルの鋭敏さを活かし、ヴァレーズの実験性を際立たせ。1枚目、2枚目にトーンの変化を聴かせるようで、「抽象」と安易に一括りにしてしまうことなく、電子音楽作品なども挿みながら、2枚組を表情豊かに展開するシャイーのセンスも冴えている。そうして、改めて感心させられる、ヴァレーズの先進性と、抽象性に広がる多様さ... ヨーロッパを向こうに回し、何物にも捉われない強い個性で新たな音楽を切り拓いたヴァレーズという存在に圧倒される。

VARÈSE THE COMPLETE WORKS
RICCARDO CHAILLY


ヴァレーズ : チューニング・アップ
ヴァレーズ : アメリカ 〔オリジナル版〕
ヴァレーズ : ポエム・エレクトリック
ヴァレーズ : アルカナ
ヴァレーズ : ノクターナル **
ヴァレーズ : 暗く深い眠り 〔アントニー・ボーモンによるオーケストラ版〕 *

リッカルド・シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
サラ・レナード(ソプラノ) *
ミレイユ・ドランシュ(ソプラノ) *
プラハ・フィルハーモニー合唱団(男声) *

ヴァレーズ : 暗く深い眠り **
ヴァレーズ : オフランド *
ヴァレーズ : ハイパー・プリズム
ヴァレーズ : オクタンドル
ヴァレーズ : アンテグラル
ヴァレーズ : エクアトリアル *
ヴァレーズ : イオニザシオン
ヴァレーズ : 密度 21.5 *
ヴァレーズ : 砂漠
ヴァレーズ : バージスの踊り

リッカルド・シャイー/ASKOアンサンブル
ミレイユ・ドランシュ(ソプラノ) *
サラ・レナード(ソプラノ) *
ケヴン・ディーズ(バリトン) *
ジャック・ゾーン(フルート) *
フランソワ・ケルドンキュフ(ピアノ) *

DECCA/460 208-2




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